第1章 異世界の洗礼 2
言葉が通じて一安心したと思ったら、また次の不安が姿を現した。
東京を知らない。そして今日は五月一日だという。
東京を知らない日本人なんているだろうか。
しかも一人や二人じゃない、ここにいる全員がわからない様子だ。
そして、半年も違っている日付。半年前なのか、それとも半年後なのか、はたまた遠い過去や未来だったりするのか。
よく見れば、男たちの着ている服装にも違和感がある。
着物と洋服の中間のような、ちょっと変わった装い。こんな服は世界中の民族衣装を思い浮かべても、僕の知識の中には存在しない。やはり僕の住んでいた世界とは、まったく違う世界なのだろうか。
男たちは男たちで僕の回答に困惑し、再び会議中だ。
「君が最初に発見したんですよね?」
「ええ、あっしが灯りの補充に来たらさっきの通り、こいつが寝てたわけでして……」
聞こえてくる会話に聞き耳を立てるが、話しているのはやはり日本語だ。
場を仕切る雰囲気から見て、正面の男がリーダーらしい。他には男が五人。危害を加えてくる様子はないので、おとなしく成り行きに任せる。
腕組みをして考え込んでいるリーダー。彼はふと頭上に視線を移すと、少し慌てた様子で街灯を指差す。
「ちょっとちょっと、もう消え掛かってますよ。急いで補充に回ってください」
「あわわ、そうでした。後はお任せしやす」
どうやら第一発見者の男は、僕を見つけたためにやるべきこともほったらかしで、リーダーを呼びに行ったのだろう。
彼は僕の処遇をリーダーに任せると、街灯に向かって右手を突き上げ、そこに左手を添えて何やら集中し始めた。そういえば補充と言っていたなと街灯を眺めていると、消えかかっていた灯りがみるみるうちに明るくなっていく。
「もしかして……魔法?」
僕の呟きが耳に届いたのか、取り巻きの男たちが一斉に振り返る。
そして口々に浴びせかける、
「何言ってやがんだ? こいつ」
「大丈夫か? お前」
「い、いや……、今のはですね……」
いい歳した大人が魔法などと言い出したら、軽蔑されるのも無理はない。
異世界だのテレポートだのと考えていたせいで、ついファンタジーな気分になっていたのだろう。取り返しのつかない、自分の口走った言葉。思い返して、つい赤面してしまう。
必死に弁明しようと言葉を探すが、あれだけはっきりと口に出してしまっては繕いようもない。浅はかな言動を後悔しても後の祭りだ。
「誰が見たってわかるだろ、今のは魔力補充だ」
「子供だってわかるぜ。今のが魔法なわけないだろ」
「え? え……?」
何を言っているのか、わけがわからない。
魔法と言った僕を馬鹿にしておいて、今のは魔力補充だという。ファンタジーな発言を馬鹿にしたのだと思ったが、そうではないらしい。
(ちょっと、わかるように説明してくれよ……)
そう言いたいところだが、そんな要求をすればまた無知をさらけ出すことに。また罵声が返ってくるのではと思うと、口に出す勇気が出ない。
そんな動揺をしている僕に気付いたのか、リーダーが再び声を掛ける。
「もしかして君、魔法がわからないんですか?」
認めると馬鹿にされそうだが、わからないものはわからない。
これは助け舟だ。こちらからは聞きにくかったが、ここは素直に認めるべきだ。迷わず、首を大きく縦に二回振った。
「ハハハ、そんな奴がいるかよ!」
「いくらここが貧民街のシータウだからって、ありえねえ」
「貴様、俺たちを馬鹿にしてんだろ!」
「まあまあまあ」
リーダー格の男がなだめたものの、結局取り巻き連中には馬鹿にされた。
殴り掛かってきそうな勢いで、キレている者までいる。しかもその上、解説もなし。
大体シータウってなんだ、そんな地名聞いたこともない。『魔法ぐらい知ってます』って知ったかぶりしておけば良かったのか?
やる事なす事みんな裏目だ。ついつい勢いに任せて、やけくそになる。
「冗談じゃないですよ! そりゃ、異世界を夢見て浮ついた気持だったかもしれないけど、覚悟を決めて待ち合わせ場所に来てみればマスターはいない。裏切られたかと思ったら次の瞬間飛ばされて、ここで心細く一夜を明かしたら囲まれてて、ここがどこかもわかってないのに、魔法じゃないだの、魔力補充だの。大体ですね――」
「まあまあまあ、落ち着いてください。彼らの非礼は謝りますから」
感極まり、心の中に秘めていた思いを一気にぶちまけた。
開き直りが功を奏したのか、今までの侮蔑の空気は一変。逆に、リーダーからは謝罪の言葉まで返ってきた。
その言葉を聞いて、自分も熱くなりすぎたと少し反省。深く、ため息をつく。
「そこ、いいですか?」
リーダーは、僕の隣のベンチの空席を指差す。
唯一の常識人という感じの彼が行動を起こすと、取り巻き連中は黙って見守る。その様子を見れば、この男がいかに人望を集めているかは一目瞭然。落ち着いた言動を見ても、この男は信用して良いだろう。
少なくとも、隣に座ることを拒む理由はない。
「どうぞ」
僕の許可に、リーダーは笑顔で返す。
そして隣に腰掛けると、懐から一本の煙草を取り出し、口に咥えた。
さらに大きな身振りで、その先端を右手の人差し指で差す。まるで、僕に見せつけるかのように。
そして、じっと見つめる僕の目の前で、彼は一瞬のうちに火を点けて見せた。
目を丸くする僕を横目に、彼が呟く。
「――いいですか? これが魔法です」
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