第5話
「オジさん、その事なんですが、部屋にきてもらってもいいですか?」
「構わないよ。ツヨカヨは?」
「ツヨさんとカヨさんは、とりあえず結構です。せいちゃんを見てもらいましょう。」
リッカを連れて、僕ら四人は階段を上がり、ツヨカヨにせいちゃんを預けて、自分の部屋に戻った。
僕とオジさん、二人掛けの低いテーブルに向かい合い、リッカは、自分のベッドの上にあぐらをかいた。
落ち着いたものの、頭がまだ混乱していて、中々話を切り出せずにいた。
「僕ら以外の宿泊客の数の話しだよね。」
オジさんが、部屋に来る事になった理由だけ切り出す。
「そうなんです…」
「間違いなく僕ら以外の宿泊客は、三人いました。僕の目には。」
オジさんとリッカさんは、目を大きく開き、驚きを隠せないでいる。
「彼らは、それぞれどんな容姿だったの?」
聞いたのは、リッカさんだ。
「ロングヘアーのメガネをかけた30代風な女性、如何にも山を登りに来たような大男、そして『中肉中背の中年男』です。」
「『中肉中背の中年男性』?」
リッカさんとオジさんは、ハモってから、顔を見合わせる。
二人の反応を見て、確信してしまった。
ミエて…
僕は、ミエてる。
ミエないはずのものが…
中肉中背の中年男性の顔が頭から離れない。微笑が顔にこびり付いたんじゃないかと思う人がたまにいるが、そういう顔だ。
少し大きな鼻。太い眉。薄っすらとした目。少しハゲはじめてるのかなと伺える髪。
夢の事が強烈にリアルに思えてくる。
スキーのストックが刺さった感覚が戻る!
僕が胸を抑えると同時に、リッカさんは、僕の隣にいて、肩に腕を回して、抱き掛かってくれていた。
気が付くと、腕に当たるリッカさんの胸の感触が心地よい事になっていた。
お陰で、意識が急激に甦る。話さなければいけない。何にしても。
「あの、僕、昨晩、夢を見たんです。それで、魘されて、三時ぐらいに起きました。」
僕は、夢の内容を二人に説明した。
似たような脅迫文の事、野外活動の事、ゲームをみんなで一緒にしていたら、狂気に包まれた事。自分が12時ちょうどに殺された事。
最後リッカさんに刺し殺された事も。
「それで、思うんです。
僕が見えてるアレは、ゲームと関係があるのかなと。
あの夢は、その、見せられたんじゃないかと思うんです。」
「僕も、そう考えていたところだ。」
オジさんは、同意した。
「ただ、ゲームやゲームの登場人物そのものの呪いと言うのは、考えにくいかな。やはり、実在した人物が関係してると考えるべきだろう。
そう、少なくとも、ゲームが発売されてから今までの間に死んだ人。」
死んだ…
と聞かされ、改めて、それが霊である事が強調されてしまい、心臓がドキンと胸打つ。
「原因の追究より、ごだいくん、僕らは今すぐ荷物を畳んで、帰るべきなんじゃないかな?」
そうだ!さっさと帰ろう!なんでそんな簡単な事も思いつかなかったのか不思議だった。
顔を前に向けた途端・・・
ソレは、ドアにイタ。
僕の方をジッと見ていた。
例の中肉中背の中年だ。
「アッ、う、あ。」
ドアを凝視する僕は、さぞ滑稽に二人の目に写っただろう。
リッカさんは、一緒にドアの方を向いて、僕の腕をぎゅっと掴む。
オジさんは、立ち上がって、ツカツカとドアの方に歩いていく。
「この辺かな?」
オジさんは、手を空中にぶらぶらさせる。
「当たってる?すり抜けてる?」
僕は、首を縦にブンブン振った。
「あのー、どちらさまか答えられますか?」
オジさんが、ソレに話かけても、それはピクリとも動かない。
「なんか反応ある?」
僕は首を横に振る。
「そう、やっぱりか。
ごだいくんが、この人が誰か聞いてみて。」
僕は、恐怖のあまり、ただオジさんの言うとおりにした。
「あ、ああ、ああ、あの、どちら様でしょうか?」
『オォォオオ、ナアアアアァアァァ』
それは、なんとも気味の悪い音だった。
耳から伝わっている音ではない。
「おおぉ、おえええぇ!!」
次の瞬間、僕は胃の中の物をその場に戻していた。
涙がドクドクと溢れ落ちるのを感じつつ、僕は意識を失った。
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あれ、僕は・・・
一体・・・
僕は、ベッドでいつのまにか横になっていた。
周囲を見回しても誰も居なかった。
なんだか、体が軽い・・・
ふわふわして・・・
あ、飛べるやつだ、これ。
ふわっするとベッドの上を飛んでいた。
あ、これ、なんでも出来るやつだわ。
夢でもあった、こんなん。
壁も抜けられるんでしょ?知ってる。
僕は壁を抜けた。
抜けた先は部屋だった。
しかし、様子がオカシイ。
まず、壁が真っ赤だった。
窓は壊されていて、ギイギイ風に打ち付けられている。
床には、5体がばらばらの・・・
ありゃ、人形だわ。
それは、なんとなく分かった。
壁に近づいていって、僕は匂いを嗅いだ。
これは、ペイントだ。
でも、なんでこんな事を?
