第6章 王女ナデシコ 4
「…………」
カズラは完全に拗ねている。
きっと本気の宣言だったのだろう。それなのに、みんなに食事を優先されたのだから無理もない。だが話が突然すぎて、呆気に取られてしまったのも確かだ。
食事も終わり、片付けも済んだ。
再び全員が着席したところで、損ねたカズラの機嫌取りが始まる。
「さっきの話の続きを聞こうじゃねえか。継承権がないってこたあ、国王になれねえってこったろ? それなのにこの国をどうやって、どう変えようってえんだい?」
「…………」
「ねえ、カズラ。機嫌直して。さっきはごめんね」
「…………」
「僕も王女様の話聞きたいです。国を変えるなんて、すごい志じゃないですか」
「あんたには危機感てもんがないの!? 気安く王女様なんて、誰かがこっそり聞いてたらどうすんのよ」
僕にだけ返ってくる罵声。理不尽すぎる。
さっき大きな声で『王女ナデシコ』って高らかに、自ら宣言してたくせに。
「そんなに聞きたいなら聞かせてあげるわ。私はね、もうこんなことはうんざりなのよ」
雰囲気が一変。
カズラの表情は、心の底から悔しそうな表情に。さっきまでの冗談めいた雰囲気は微塵もない。
そんなカズラを、驚いた様子で固唾を呑んで見守るアザミ。
二人の深刻な姿が目に入り、否が応にも緊張感が走る。
「魔法が使えないあんた達にもわかるはずよ。この国で魔力を持たずに生まれてきたら、どういう扱いを受けることになるのか。王家に生まれても、魔力がなければ人権なんてないの。
国王は王族の誇りを優先させたわ。あたしが世に出れば、魔力がないことが知れ渡ってしまう。だからそれを隠蔽するために、病気という理由をでっち上げて、私邸に幽閉した。
どうして魔力がないってだけで、こんな惨めな思いをしなくちゃならないの!?
だからね、私がこの国を変えてやるの。魔力で人の優劣が決まる世の中なんて、ぶっ壊してやるのよ!」
その言葉を聞いて、むせび泣く声が聞こえてくる。両手で顔を覆い隠すアザミだ。
侍女ならば、カズラが味わってきた不遇もすぐ横で見てきたのだろう。その胸中を察してのことかもしれない。
僕はまだこの国に来て間もないので、魔力がないというだけで迫害を受けたことはない。強いて言えば、チョージの取り巻きに馬鹿にされたぐらいだろうか。
だがこの二人を見れば、どれほど辛い思いをしてきたのかは想像に難しくない。
チョージやケンゴの言う『魔力絶対主義』。カズラもまた、その被害者ということか。『この国を変える』という考えに至るのも理解できる。
「なるほど、良い話だ。素晴らしい考えだと思うぜ」
「さっきは晩ご飯を優先させたくせに……」
カズラの演説を聞き終えて、拍手をしながらケンゴが称賛する。
だが、もろ手を挙げて賛成というわけではないようだ。
「確かに、魔力を持ってない奴の地位は低い。不満に思ってる奴も沢山いる。でもな、今のままがいいって思ってる奴も、沢山いるんじゃねえか?」
「そりゃあ、いるでしょうね」
「カズラちゃんの演説は、このシータウでやったら大絶賛かもしれねえ。でもちょっと西に行ってやったら、きっと石が飛んで来るぜ」
西に行くほどに魔力、権力ともに強くなるとケンゴは言っていた。
確かに平等が実現して得をするのは平均よりも下の、それまで不利益を被っている者たちだけだ。良い思いをしている者たちが、その地位を手放したいと思うはずがない。
平等を理想に掲げても、本気で賛同するのは弱者だけ。
差別撤廃と叫んでもなくならないのは、僕らの世界でも明らか。
ケンゴの言うことは正論だ。
だが、訴えかけなければ何も変わらないのも確か。
そういう意味では、カズラの言うことも正しい。
そして何よりも、カズラの悔しそうな顔と、アザミの涙。それを笑顔に変えられるのであれば、なんでも協力してあげたいと、心の底から思う。
「この国を変えるための、何か具体的な案はあるのかな? もしあるなら、ぜひ手伝わせてよ」
「…………まで、……ないわよ」
「ごめん、よく聞き取れなかった。なんだって?」
「まだ、そこまで考えてないって言ったのよ!」
よく考えれば、王女とはいえまだ成人前。具体的な案を要求する方が酷な話だ。
だが今のカズラの言葉で、少し部屋の緊張が緩んだのも確か。恥ずかしそうに悔しがる姿は、やっぱりまだ未成年の可愛い少女だった。
「し、仕方ないでしょ。家出するだけで精一杯だったんだから……」
「おう、そうだな。そいつはこれからゆっくり考えるとしようぜ。お姫様」
「もう、馬鹿にしないでよ!」
ケンゴの口調にムキになるところも、やはり成人前と言ったところか。
そういう僕もまだ二十二歳。大した差はないのだが。
「でも僕は、王女様に全力で協力するつもりですよ。本気で」
「わかったわ。そこまで言うなら遠慮なくこき使ってあげるわよ。でも、あんたじゃちょっと頼りなさそうよね」
罵声よりも胸に突き刺さる、冷静な短所の指摘。
きっと、僕よりも年下だろうに……。
思わずため息が出る。
やっぱり最初に逃げ出そうとした印象は、そう簡単には払拭できないのか。どうやら、コツコツと行動で示していくしかなさそうだ。
そこに王女様より拝命。汚名返上の足掛かりにでもなれば良いのだが……。
「――さっそく明日、頼みたいことがあるわ。楽しみにしておきなさい」
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