第6章 王女ナデシコ 3
「――あたしがヒーズル王国、王女ナデシコよ。改めてよろしくね」
テーブルに並べられた夕食を前にみんなが着席する中、一人立ち上がり声も高らかに王女を名乗ったのは黒髪のカズラだった。
思わず、ケンゴと二人で顔を見合わせる。
「あ、あの王女様ってアザミさんの方じゃ……」
「なによ、あたしが王女じゃ不満だって言うの?」
「い、いえ。め、滅相もない……」
納得しかねる僕とケンゴに、冷ややかな視線を向けるカズラ、もといナデシコ王女が席に着く。
きっと、これは冗談に違いない。『本当は私が王女です』の言葉を期待して、アザミへと視線を送るが、それは儚く散った。
「素性を黙っていてすみませんでした。私は、ナデシコ様の侍女のアザミです」
その場で立ち上がり、軽く会釈をして自分の立場を名乗るアザミ。
やはり王女という自己紹介はなかった。
現実は残酷だ。
気品あふれる笑顔。穏やかな優しい物腰。そしてあの曲線美……。
アザミを王女と言って、疑う者は誰もいないだろう。
いや、カズラだって高貴な顔立ちの美人だ。それに物怖じしない態度も、上に立つ者には不可欠な要素だと思う。
だがやはり男としては、その癒されるような優しさに惹かれてしまう。そしてそれを持つアザミが、王女であってほしいと願ってしまう……。
ついつい願望ばかりが先に出てしまうが、客観的に見ても腑に落ちない点がある。
僕はなにも、印象だけでアザミが王女だと考えていたわけではない。
「でも、最初に会った時、カズ……失礼。ナデシコさんの方がアザミさんをかばってましたよね?」
「王女にさん付けとはいい度胸ね。まあいいわ。でも初めに言っておくけど、ナデシコなんて呼ばれたら、王女だって明かしてるようなものじゃない。今まで通り、カズラで呼びなさい」
「ああ、すみませんでした。カズラ様」
「だから……、いまさらあんたに『様』なんて呼ばれても、虫唾が走るから呼び捨てにしなさい。今まで通り接すること。いいわね――」
これじゃ王女様というより女王様じゃないか。この世界にもそういうプレイがあるのかは知らないが。
でも下手にナデシコなんて本名を呼びなれてしまうと、咄嗟のときに出てしまいそうなのも確か。ならば、普段から偽名で呼ぶのは理にかなっている。
とはいえ王女と知ってしまっては、今まで通り接しろと言われても身構えてしまう。今まで通りを意識すると、途端に下手な芝居を始めたように、ぎこちなくなってしまうものだ。
「――それで質問の答えなんだけど。強い方が弱い方をかばうのは、当然の行動じゃないの?」
「え、でも……」
「強い方が相手して勝てないなら、弱い方がやったって犠牲が増えるだけじゃない」
正論のように聞こえてしまうがそれは違う。そもそも、前提がおかしい。
「いやいや、もしも勝ち目のない敵に当たったとしたら、侍女が時間を稼いでいるあいだに、王女だけでも逃がすとかしないですか? 王女の身の安全が第一なんじゃ……」
「あんたバカなの? 家出した時点で王女なんて身分、とっくに捨ててるわよ。アザミは一緒に家出に付き合ってくれた親友。あんたは親友に時間稼ぎさせて、自分は逃げるの?」
第一声が『バカ』とは、僕はそこまで変なことを口走っただろうか。
カズラの威圧的な物言いに、自分の考えの方がおかしく思えてくる。
だが確かに、王女という身分にこだわるなら家出なんてしていないだろう。きっとその辺りに家出の原因もありそうだ。
「ちょっと気になったんだがよ。王女様ってことは王族の血筋だろ? だったらあんな『ゲス』だか『クズ』だか言うチンピラ、魔法で捻ってやれば良かったんじゃねえのかい?」
ケンゴが礼儀正しく右手を上げて口を挟む、口調は相変わらずだが。
あの時は、右手を突き出して魔法を撃とうとしていたカズラを、アザミが制止していた。だが言われてみれば、カズラ自身がやっつけてしまえば、そこで終わっていた話だ。
「あの時は……あの時は、撃ちたくても撃てなかったのよ――」
「王女様は、魔力をお持ちではないのです」
「ちょ、ちょっとアザミ……」
カズラの言葉を遮るように、重大な発言を事も無げに言い放つアザミ。
チョージやケンゴに聞いた話によれば、魔力絶対主義のこの国で、魔力がないのは致命的なはず。そんな大事なことを、僕らに話して大丈夫なんだろうか。
王女が魔力を持っていないとは、真実ならば国家レベルの機密事項ではないのか。
カズラは慌てているが当然だろう。だがそれを気にも留めずに、アザミは話を続ける。
「ですので、慣習により王女様に王位の継承権はありません。にもかかわらず、国王様はそのことをひた隠しにされているので、王女様はお屋敷でもいたたまれない毎日を過ごしておられました。ですが、来年の成人の式典が迫るにつれ、ご心労も頂点に達し、とうとう家出に踏み切ったというわけです」
やはり、間違いなく重大な国家機密だ。
事実かどうかは確かめる術がないが、頑として口を固く閉ざしていたことも、こっそり出て行こうとしたことも、こんな事情があったのなら無理もない話だ。
「本当にそんなことまで話しちゃって良かったの?」
「大丈夫です。どうせそのうち、国民にも知れ渡る事実ですし」
絶対に聞かれてはならないという程ではないが、あまり聞かれたくない内容なのはその声量から伺い知れる。
心配するカズラをよそに、自信たっぷりに返答するアザミは参謀役といったところか。僕に向かって『兄さま』と叫んだ機転を思い返しても、なかなかの策士と思われる。
「なるほど、ここまでの話はわかったぜ、お姫様方。で、この先どうなさるおつもりなんですかい?」
家出の理由や疑問のいくつかは明らかになった。だがケンゴの言う通り、大事なのはこれからだ。
満を持してカズラが『よくぞ聞いてくれた』とでも言わんばかりに、自信たっぷりの表情ですっくと立ち上がる。
「私はね、この国を変えるのよ」
カズラは右手で髪の毛を後ろに払い、いつもの見下したような口調で高らかに宣言すると、両手を腰に当て胸を張る――。
「……さあ、冷めないうちに食っちまおうぜ」
ついつい会話に夢中になって、夕食の途中だったことを忘れかけていた。
ケンゴの一言で各自、食事を再開する。
そして、その言葉にカチンときたのはもちろんカズラだ。
「私は本気よ! 失礼しちゃうわ」
「まあまあ、でも早く食べちゃわないと片付かないのも確かだから。先に晩ご飯済ませちゃお」
「な、なによアザミまで……」
親友と言っていた侍女にまであしらわれてしまい、王女様も形無しだ。
だが、一人で演説を続ける気力は削がれてしまったのか、カズラもやけくそ気味に夕食を頬張り始める。
「――思ったより美味しいじゃないのよ、これ」
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