第11章 初めての留守番

第11章 初めての留守番 1

「――それじゃ、行ってくるからよ」


 買い物に出掛けたのは、ケンゴとアザミ。

 先日襲撃された僕とカズラは、揃って留守番。理由は顔が知られているから。

 アザミは外出を渋っていたようだが、荷物が持ちきれなくなりそうだとケンゴに頼まれ、仕方なく同行することに。

 それにしても、一人じゃ持ちきれないほどの買い物とは。やはり昨日叫んでいたパーティを、本気でやるつもりなんだろうか。


「ほら、居残り組は家事こなすわよ」

「ふぇーい」

「何よ、その気の抜けた返事は」


 家事と言われて、気合が入るわけがない。

 向こうの世界では一人暮らしだったので、家事は一通りやっていた。

 だがそれも、洗濯機、掃除機、電子レンジに食器洗い乾燥機と、心強い味方がついていればこそ。

 文明については、百年は遅れているこっちの世界。

 何をやるにも手作業で一苦労では、ため息しか出ない。


「ちょっと。あんた、洗濯したことないわけ?」

「え、なんかおかしいかな?」


 洗濯板を使った手洗いなんて未経験だ。

 カズラがやるのを見よう見まねでやっていたが、上辺の物真似ではやはりすぐにバレてしまう。


「ちょっと貸しなさい。もっとちゃんと押さえつけて、こうよ」

「ほうほう」

「もっとこうやって、板に擦り付けるように……って、何てもの洗わせんのよ。このバカ!」


 貸しなさいと言って、取り上げたのはカズラの方だ。

 にもかかわらず、それが僕のパンツだったからといって怒り出すなんて、筋違いもはなはだしい。

 怒りに任せて、手元にあった洗濯物を投げつけるカズラ。

 そして見事に僕の顔に命中させ、ざまあみろとでも言いたげな表情で睨みつける。

 だが、その洗濯物を手に取り広げてみると、みるみるうちに顔を赤く染めていく。


「何すんのよ、この変態!」


 投げつけたのは、自分の下着だったらしい。

 慌てて奪い取り、罵声を浴びせるカズラ。

 だが、これまた筋違いだろう。



 洗濯を終わらせると、今度は掃除に取り掛かる。

 洗濯は二人掛かりで一気に片付けたが、掃除は手分けすることに。

 そして、重労働になる風呂掃除は当然の如く、僕の担当となる。

 それにしても、この風呂は不思議な構造だ。木製の風呂桶なのに、かまどが内蔵されている。おかげで掃除も容易ではない。


 ケンゴの話では、この世界の風呂は魔法を使ってお湯を張るのが一般的らしい。

 そして、魔力を持たない人向けに風呂屋という商売もあるらしく、浴槽に水を貯めて風呂屋を呼ぶと、魔法で沸かしてお湯にしてくれるそうだ。

 だが毎日そんな金を払うのは馬鹿らしいと、昔の日本の風呂を参考に、自分で沸かせるように自作したらしい。一体何歳なのか。


「あんたまだやってたの?」

「結構大変だぞ、これ」

「そうね、なんか不思議なお風呂よね。でも、魔法に頼らない生活って好きよ」


 魔力を持っていないからこそ出てくる言葉なのだろう。

 だが、僕からすれば魔法に頼る生活の方が、よっぽど興味深い。


「やっぱり屋敷だと家事は魔法で色々やるの?」

「そうね、お部屋の掃除は風の魔法で『』が普通だし、お風呂は浴槽にお水を入れて魔法で沸かしたり、お風呂が終わったら残り湯を洗剤に変質して、撹拌してお掃除したりね」

「こんなに必死になって掃除しないのか……」

「お洗濯だって桶に洗濯物とお水を入れたら、お風呂掃除の要領でかき回せば綺麗になるわよ」


 要するに洗濯機か。

 興味津々で聞いた話だが、聞かなければ良かったと後悔した。

 魔法が使えないというだけで、敗北者の気分。魔法が使えれば、こんなに汗水流す必要もなかったのにと、悔しさがこみ上げる。


「そいつは便利だね」

「お料理だって、火なんて使わなくてもお鍋を直接熱くしちゃえば済むし、冷めてしまっても直接温めてあげれば、いつでも作りたてみたいにアツアツだしね」


 魔法はそんな使い方もできるのかと驚く。

 これはまさに、電磁調理器や電子レンジ。魔法で実現できるのなら、機械技術を発展させる必要がないのも納得だ。

 魔法で何でもできてしまう世界、そんな中に今いるのだと思うと気持ちが昂る。

 だがそれも、魔法が使えればこそ。

 逆に魔法が使えない者にとっては、不便この上ない。こうして今の僕のように、布切れで風呂桶を磨くしかないのだから。


「魔力の強い人が、一人で何でもやっちゃうわけ?」

「魔法はそんなに万能じゃないわ。温度上昇が得意な人は、反対属性の下降は不得意っていう風に、何でも上手にできる人は存在しないのよ。

 それに魔法には系統っていうものがあって、何かに秀でればその他は苦手になっていくわ。何でも平均的にできるようにすると、今度はどれも威力が物足りないっていう具合ね」


 なるほど、世の中上手くできている。

 この世界にも、天は二物を与えずなんていう諺がありそうだ。


「だから、お屋敷には色々な得意分野を持った人がいて、それぞれに役割がついてるわ」

「そんなに大勢雇えない人たちは、一体どうしてるの?」

「だから、お風呂屋さんなんていう職業が成り立つのよ。各自、自分の得意な魔法系統を活かして収入を得て、今度は自分が必要とする魔法に対価を支払うことで、この国の経済は回っているわ」

「なるほど、魔法が使えない人は経済循環の外側にいるってことか。……あっ」


 ふと呟いて後悔する。

 カズラも魔法が使えない側だ、傷つけてしまったのではないだろうか。

 慌てて謝ろうとするが、カズラは気にも留めていない様子で僕に背を向け、スタスタと風呂場を後にした。




「――はいはい。つまんない話はお終いにして、お昼食べましょう」

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