第3章 望む者、望まざる者 2
「それでお嬢ちゃんは、何をそんなに熱くなってたんだい? 台所まで筒抜けだったぜ?」
「あんな悪党、塵にしちゃえばよかったって話よ。それを、この卑怯者が邪魔したことに腹を立ててるの!」
呼ばれ方は相変わらずの『卑怯者』。
せっかく自己紹介したというのに、全然意味がない。まあ、偽名なのだが。
それにしても、ケンゴもケンゴだ。せっかく下火になった話題を蒸し返すなんて。
だがこれも、話題が逸れていただけで、カズラの気が済んだわけでもないだろう。放っておいても、いずれ彼女の方から蒸し返してくるはず。
だったら、こっちから説明してしまった方が手っ取り早い。
いつまでも卑怯者呼ばわりされ続けるのも忌々しい。
「塵になんて、できなかったからだよ」
「は? どういうことよ」
「わからなかったのか? ケンゴさんのあれはハッタリだよ」
「ハッタリって何よ」
意外な切り替えし。ハッタリは通じないのか。
ここまで、会話に詰まったことがなかったので気にも留めていなかったが、ここは異世界。通じない単語があって当たり前。
だが、咄嗟に『ハッタリ』を言い換える言葉は……と、考えると詰まってしまう。
頭を悩ませていると、ケンゴからフォローが入った。
「振りってことさ。俺は魔法なんて使えねえんだよ」
「えーっ! あれだけ大見得切っておいて、あんた魔法使えないの!?」
驚きのあまり立ち上がるカズラ。
信じられない様子で、ケンゴの目を凝視する。
その視線を受けて、ケンゴは親指を立てながらウィンク。さらに、ニヤリと笑ってみせる。
「迫真の演技だったろ?」
その返答に、呆れ果てるカズラ。
額を手で覆い、天井を見上げると、椅子に身体を預けた。
さらに聞こえてきたのは忍び笑い。出どころはアザミからだ。
さっきまではカズラと同様に、口を大きく開けたまま驚いていた。
だが、ケンゴの大胆な行動の真実を理解したのか、徐々に肩を大きく震わせながら、声をあげて笑い始める。
「ククク…………そうでしたか。そうだったんですね……。フフフ、あの人はまんまと騙されたってわけですね」
「あたしまで騙されたわよ!」
頬を膨らませてそっぽを向く、カズラ。
騙されたことが、よほど悔しかったらしい。
だが、ふと何かを思い出したようで、不思議そうな表情で僕に尋ねる。
「じゃあなに? あんたはあれが、演技だって気付いてたってこと? そうでなければ、あんな耳打ちできないものね」
ケンゴとゲークスの睨み合いが続く中、『僕の体当たりを合図に、みんなで一斉に逃げるぞ』とコッソリ耳打ちした。
あんな行動に出たのも、ケンゴが僕に出したサインに気付いたからだ。
『アスファルト』。
大通りでさえ土のままのこの世界には、無縁の言葉だろう。ちっとも魔法を発動しないことと合わせてピンときた。
きっと僕の素性を見抜いて、自分も同類だと伝えるために発した言葉なのだと。
「そうだよ。ケンゴさんが演技してる以上、あのままゲークスがやけでも起こして襲い掛かったら、全てが水の泡だったからね」
「全然気付かなかった…………。あんたは、なんでわかったのよ!」
「それは、まぁ……その、勘てやつかな? ハハハ……」
明らかに疑いの目を向けるカズラ。
だが、気づいた理由を説明するには、僕が異世界から来たところから話さなければならない。
説明したところで、信じてもらえるかも怪しい。もしくは、警察のようなところに、不審者と通報されてしまうかもしれない。
やっと始まった異世界生活を、初日から台無しにしないためにも、ここは強引に押し切る。
「まあ、今日一番の活躍はこいつってこった」
話をすり替えるケンゴ。
きっと、怪しげな話の流れを断ち切ってくれたに違いない。
もしもケンゴも異世界から来たのならば、やっぱり知られたくはないだろう。この意思疎通ぶりからみても、ケンゴは僕と同類だとしか思えない。
ドタバタ続きで二人だけで話す機会に恵まれないが、後で確認しなくては……。
ひとまず、カズラの騒動は収まった。
納得はしきれていないだろうが、静かになったところをみると、これ以上の追及はなさそうだ。
となると、今度はこちらの番。
気になって仕方がなかった質問を、アザミにぶつける。
「それでアザミさん、『兄さま』ってどういうことですか? 僕はあなたと会ったことは、ないと思うんですけど……」
あの時は本当にびっくりした。そして、色々な考えが渦巻いた。
この人の兄と僕がそっくりなのか?
僕の知らない妹が、元の世界から僕を追いかけてきたのか?
おかげで完全に逃げ遅れ。見事に騒動に巻き込まれた形だ。
「ああ、あれですね……。本当にごめんなさい、巻き込んでしまって。でも、ああ言うしか、あの場面で助かる方法はないって思ったんです」
わざわざ立ち上がり、謝罪をするアザミ。
深々と、そして長々と頭を下げ続ける。
「っていうことは、僕はお兄さんじゃないんですね。ほっとしました」
「アザミのお兄さんが、こんな卑怯者なわけないでしょ。もしこんなのが兄だったら、私なら家出するわ。大体、こんな奴に助け求めなくても、何とかなってたわよ……きっと」
相変わらずのカズラ。でも、ここまで徹底していると逆に潔い。
それならそれで、こういう人物だと割り切れば腹も立たなくなってきた。
そして、その横ではアザミが少し寂しそうな表情を浮かべたように見えたが、思い過ごしだろうか。
さらに、ケンゴが割って入る。
「あの時の『兄さま』の一言。アザミちゃん、あんたすげえわ。
逃げ出そうとしたこいつは足止めされたし、あいつらもこいつを無視できなくしたもんな。
普通に『助けて』だったら、ああはならねえ。こいつが『知りません、勝手にやってください』って逃げ出せば、きっとまた元通りだったぜ」
『兄さま』と呼び止められたから、僕は足を止めた。
ケンゴの言う通り『助けて』だったら、あの状況では罪悪感に駆られながらも、涙を呑んで逃げ出しただろう。
そして、色々な考えが渦巻いているあいだに、完全に逃げ遅れた。
ゲークス達の行動だって、『兄さま』で変わったはずだ。
勝ち目がないと逃げ出した赤の他人は、普通ノコノコと戻ってはこない。
だが、兄ならどうだ。肉親が一目散に逃げ出すとは思わないだろう。逃げたとしても、きっと誰かを呼ぶなり、武器でも手にして帰ってくると考える。
となれば、無視もできずにこちらに意識が向くというわけか……。
なるほど、ケンゴに言われて気付いた、あの『兄さま』の奥深い意味。
こうやって冷静に考えているから、あの場面で状況を一変させた、たった四文字の効果的な言葉だったと結果的にわかる。
だが、アザミはそこまで考えて『兄さま』と叫んだ。あの一瞬で。
頭の回転の速さに、ケンゴが感心するのも頷ける。
だが待てよ? 一つ大きな疑問が浮かぶ。
「ケンゴさん、何でそんなに詳しく知ってるんですか?」
「――そりゃあ、おめえ。ずっと見てたからな」
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