第2章 黒い髪、赤い髪 3
絵に描いたような袋小路。周囲の壁も高く、完全に行き止まり。
カズラが追いついたが、壁に阻まれ進めない以上、さらに遅れてきた男たちにも余裕を持って追い付かれる。
六人対三人、状況は一向に好転しない。
いや、壁を背に追い詰められている点で、さっきよりかなり悪くなった。
六人の体格のいい男たちは五メートルほどの距離を取り、道幅一杯に広がって立ち塞がる。リーダーは中央でその一歩前に立ち、袋のネズミだとばかりに余裕の表情を浮かべている。
こちら三人は壁にへばりつくしかない。
だが、こんな追い詰められた状況でこそ、人間は本領を発揮するものだ。
「魔法ぐらい使えないわけ? まったく……」
「そういうあなたこそ、何とかしてくださいよ」
「女に頼るなんて、ほんと情けない男ね」
「ちょっと、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ……」
完全に仲間割れ状態。もちろん仲間になった覚えはないが。
それにしても、カズラは口が悪いだけでなく無茶まで言う。こいつらを追い払えるぐらい腕っ節に自信があるのなら、最初から逃げ出してはいない。
「仲のいい兄妹だな。でも、そんな余裕ももう終わりだぜ」
「あたしまで兄妹にしないでよ」
「どちらとも兄妹じゃないですって。大体、僕たちをどうするつもりなんですか」
改めて否定したところで状況は何も変わらないだろう。だが、勘違いされたままというのも癪だ。
それよりも、何に巻き込まれたのかがわからない方が納得がいかない。
恐る恐るだが、リーダーに尋ねた。
「決まってんだろ。身ぐるみ剥ぐんだ!」
「なによ、結局お金目当てってわけね。お金ならくれてやるから、そこをどきなさい!」
この女はいったいどこまで口が悪いのか。
だが追い詰められているこの状況で、ここまで言えるのは称賛に値する。それに引き換え……、と考えると自分が情けなくなる。
「金なんていらねえよ」
「は? だってあんた、たった今……」
「お嬢ちゃん、わかってねえな。俺は身ぐるみ剥ぐって言ったんだよ。グフフ」
やっと意味を察したのか、カズラも「この下衆野郎」と小声で呟き、両手で胸をかばう格好で身を固くした。表情もやや強張り、恐怖感も伺える。
男は完全に優位に立ったはずだが、なぜかニヤニヤするばかりでなかなか襲ってこない。これはもしや……。
「いい表情だ。その怯える姿も俺様には御馳走だあ」
やっぱりそうか、こいつわかってやがる。
だが、今は共感している場合ではない。
こちら三人は完全に追い詰められているのだ。
「仕方ないわね……」
言葉と共に、カズラが突然右手を突き出す。
一体何が始まるのかと思ったが、このポーズはアレではないのか?
そう、アニメでも定番のあのポーズ。魔法を撃つときの構えだ。でももしそうだというなら、彼女は魔法が使えるんじゃないか。
人に要求しておいて出し惜しむなんて失礼な話だ。労力を使わずに僕に撃退させようと思ったが、役に立たないので自分でやることにしたわけか。
役立たずで申し訳ないが、彼女が本気を出したのなら後は任せておけば何とかしてくれるに違いない。
むしろこんな特等席で魔法戦闘を見られるなんて、異世界へ来て早々僕はついていると、さっきまで嘆いていた不運は忘却の彼方へ消し飛んだ。
彼女の一挙手一投足を見逃すまいと注目する。
チョージに魔法は使えないと宣告されたが、やはり諦めきれない。彼女の動作を真似れば、ひょっとするかもしれない。
「ちょっとあんた、何いやらしい目で見てんのよ。気が散るじゃない」
いやらしい目で見たつもりはなかったのだが、気が散ると言われては仕方ない。ガン見からチラ見に格下げだ。
しかし、いつまで経っても魔法らしきものが発動する気配がない。
僕が気を散らしてしまったのがまずかったのだろうか……。
「このゲークス様に魔法を向けるとはいい度胸だな。でも、そんなへっぴり腰で本当に魔法が撃てんのか?」
彼女が構えた直後は、ゲークスと名乗ったこの男も顔色を変えたが、なかなか魔法が飛んでこないと見るや、ゆとりの表情を浮かべ始めた。
魔法の撃ち方なんて僕にはわからないが、ゲークスの言う通り彼女の構えは腰が引けているように見えるのも確かだ。
ゲークスは突き出した人差し指を、クイクイと曲げて見せる。
やれるものならやってみろと言わんばかりの挑発行為。こちらが魔法を撃とうとしているにもかかわらず、逆に追い込まれている。
すると、彼女は右手を突き出したまま、ゆっくりとゲークスに向かって一歩、また一歩と近づき始めた。
「――だめ、やめて」
僕の隣から飛び出したアザミが、カズラの腰に背後からしがみつく。
そして、これ以上進まないようにと阻止する。
「は、離して……」
カズラは腰に回された腕を左手で引き剥がそうとするが、さすがに片手ではどうすることもできず、歩みが止まる。
魔法で撃退できるのなら、やってしまえばいいのに。
だが、魔法に関して知識のない僕には挟める口などなく、沈黙を続けるしかない。
「どうした? 本当は魔法なんて撃てないんじゃないのか? さあ、どうした」
撃ってこないとみて、ゲークスは強気にその巨体をゆっくりと一歩、また一歩とこちらに近づけてくる。近づく度にゲークスの表情は崩れ、もはや見るに堪えないほどの変質的な顔だ。
「離しなさいって、このままじゃ……」
「だめ、自分だけ犠牲になるつもりなんて、絶対にだめ……」
そんなことしてる場合じゃないだろう。
こうなったらどう考えても勝ち目はないが、僕が飛び掛かるしかないか。
しかし、さっきリュックは投げつけてしまってもうない。他に武器になりそうな物はないかとポケットを探ってみるが、そんなに都合の良い物も持ち合わせていない。
思いつくことと言えば、身体一つでの体当たりぐらいだ。
それでも、二人が逃げる隙ぐらいは作ってやれるだろうか。そう考えた時だった。
ゲークス一味のさらに背後から、低くて渋い声の気取ったセリフが通路にこだまする。これは正義の味方の登場か。
「お困りですか? お嬢さんたち」
――颯爽と姿を現したのは、……なんとも冴えない感じの中年男だった。
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