第9章 王女の帰着

第9章 王女の帰着 1

「いまさら、家に帰れってどういうことよ!」


 朝からこの威勢。言葉の出どころは、当然の如くカズラ。

 『帰れ』と言ったつもりはない。『帰った方がいいのでは?』と提案しただけ。

 それでも、家出に協力的なことを言っておきながらの手のひら返し。きっと、そんな風に受け取られて、腹を立てているのだろう。

 もちろん、その場の思い付きで口走ったわけではない。

 昨夜、カズラとアザミが寝室に消えた後に、ケンゴと話し合った結果だ。


 結論から言えば、一国の王女をこんな場所で匿っていていいはずがないという事。

 もちろん、ここにいるのは本人たちの意思だ。

 それに、家出の理由を聞いても納得できるし、行動も理解できる。

 だがカズラは、この国の王位継承権最上位の王女。何かあってからでは、取り返しがつかない。国の政治が傾きかねないことになる。

 そして実際、襲撃もすでに三回。

 しかも三回目は誘拐未遂。そして魔法で襲われ、命の危険すらあった状況。

 こちら側には魔法で反撃することも、魔法攻撃を防ぐ手立ても何もない。どう考えても力不足は歴然だ。


 『手助けをしてあげたい』と言ったその言葉には、もちろん偽りはない。そして、今でもその気持ちは変わっていない。

 だがそれは、守れるだけの自信と根拠があって、初めて口にしていい言葉なんじゃないか、そう考えた。

 その場の雰囲気や使命感だけで口にするのは、ただの偽善。そして、自己満足。

 気持ちがいくら込められていようが、守ってあげられなければ意味がない。

 ならば、やはり王女は警備の整った屋敷で守られるべきという結論に行き着いた。

 自分の力のなさに、やりきれない思いだ。

 そして、そんな選択肢を提案しなければならない自分が、不甲斐なさ過ぎてやるせない。


「なによ、怖気づいたわけ? 情けないわね」


 苦渋の決断。だが、そう受け取られても仕方ない。

 守り切る自信がないということは、同じことかもしれないと、返す言葉を失う。

 黙り込んでしまった僕を援護するように、ケンゴも話に加わる。


「こいつ一人の意見じゃねえんだ。はっきり言って、魔法を容赦なく打ち込んでくるような相手に、俺たちじゃ太刀打ちできねえ。匿うのは構わねえが、身の安全は保証してやれねえ。ましてや、一国の王女様だしな」


 ケンゴも同意見と知り、カズラは少し考える素振りを見せる。

 そこにアザミも同調した。


「うん、確かにそうだよ。やっぱりこんな危険な目に遭って、何かあってからじゃ遅いよ。今回は一旦帰ろ?」


 アザミも加わり、三対一になった。

 そうなると、さすがにカズラも冷静になったのか椅子に腰かけ、落ち着いた口調で話し始める。


「戻ったら監視の目も厳しくなるから、『一旦』はないわ。二度とお屋敷の外に出られる日はこない。それにね、戻ったところで成人式典を無事に乗り切れるとは、あたしには思えないのよ」

「どういうこと?」


 アザミの疑問に、返答を迷っている様子のカズラ。

 だが、意を決したのかしっかりと、アザミの目を見ながら答える。


「敵は伯父様だけじゃないし、お屋敷なら安全とは限らないってことよ」

「カズラ、何か心当たりでもあるの?」

「そんなものはないわ。嫌な予感がするってだけよ」


 カズラはそう言ったが、予感以上の何かがあるように思える。

 そして『嫌な予感』という言葉でうやむやにしたのは、それを告げるつもりはないという決意の表れだろう。

 アザミも追及は無駄だと感じたのか、カズラの説得を優先した。


「でもやっぱりダメだよ、帰ろう。ここで襲われでもしたら二人にも迷惑が掛かるし、お屋敷なら少なくとも伯父様からは守られるでしょ?」


 『僕たちのことは気にしないでいい』と、口から出掛かる。

 だがそもそも、責任を放棄するような提案をしたのは僕だ。今さらそんなことを言える立場にはないと、言葉を飲み込んだ。

 王族の内部事情などさっぱりわからないから、意見をすることもできない。

 結局僕にできることは、選択が正しい道であってほしいと願うぐらいだ。


「あたしの考えは伝えたわ。それでもアザミがそう言うなら、それに従いましょう。二人には短いあいだだったけど、世話になったわね」


 カズラは口数少なく、やや早口で言い切る。

 そして伏し目がちで、足早に寝室へと帰宅の準備に向かう。

 アザミも後を追うように続いた。


「本当にこれで良かったんですかね……」


 寝室へ消える二人を、視線だけで見送る。




「――さあな。正しい答えなんて、いつだって終わってみなきゃわかんねえ。でもな、正しい決断をしたって思ってなきゃ、残るのは後悔だけだぜ」

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