第3章 望む者、望まざる者

第3章 望む者、望まざる者 1

「ちょっと、わかるように説明してちょうだい!」


 ケンゴの家に招き入れてもらい、思い思いに椅子に腰掛ける。

 やっと落ち着いたと思うや否や開口一番、相変わらず口の悪いカズラが叫んだ言葉がこれだ。


「カズラ、落ち着いて……」

「だって、落ち着いていられるわけないでしょ。この卑怯者のせいで、どれだけひどい目に遭ったか」


 その言葉と共に、カズラに思い切り人差し指を突き付けられた。

 だが、『ひどい目に遭った』はこっちのセリフだ。見つからないように逃げようとした行為については、卑怯者呼ばわりされても仕方がない。でも、強引に巻き込んだのはそっちの二人だったじゃないか。

 色々とこちらにも言い分はある。だが、いかんせん運動不足のせいもあって言い返す気力も体力も残っていない。

 それにこういう手合いは、熱くなっているときには何を言っても逆効果。言いたいだけ言わせて落ち着いてからでないと、会話にならないのは目にみえている。それは、サラリーマン時代に身に着けた生活の知恵。


「でもね、カズラ。この人がきっかけでこうして助かったのは間違いないでしょ?」

「いいえ、こんな奴が通り掛からなくても、あたしだけで何とかしてたわ」


(ああ、そうですか。何とでも言ってください。こっちは極限のさらに先まで体力を使い果たして、あなたの相手をする余裕なんてないですよーだ)


 口に出したら間違いなく面倒になりそうな言葉を飲み込み、机に突っ伏した。


「ちょっと、無視するわけ?」

「まあまあまあ……」


 血気盛んなカズラを、アザミが必死になだめる。

 そこへケンゴが人数分の飲み物を持って登場した。


「この人だってそうよ! あんな奴、とっとと魔法で塵とやらにしちゃえば良かったのよ!」

「カズラ! いい加減にして!」


 曲がりなりにも助けてくれた恩人にまで矛先が向いた時、ずっと穏やかだったアザミが強い口調でカズラをたしなめた。どうやらその一喝は効果があったようで、カズラも少し落ち着きを取り戻したらしい。


 そして僕は、ケンゴが用意してくれた飲み物にありつくために身体を起こす。

 常識的には全員に配り終わるのを待つべきだろう。だが目の前にグラスを置かれた次の瞬間には、キンキンに冷えたとはお世辞にも言えない茶色い液体に、本能的に飛びつく。


 ――染み渡る。


 極限まで乾ききっていた身体は、髪の毛から爪先まで全身がスポンジになったかのように水分を吸収していく。

 味などわかりはしない。

 注がれていた麦茶のようなものを一気に飲み干し、ようやく息を吹き返す。


 身体の危機的状況が去り、やっと生まれる気持ちのゆとり。

 居間に招き入れられてからというもの、ずっと机に伏せっていたので気づいていなかったが、顔を上げてみると色々なものが目に映る。

 目の前には六人掛けの大きなテーブル。窓の横には服が積み重なり、座る場所などないソファー。

 そして足元に点々と散乱するのは、踏んづけたら怪我をしそうな謎のガラクタ。

 招かれた立場で失礼だが、お世辞にも奇麗とは言えない。むしろ、なんとも散らかった部屋だ。

 興味深くキョロキョロと室内を眺めていたが、ケンゴが全員に飲み物を配り終えたらしく着席した。そして、団らん開始の音頭を取ったのでそちらに注目する。


「さて、落ち着いたところで自己紹介といこうじゃないか。俺はさっきも名乗った通り、ケンゴだ。よろしくな」

「私はアザミです。今日は助けていただいて本当にありがとうございました。そして今日は一晩、ご厄介になります」


 横を向いて不貞腐れているカズラをアザミが肘で小突き、挨拶するよう促す。

 しばらく黙っていたが、再度アザミが小突くと仕方なさそうに挨拶を始めた。


「カズラよ。あんた達には言いたいことが山ほどあるけど、今日のことは一応感謝するわ」


 失礼な態度のカズラを見て、呆れ顔で首を横に振るアザミ。

 そして、母親が子供を躾けるような口調で諭す。


「それが感謝の態度なの? それに今晩だって泊めていただくんだから、ちゃんとそのお礼も言わないと」


 カズラは立ち上がって、子供が反抗するようにアザミに食って掛かろうとする。が、どうやら思いとどまったらしい。

 向き直って、全員に対してチョコンと軽く頭を下げる。

 そして、消え入るような細い声で「ありがと」と早口で言うや否や、次の瞬間にはもう着席していた。


 こうなると次は僕の番になる。

 当然名乗らないわけにはいかないが、思い出されるのは昼間大笑いされた記憶だ。

 結局理由は聞きそびれてしまったが、本名を名乗ってあの嫌な思いを繰り返したくはない。ここは偽名で乗り切ることにしよう。

 咄嗟に浮かんだのは、元の世界で一番親交の深かった人の名前。

 そして前の三人に倣って、名字は無しで名前のみを勝手に名乗る。


「カズトです、よろしく……」

「――カズトですって?」


 カズラは小声で呟くと、こちらをギロリと睨む。

 名乗ってから気づいたが『カズラ』と『カズト』では一文字しか違わない。それを不快に思ったのだろうか。

 だが、今さら引っ込みはつかない。自分の名前を間違えましたなんて言い訳が通るはずもない。

 本名を爆笑された時といい、今回といい、どうしてこうも僕の発言はこの世界の人に受け入れられないのだろう。

 異世界とは相性が悪いのだろうかと、またしても心細くならざるを得ない……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る