第8章 嘘つきな魔法使い

第8章 嘘つきな魔法使い 1

 ――フンフンフーン、フフーン。


 鼻歌らしきものを口ずさみながら、隣を歩くカズラ。どことなく機嫌がいい。

 浮かれているのは、先日買った服の寸法直しの出来上がり日だからだろうか。これから取りに行くその服を思うと、心が弾みだすのかもしれない。

 やはり新しい服というのは、乙女心をこうも舞い上がらせてしまうものなのか。


 それにしても、捜索人に連れ戻されかけたばかりだというのに、王女自ら街に繰り出すなんて危機感がなさすぎる。

 みんな反対したが、『絶対あたしが行く』と頑として譲らなかったカズラ。

 結局、僕が護衛で付き添う破目になった。本当に困った王女様だ。

 だが今回のわがままは、今までとは比べ物にならない。果たして、王女の護衛なんていう大役を務め上げられるのだろうか。


 僕とケンゴは、魔法が使えない点では一緒だ。

 だが、ゲークスにかましたハッタリや、この国に対する知識を考えれば、彼の方が護衛には適役のはず。

 カズラが買い物に出ると決まった時も、てっきりそうなると思った。

 しかし、思いがけないカズラのご指名。「あんたも一緒に来なさい」の一言で、僕が護衛役にあっさり決定してしまった。

 やると決まった以上は、全力を尽くす。だが、こんな頼りなさげな男に何を期待しているのだろう。自分自身が攫われでもしたら、取り返しがつかないだろうに……。

 いやいや、まだ襲われてもいないのにネガティブな想像はやめておこう、フラグが立ってしまう。


 まてよ、わざわざ頼れそうなケンゴを差し置いて指名したということは、あんなにツンツンしていながらも、実は僕の評価は結構高かったりするのだろうか。

 確かにライトノベルなら、そろそろデレてきてもいい頃だ。

 きっとカズラは、典型的なツンデレタイプに違いない。そう考え始めたら気になってしまい、やや遠回しに尋ねてみる。


「今日はどうして、付き添いに指名してくれたんです? ケンゴさんの方が頼りになるんじゃないですか?」

「そうね、確かにケンゴの方が頼りになりそうだわ。でも――」


 わかっているつもりだが、はっきり言い切られてしまうと少しショックだ。

 だが、まだ話は続いている。続きの言葉にささやかな期待をかける。


「――あんた、付き人が時間稼ぎしてるあいだに王女を逃がすのが当然て言ってたでしょ。だから、あんたなら容赦なく捨石にしても、喜んで犠牲になってくれるわよね」


 甘かった……。

 彼女にはツンしかなかった。


「そんなことよりも、用事が済んだら、またあのお店であんみつ食べましょ」


 僕のささやかな期待は『そんなこと』扱いで、置いてきぼり。

 カズラの気持ちは、とっくにあの甘味屋に向いている。

 よほどあの甘味屋が気に入ったのだろう。僕には団子を取り上げられた、嫌な思い出しか残っていないのだが。そして、語れる味もお茶だけだ。


 それにしても、あの店はまずい。

 あれだけの騒動を起こして、まだそんなに日も経っていないというのに。

 今こうして街を歩いているだけでも、捜索人に見つからないか冷や冷やしているぐらいだ。

 だからといって正直に、『危険だから用事が済んだらすぐに帰る』なんて言おうものなら、へそを曲げるのは確実。きっと、即座に罵声が飛んでくる。

 さすがに僕にはそれを、ご褒美だと感じ取れるスキルはない。

 今は適当に相槌を打って、珍しく機嫌の良いカズラをじっくりと堪能しておくとしよう。



「この服なんてどうかしら」


 目的の服屋に到着したのだから、とっとと品物を受け取って帰ればいいのに……。

 やはり服屋は、どの世界でも女性にとってのパラダイスなのか。

 王女という身分もそっちのけ。服を手に取っては身体に当て、また違う雰囲気の服を見つけては感想を尋ねてくる。どうせ、好意的な返事しか受け付けないくせに。


 護衛の立場からすれば、外出はなるべく短時間で済ませたい。

 しかし黙って見ていると、いつまで経っても終わる気配がない。

 心配を口にすれば、『十年以上、公の場に顔は出してないから、誰にもわかるはずがない』の一点張り。

 だが長時間ウロウロしていれば、捜索人の目に触れる可能性は、それだけ高まる。


「早く帰らないとみんな心配しますよ」

「うるさいわね、買い物ぐらいゆっくりさせなさいよ」


 今日は品物の受け取りが目的であって、買い物では決してない。

 だがカズラに、そんな言葉が通じるはずもない。


「早めに用事済ませないと、あんみつ食べる時間もなくなっちゃいますよ」

「それもそうね。続きは、あんみつを食べた後にするわ」


 女性ならば、『花より団子』が効果的だろうと試みた作戦。

 しかし、さらに一歩上を行くカズラ。『花も団子も』だった。

 それでも、品物を受け取るために店員の方へとカズラを歩ませただけでも、進展はあったと言える。


「これ、できてるかしら?」


 控えの伝票を差し出すカズラ。

 受け取った店員は慎重に二回、名前と顔を見比べ、店の奥へと消えて行った。

 どう時間を潰そうかとカズラの方を見ると、もう服選びを始めている。

 楽しそうだし放っておくか。どうせわずかな時間だろうし。


「お待たせ、いたしました……」


 しばらくして店の奥から、仕上がった服を抱えた店員が戻ってきた。

 品物の確認のためにテーブルへ向かう。

 カズラは服選び終了の合図を少し残念そうにしたが、仕上がりの品を受け取れるという別の喜びが沸いたからか、足取りも軽くこちらへやってきた。


 仕上がりの品が、テーブルに広げられる。

 僕には確認のしようがない。作業はカズラに任せて、店内の様子を眺める。

 すると感じる、何やら不穏な空気。

 最初は作り笑顔の下手な店員ぐらいにしか思っていなかった。だがそれにしては、表情が固すぎる。そして、しきりに頷く店員。

 頷く先は背後か。気付いて、慌てて振り返る。

 すると、そこに立ちはだかっているのは、全身を黒装束で固めた人物。

 顔もヴェールで覆われ、表情も読み取れない。本能的に嫌な予感がした。




「――その品物を受け取りにきたところを見ると、あなたが王女様ですね」

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