第4話

朝食が終わり、せいちゃんとカヨを連れ、階段を上がろうとした時、階段の2段目に紙切れを見つけた。何かが書いてある。



『こんや じゅうにじ だれかが きえる』


頭の芯が10度ぐらいズレたような感覚。

ぐらっとするのをなんとか堪える。



「こ ん や  じ ゅ う に じ  だ れ か が き え る。

ひらがな読めるよーすごい?」

せいちゃんが無邪気に騒ぐ。


「はぁ、なにこのイタズラ?ぶっころ、じゃない、お、お仕置きが必要だね!」

ぶっ殺すと言いそうになるが、子供の手前、リッカさんは言葉を濁した。


いつもなら、僕が先に言うような台詞だが、僕はそんな事を言う余裕がなかった。

リッカさんが、僕の目を覗き込む。心配の色が見える。なんだか心配をかけてばかりだなと思った。



「なにかありましたか?」

そう言って、廊下から出てきたのは、オーナーだ。


ちらっと僕の方を見てから、リッカさんが屈み、紙切れを拾う。

「オーナーさん、こんな紙切れが・・・」


オーナーさんは、ゴミを扱うように、荒々しく紙切れをつかむと、目をさっと通す。

「やっぱりね。気にしないでください。よくある事なんですよ。」


「ご存知かもしれませんが、20年以上前このペンションがゲームの舞台になった事があるんです。

それから変なイタズラが絶えなくて・・・最近は、めっきり減ったんですけどね。」


「いたずらやと?」

眉を潜めたツヨが、オーナーに詰問する。

脅迫文という平和が脅かされる内容が書かれているのに、何故そんなに平静を保てるのか疑問を持っている様子だ。


「ええ、当ペンションが舞台となったゲームのストーリーに関係するイタズラです。

本人たちは、現場で再現して、リアルな再体験を楽しんでいるのでしょうが。」


一息つくと、オーナーは、窓の外に目をやり、遠い目をした。

「私は、楽しく、ありませんでした。」


また一息つくと、僕の目を見つめてきた。

「それも、最近までです。」


眉を上げて、力強く言い切ると、手を握りしめた。

「お客様を全員、リビングにお越し頂きましょうか!」


=====================


11名の人間を収めるには、リビングは、やや狭かった。


ソファに女性がかけて、男性は床に座り込むか立つ形になった。

輪の中央には、オーナーが立っている。


「これって、食堂なら全員座れるんじゃね?」

「これからドライブする予定だったんだが…」

「どうせただのイタズラなんでしょ?どうでもいいよ。」


口々に不平不満をこぼす中、オーナーは、三つ手を大きく叩き注意を引く。


波が引くように雑踏が静まっていく。


静りかけたところに、壁時計が『ポッポ』と10回鳴いた。

壁時計が止まるのを待つと、オーナーは、声高らかに話し出した。


「今日まで、数々の脅迫文を頂いて来ました。ペンションオーナーとして、脅迫文を頂く事は…」


「最高の名誉であり、チャレンジです。」


何を言ってんだ…このペンションオーナーは・・・

脅迫文をもらうのが名誉とか、ガイジかよ。


あたりもザワザワと騒ぐ。

オーナーは、手を高く上げ、雑踏を制す。


「一点だけ確認します。ツヨさんとカヨさん!」


「お、おう、なんや。俺らあんな馬鹿なもん書かんで。」

ツヨが代表して答える。


「いえ、あなた方二人は、疑っておりません。」

オーナーは、ゆっくり手を胸の高さまで上げると人差し指だけ立て、言った。


「一つだけ質問です。

あなた方が階段を降りた時、階段にこの脅迫文は落ちていなかった。それで宜しいでしょうか?」


「ああ、そないな事か。落ちとらんかったと思うで。手紙サイズの白いもんが茶色の階段に落ちとったら見逃さんやろ。」


「うちも、みとらんとおもうで。」


オーナーはコクンとうなずくと言葉を続けた。


「ありがとうございます。それで、犯人が分かりました。」

周囲はざわめき、驚きを隠せない。


オーナーは淡々と話を続ける。

「今朝の朝食に居たロングコートに帽子を被ったお客様の話です。

彼は、記帳ではジョン・スミスとなっておりましたので、ジョンと呼びましょう。

ジョンさんは、昨日の夜遅くにチェックインされました。

まず、大前提として、ジョンさんが変装しているのは、間違えありません。」


「それはどうして?」

オーナーの話を切ったのは、リッカさんだ。

僕は、なんとなくわかっていたが聞く事が重要だ。


「当ペンションが舞台となったゲームで、全く同じ服装の怪しい男が登場するからです。

それも、今回が初めてではありません。過去にもう二回ジョン・スミスで記帳されたお客様がいましたが、いずれも同じような服装をされておりました。

ロープレと言う奴でしょうか。」


「ここからが肝心です。食堂を出入りしていた従業員の春江に聞きました。

ジョンさんが食堂に居た時間、僅かですが、食堂に宿泊客全員が集まっていた時間がありました。


食堂に来なかった一人を除いて…」


それを聞いて、僕はオジさんの方を向いてしまう。リッカさん、せいちゃんも同様だ。続いて、ツヨカヨもそれに続く。


「変装しえるのは、ただ一人、寝ていた事になっていたのでしたっけ?