僕は、風で壁に叩きつけられる割れた窓枠からを外を覗いた。
コブシの木の大枝の下に、ロープが首から生えている人がいる。ロープは、当然枝にむすばれている。
本物だな、あっちは。直感的に悟った。
僕は近づいてみようとしても、ペンションの外に出れなかった。
僕は、冷静にそれを観察していた。
目を凝らして、枝にぶら下がる人の顔を凝視する。
それと目が合ったと思った瞬間、その顔は少しだけ笑ったように…
ぼくにはミエた。
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目を開けると、部屋の様子が変わっていた。薄っすらと枕元のライトだけが部屋を灯していた。
ああ、部屋が変わったんだ。きっと、僕が汚してしまったから。
横を向くと、リッカさんは、二人掛けの窓際のテーブルのイスにお座りしていた。
動いた僕に気がついたのか、こちらを向き、目が合った。
「あ、ごだい!!大丈夫!?なんともない?」
「ああ、大丈夫。なんともないよ。」
「心配、すごく心配したんだから・・・」
見れば、リッカさんの目の周りは、むくんでいて、眼球も真っ赤だった。
僕には想像できないぐらい泣いたのだろうというのは伺えた。
「ごめんよ。もう大丈夫だから。それになんだか、気持ちもスッキリしたし。」
僕は、気持ちも、頭もスッキリしていた。体の疲れも感じない。
僕の心は、自分でも驚くほど落ち着いている事を感じる。
「みんなを呼ぶね。」
リッカさんは、そういうとペンションの内線用の電話に手をかけて、オジさんとツヨカヨのところに部屋に来るように伝えていく。
僕は、ベッドから起き上がり、カーテンを開け、外を窓から眺めた。
外は既にほぼほぼ真っ暗だった。
そして・・・雪が降っていた。ちょっとやそっとではない、大雪だ。
窓の近くによって下を見ると、既に積っていた。
時計を見ると、針は午後5時30分を差していた。
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真っ先に部屋に来たのは、ツヨカヨだった。
「4月末に、大雪なんてな・・・しかもさっきまでちょっとくもっとる程度やったのに。
幾ら山の天気は変わりやすい言うてもなぁ。
話を信じるしかないちゅーことやな。」
気遣いの言葉だけかけると、ツヨは本題に移った。
「ほんと、気味わるいわー。もう帰れんし、ツヨ怖いよー」
カヨは、どうやらずっとツヨの腕から離れられなくなっているようだった。
そして、オジさんが入ってきた。せーちゃんは、オジさんに抱きかかえられている。
「せーちゃん寝てくれたの?」
聞いたのはリッカさんだ。二人の話は続く。
「ああ、睡眠薬を少しだけ飲ませてきた。」
「えっ、大丈夫なの?それ?」
「うん、さっき山下りた時に調べておいた。カナダでは3割の家庭が子供を寝かしつけるのに睡眠薬を服用させてるんだってさ。一応その薬を持ってきておいたんだ。
母親がいないところで二晩過ごすわけだからね。
兎に角、今夜は・・・
知らない方が幸せな事が起こるかもしれない。」
オジさんは、僕の方を向いて言った。
「ごだいくんは・・・
うん、元気そうだ。面構えを顔をしている。」
「帰り道、ペンションに近づいたら雪が振ってきて、危ないところだったよ。チェーンも持ってきてないしね。」
「あ、そうそう、ごだいくん、君が寝ている間、山を車で圏内まで降りて、ネットで調べてきたよ。このペンションで起こった過去の事。」
「ちなみに、ツヨカヨには、私が全部説明しておいた。
