第5話 結成、セルリアン・ハンターズ

 さばんなを走るふたつの影。幸いにもセルリアンの一群は秩序だった行動を取っているため、姿を隠すことは容易だった。だが、それは裏を返せば着々と群れを襲う敵の数が増え続けるということだ。

 一刻も早く、発生源となっているセルリアンを叩く。

 リカオンとキンシコウは息が切れても走り続けた。

 森の奥へと侵入し、朝でもまだ仄暗ほのぐらい木々の根本を駆け抜けていく。

 ようやくと明るい場所が見えてきた。遠くで獣道を進む大型セルリアンの姿を視認する。


「どうやら、情報に間違いはないようですね……」


 キンシコウが息を殺し、森の中を進んでいく敵の様子を観察した。


「こっちへ……。風下から洞穴をのぞける場所があります」


 リカオンは音を立てないよう、注意しながらハンターを誘導する。

 森が途切れ、岩場の影に身を置いたふたり。そこから洞窟の奥をうかがい見る。中には一匹のセルリアンが鎮座していた。報告どおりに岩の割れ目から吹き出す未知のエネルギー源を吸い込み、段々と大きくなっている。

 

「あのセルリアン、石は確認できましたか?」


 キンシコウがとなりにいるリカオンへ質問する。問われた方は敵が分裂する瞬間の光景を鮮明に思い返した。


「通常の状態では見えませんでした。でも、ふたつに分離した時、一時的だけど石が露出します。すぐに隠れてしまいますが」

「倒すチャンスはその時だけ、というわけですね。わかりました……」


 得心したようにつぶやき、少し下がって両手に武器を構える。


「伸展、如意金箍棒!」


 キンシコウが気合を念じると手にした棒状の得物が途端に長く伸びた。

 リカオンは最初に会った夜、自分の足元をなぎ払った不思議な技の正体を知った。


「これを全力で撃ち込みます……」


 重量が増加した如意棒を肩口に持ち上げ、射出体制を整える。


「リカオンさん。タイミングを教えください。わたしの位置からでは相手の様子がわかりません」

「え? で、でも……」


それは攻撃の成否を自分に委ねるということだった。突然の重責にリカオンは怖気おじけづく。


「大丈夫ですよ。あなたは、わたしのもっとも信頼するパートナーが認める実力者です……。きっと、うまくいきます」


 やさしい笑顔を浮かべながら相手を励ます。けれど、リカオンの表情はいまだに冴えない。


「この作戦にはヒグマさんやみんなの安全がかかっています。それだけの責任をわたしひとりでは……」


 言いかけた声をキンシコウがさえぎる。


「リカオンさん。ハンターは決してひとりでは戦いません。いつだって仲間と力を合わせるからこそ、強大なセルリアンと渡り合えるのです……。この戦いも同じです。あなたの力をわたしに貸してください。きっと、勝てます」


 戦いは群れで行え。これまで、常にそう心がけるようリーダーから言われてきた。ハンターもまた同様である。フレンズが力を結集して、いかなる敵にも立ち向かう。それがパークという大自然に生きるケモノたちの使命であった。

 リカオンの瞳に野生の火が灯る。倒すべき敵を視界にとらえ、乾坤一擲けんこんいってきの好機を見逃すまいと意識を集中する。

 セルリアンの体が、いまにもはちきれそうなほど膨張してきた。

 次の瞬間、敵の姿が長く伸びて、ふたつに千切れる。サンドスターのきらめきが内側からまぶしく輝いた。


「いまです! キンシコウさん!」


 リカオンが合図を送る。声を契機に槍のようにつがえた武器を持って、キンシコウが走り出す。瞳には揺らめく野生の光が発現していた。


「哈亜亜亜亜亜ッ!」


 大きく足を踏み出して、勢いをつけながら如意棒を投擲とうてきする。解き放たれた攻撃の矢は速度を維持したまま洞穴の中へと飛び込んでいった。衝撃がセルリアンの弱点である、むき出しのサンドスターに襲いかかる。次の瞬間、粉々に砕け散っていく巨大な敵。そのカケラは、まぶしい光となって洞窟内に散らばった。


