第6章 王女ナデシコ 2

 静かに開く玄関のドア。

 中から顔だけを出し、慎重に左右の様子を伺うカズラ。

 そっと少しだけドアを開き、素早く、静かに外へと滑り抜ける。

 そして、中に向かって手招き。

 続いてカズラと同じように、アザミが外へと滑り抜ける。


 二人がともに脱出すると、今度は振り返って室内の様子をうかがう。

 まだ気づかれていないと確認できたのか、静かに閉められるドア。

 一連の行動に一区切りがつき、その安堵感からか見つめ合う二人。

 揃って胸を撫で下ろし、見つめ合ったまま頷き合う。

 そして、決意も新たにその第一歩目を踏み出そうと、二人で振り返る――。


「どこへ行くつもりですか? お二人さん」


 突然目の前に姿を現した僕に、驚愕の表情を浮かべるアザミとカズラ。

 首を締められた鳥のような、声になっていない音をあげる。

 そしてそのまま、その場にへたり込んでしまった。


「ちょ、なんであんたがこんな所に……」

「え、どうして……」


 どうやら、腰が抜けてしまった二人。しばらく立ち上がれそうもない。

 それならばと、こちらが目線を合わせるためにしゃがみ、種明かしを始める。


「お二人のことだから、きっと迷惑掛けないようにって出て行くと思ったんですよ。だから先回りして、そこの陰に隠れてたんです」


 そう言って、背後の壁を親指で示す。

 カズラは立ち上がろうと足をばたつかせるが、まだ立ち上がれない。

 アザミは正座の体勢でかかとの方をやや広げ、開き直ったようにペタリと地面に座り込む。


「水臭いじゃないですか、何も言わずに出て行こうとするなんて」

「そ、それは……」

「…………」


 何かを言いかけたカズラ。だがすぐに視線を背け、続く言葉も飲み込んだ。

 まだ心は開いてもらえないらしい。

 もう一方のアザミは、険しい表情で口を真一文字に結んだまま。居間から続く沈黙を、まだ破るつもりはないようだ。


「別に王女とかそうじゃないとか、そんなのどうでもいいですよ。言いたくなければ、もう言わなくてもいいです」

「…………」

「…………」


 とりあえず、対話をしないことには始まらない。

 譲歩してみるが、返ってくるのは相変わらずの沈黙。やはりそう簡単には、心は開いてもらえないらしい。

 帰ってからずっと質問責めにしていたのだから、いまさら『言わなくてもいい』と言ったところで、簡単に警戒を解くはずもないか。

 この調子では、会話はいつまで経っても始まらない。

 それならばと、全然別な方向から会話を始めてみることにした。


「僕が小さい頃から憧れてるものって、何だと思いますか?」

「?」

「え、えーと……」


 突然始めたクイズ。

 カズラは怪訝な表情、アザミは困った表情を浮かべるばかりで回答はない。

 困惑した様子の二人。逆の立場なら、きっと僕だって同じ反応だろう。

 だが、二人の反応は想定内。初めから答えてもらえるなんて、思ってはいない。


「魔法をぶっ放して、悪人をやっつけて、困ってる人を助ける英雄になりたいが正解です」

「…………」

「…………」


 さすがに『異世界で』は言えなかった。

 反応に困る二人に構わず、さらに言葉を続ける。


「でもね、僕は魔法が使えません。それに悪人をやっつけられるような腕力もないし、ケンカも強くないです。だからせめて――」


 二人の前に右手を差し出しながら、真剣な表情で最後の一言を告げる。


「――困ってる人を助けさせてください」


 お互いに顔を見合わせる、アザミとカズラ。困惑の表情を浮かべる。

 そして差し出したまま、宙ぶらりになっている右手。


「…………」

「…………」


 妙な間が空き、いまさらになって顔が火照り始める。

 右手も慌てて引っ込める。

 一体、自分は何を言ってしまったのか。思い出すのも照れくさい。

 しかも、あの言い回し。完全に自己陶酔していた。

 何が『困ってる人を助けさせてください』だ。その言葉が、何より二人を困らせているではないか。


 恥ずかしさのあまり、顔も上げられない。

 すると玄関の方から、ゆったりとしたペースの大きな拍手が響く。まるで、ダンスのコーチが手拍子を打つように。


「おお、いい話だなあ。感動で涙ぐんじまったぜ」


 一体いつからそこにいたのか。わざとらしく、鼻水をすする演技までするケンゴ。

 過剰な演出は嫌味っぽいが、いたたまれなかった僕にとっては救いの神だ。


「でもな、お嬢さん方よ。俺もこいつと同じ気持ちだぜ。とは言ってもしてやれるのは、この小汚ねえ家に匿ってやるぐらいだがな、ハッハッハ」


 ケンゴの高笑いに空気が和む。

 アザミとカズラの表情からも、少しずつ険しさが消えていく。家主から、正式な許可の言葉が聞けたからかもしれない。

 あれだけの恥ずかしい自分の発言も、この結果を引き出したと思えば無駄ではなかった。そして、この雰囲気ならばもう、二人も出て行くとは言い出さないだろう。


「じゃぁ、そろそろみんな中に入りな。晩飯にしようぜ」


 一足早く、家の中に入っていくケンゴ。

 だが僕は、もう二人は逃げ出しはしないと思うが、一緒に戻るためにそのまま見守る。

 そして、しばらくぶりにカズラが口を開いた。


「あんた……困ってる人を助けたいって言ったわよね」

「僕にできることなら、ぜひ」




「――じゃぁ、まず私に手を貸して立たせてちょうだい」

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