ちょうど雪が降り始めたのもその頃でね。話が早かった。」
言ったのは、リッカさんだ。リッカさんは、オジさんのほうに手をすっと出し、話の主導権を返した。
「結論から言うと、今のオーナーは二代目だ。
一代目は、14年前に、首吊り自殺している。顔写真は出てこなかったが、おそらく・・・」
そこまで言って、オジさんは、ちらっと僕の方を見た。
「ええ、そのおそらくです。間違いありません。寝ている間に、『どちら様ですか?』の回答を頂きました。合致しています。続けてください。」
オジさんは、ひとつ小さく頷くと、続けた。
「自殺に追い込まれた原因は、一緒にペンションを経営していた妻に逃げられ、ペンションの修繕のために多額の借金を抱えていたためとされている。」
「修繕?」
僕は口を開いていた。
「そう、これは公式的なニュースとしての記録ではないが、2ちゃんねるの古いログに、このペンションでイタズラした人の書き込みが残っているのを見つけた。現オーナーも匂わせていたが、昔はもっと過激なイタズラが頻繁にあったのかもしれない。もはやイタズラと片付けることができないような事すら・・・
平日昼間の主婦ご用達のドキュメンタリー系番組ならもっと詳しく放送していたかもしれないが、今調べられるのはこれぐらいか。」
僕の脳裏に、先ほどの夢の様子が甦る。
話が繋がって行く。
「その筋で、間違いありません。」
僕は言った。全員の目線が僕に集中する。
「ただ、何をしたらいいのかが僕には、分かりません。」
沈黙が支配する中、リッカさんが口を開く。
「ごだいくんは、どうしたい?」
「どうしたい・・・ですか。」
それは考えていなかった。ある意味リッカさんらしい。僕がどうしたいか、それをいつも優先してくれてきたリッカさんだ。
「みんなで生きて帰りたいだけですが、この様子だと、『初代オーナー』も必死なのでしょうね・・・」僕は、窓の外の雪に目をやった。更に、僕が帰ろうとした時に、ドアに立ちふさがった時の事を思い出した。
「初代オーナーの希望を叶えて上げられるよう最善を尽くしましょうか。」
「ごだいくんが、そう言うなら、私も頑張るから!」
リッカさんが高い声を上げて、そう言ってガッツポーズを決めた。
ふと時計を見ると、時計は、午後6時を差していた。脅迫文の事が、頭を過ぎる。
『こんや、じゅうじにじ だれかが きえる』の脅迫文を思い出す。
あれの犯人は、間違いなくオジさんではない。
そして、『初代オーナー』の仕業でもないのではないかという気がするのだ。
あんな内容の脅迫文を書くなど、人間臭過ぎる。
夢で見たゲームの『こんや じゅうにじ だれかが しぬ』ではなく、『きえる』になっていたところだ。これも、事が大きくなりすぎてしまうため、『死ぬ』という言葉を使う事を避けているように感じられる。
アレはもっと超自然的な存在で、あんな脅迫文を書くなどというちっぽけな現象を引き起こすとは思えなかった。
つまり、予告の十二時に不可解な何か訪れる事はない。あるとしてもそれは、人為的な物に過ぎない。と僕は確信していた。むしろオジさんを陥れて、自己満足に浸るためのトラップだけなのかもしれない。
「漠然とですが・・・
『初代オーナー』が何が出来て、何が出来ないのか、悪意があるのかないのか、わかって来ました。ゆっくり彼の立場で、考えてあげれば答えが出る気がします。」
「それは、食事の後、ゲームをやりながら考えましょう。」
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