中村圭吾さん?」


オーナーが、オジさんの方を向くと、全員の視点がオジさんに集中した。


僕も、オジさんを見ると、表情は引き攣っており、完全に固まっている。


確かに、変装までしてるんだから、ロールプレイ的には、オジさんが書いたと考える気持ちはわかる。


「あ、ああ、ちょっとまて!そ、そう、僕は、ずっと寝ていたんだ。」

オジさんは、自分の立場の不利を悟ったのか、うろたえている。


オーナーは、呆れたようにため息をひとつ付いて、言う。

「それはさっき言ったじゃないですか。

むしろ、寝てた事になっていたから犯人と断定できるわけですが…」


「あなたは、子供を下に降りるよう指示してから、昨晩ジョン・スミスでチェックインしておいた204号に移動した。そこでジョン・スミスに着替えて、階段を下りる際に脅迫文を階段に置いた。


なんなら、204号を見に行きましょうか?あなたのパジャマか何かがまだ204号にあるはずです。」


オジさんは、真っ青になっていた。僕は、ただのロールプレイをここまで晒されてしまった事が、可哀想に思えてきたが、脅迫文込みなら仕方がないかもしれない。


「ちょ、ちょっとまってくれ、確かに変装していたのは、僕だ。それは認めよう。

だが、脅迫文を置いたのは、僕じゃないし、そもそもジョン・スミスだけじゃないだろう?ツヨくんとカヨちゃんが降りてきた後に、脅迫文を置く事が出来た人物は。」


オジさんが自己弁護するよりも、ほかの人が弁護した方が同じことを言うにも説得力がある。僕は、頭を整理すると、立ち上がって、話出した。


「そういう事なら、僕らも犯人の容疑者から外せませんね。拾ったフリして、どっかから出したかもしれません。ツヨさんとカヨさんの二人も、犯人なら置いて、見てないと嘘をつけばいい。


うちら以外の宿泊客3人も、ツヨカヨの二人が降りてきた後で、僕らが階段を上がる前に食堂から消えています。彼らも容疑者から外せませんよ。」


「せやな、わいも可能やし、オーナーと従業員は、廊下と厨房が直接つながっとるし、いつでも犯行は可能やな。」ツヨさんが助け舟を出してくれる。


オーナーは、顔色一つ変えずに、淡々と話す。

「確かに、証拠はありませんが、脅迫文を残す人物は、ジョン・スミスです。

ロールプレイをされたのですから、脅迫文を残した人物も同一である可能性が非常に高い。そうでしょう?」


リッカさんが、目に怒りを溜めている。確かに、オジさんは、脅迫文のような度を越したイタズラはしないと思う。リッカさんも同感なのだろう。


しかし、推理は簡単な物とは言え、的を得ていた。

オーナーは、オジさんのロールプレイを、脅迫文犯人当てのために台無しにしてしまった。


場を終わらせた方がいいと考え、切り上げるために僕は畳み掛けた。


「兎に角、証拠不十分ですよ。どうしても白黒はっきりさせたかったら、警察を呼ぶなりしたらいいんじゃないですか?僕は、いくらでも警察に証言しますよ。それじゃ、失礼します。」


僕に続いて、他の宿泊客も、まばらに証言する旨を宣言し、部屋から出て行く。


座り込んでいるオジさんに、手を差し伸べて言った。

「遅くなったけど、外遊び行こうぜ。オジさん、運転頼む。」


オジさんの目には、力強い光が灯り、僕の手ががっちりと掴むと、僕はオジさんを引っ張り起こした。


オジさんは起き上がると僕の耳に口を寄せて、小声で言った。

「ごだいくん。君は、僕ら以外の宿泊客が3人いると言ったが、何かの間違いだよね?」


その言葉と共に脳に強烈な衝撃が走る。脳裏に浮かんだのは、3人の宿泊客と今朝見た一階の案内板。


案内板は、可愛らしい書体で、『← シングル 101号、102号』書かれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る