「やった! うまく行きましたよ!」


 セルリアンの消滅を確認したリカオンが、すぐに立ち上がった。キンシコウの方に視線を動かしながら作戦の成功を告げる。

 だが、目にしたのは力を使い果たして体を横たえているハンターの姿だった。


「キ、キンシコウさん! 大丈夫ですか?」


 慌てて駆け寄り、具合を確かめる。


「大丈夫です……。ごめんなさい、この技はかなり体力を使うので」


 答える声は弱々しい。けれど命に別状があるというわけでもなさそうだった。


「それよりも早くみんなの元へ戻りましょう。ヒグマさんをいつまでもひとりにはしておけません……」


 自身の体調よりも先に仲間の安否を気にかける。いかにもキンシコウらしい考え方だった。


「わかりました。肩に捕まってください。急いで群れに戻りましょう」


 相手の肩口を下から抱え上げ、来た道を引き返していく。こずえの隙間から差し込んでくる陽光がずいぶんと明るくなっていた。

 しばらく進み、ようやく視界のはずれに光を感じる。

 間もなく森を抜けようとしていたそのとき、耳に届いた怪しい物音……。

 突如、視界に飛び込んでくる黒いセルリアン。


「こいつ、どうして? 群れの方に向かったんじゃなかったのか!」 


 不意をつかれてキンシコウもリカオンもまともに動けない。

 次いで、差し込んでくる光の中から濃い灰色の熊手が見えた。


「うおおおおおっ!」


 長い雄たけびとともに強烈な攻撃がセルリアンの背後を直撃する。

 潰され、崩壊する敵の姿。中から現れた最強を誇るハンターの勇姿。


「ヒグマさん!」


 リカオンの声に気がついたヒグマが驚いたように返事をする。


「リカオン? お前たちなのか! 無事なんだな? 怪我は?」


 矢継ぎ早に声をかける。ようやく暗所に目が慣れてきたようだ。そこで見つけた仲間の姿。


「キンシコウ! だ、大丈夫なのか?」


 すぐさま近づいて容態を確かめる。


「平気ですよ。ちょとだけ、張り切りすぎただけです……」


 ヒグマがとっても心配そうな表情を見せている。だからキンシコウは少しだけ無理をして笑顔を浮かべた。


「キンシコウさんが敵の本体を倒してくれました。オーダー、完了です」


 ようやく安心したように、リカオンがヒグマに向かって任務の終了を報告する。


「——そうか。よくやったな、リカオン」


 それでもヒグマは自分の命令を着実に遂行したリカオンに対し、惜しみない賛辞を送った。キンシコウの肩を取り、みずからパートナーの体を支える。


「あの……。どうして、ヒグマさんがここに?」


 本来であれば、リーダーと一緒に群れを守っているはずだ。それがなぜ、森の入り口まで来ているのか理由をたずねる。


「ああ、途中から急にあいつらの統制が取れてない感じがしたんだ。多分、お前たちが本体を倒したからだろうな。これなら群れで戦うオオカミ連盟の敵じゃない。なので一気に逆攻勢をかけていった。さっきのは最後の一匹だよ」

「じゃあ、群れのみんなは……」

「大丈夫だ。誰ひとり犠牲になってはいない。全部、お前のおかげだ、リカオン」


 ヒグマの言葉にリカオンが膝を崩す。両手で顔を覆い、嗚咽おえつをこらえるように下を向いた。それでも、むせび泣く声が静かな森に広がる。


「まったく……。お前はすごく泣き虫だな」


 空いた片腕を伸ばして、リカオンの頭をやさしく撫でた。

 ヒグマは置いた手のひらを彼女が泣き止むまでの間、決して離さなかった。





 ナワバリに帰ると、みなが一行を迎えてくれた。まずはキンシコウを休ませて、体力の回復を待つ。喜びに湧いているオオカミ連盟のメンバー。そこに場違いな鳥系のフレンズが混じっていた。彼女は図書館とハンターたちの交信を取り持つ連絡員である。今回の事件の報告と新たな脅威の出現をヒグマたちに伝えるため、ここへ急行してきたのだ。ヒグマは、キンシコウの回復を待って新たな現場に向かうと告げた。

 出発は、その日のうちだった。日が傾き始めたころ、立ち上がったキンシコウとともに群れのメンバーへ別れの挨拶を交わす。


「お前たちのお陰で助かった。群れを代表して礼を言う……」


 リーダーが神妙な声で頭を下げる。


「これがわたしたちの使命だよ。気にする必要なんて少しもない」

「次にこのちほーを訪れたときは必ず立ち寄ってくれ。みなで歓迎する」

「ありがとう……。またいつか会おう」

 

 再会を約し、別れの握手を交わす。群れの全員が見送る中、新たなちほーを目指し、ハンターはさばんなを旅立っていく。





 オオカミ連盟のナワバリを遠く離れ、辺りには低い草むらとわずかな木々が見える程度。寄り付く他者など、ひとりとして見当たらない。ヒグマとキンシコウは不意に足を止めて周囲を確かめる。


「さっきから、ついてきているやつ。さっさと姿を見せろ」


 ヒグマの辺りをうかがう声に遠くの草むらから大きくて丸いふたつの耳が現れた。立ち上がったリカオンは大急ぎでふたりのそばに駆け寄っていく。


「ど、どうして、わかったんですか……?」


 息を切らせながら自身の失態の原因をたずねた。


「かまをかけてみただけさ。隠れているお前を見つけられるほど、わたしの目は良くない」

「そ、そんな……」

 

 あっさりと釣り出されてしまったことに驚き、落胆する。


「見送りなら、もう十分だ。早く群れに戻れ」


 すがるようなリカオンの視線に対して、ヒグマは冷たく言い放つ。これより先は夢やあこがれだけでは許されない領分なのだ。問われるものは資質、頼りとするのは実力である。それでも若者はまだ見ぬ未来に自分の才能を信じて、強く訴えかけた。


「お願いです! わたしをいっしょに連れて行ってください!」


 情熱を瞳に宿し、みずからハンターに志願する。


「何故?」


 若者のたける想いにヒグマは短く問いかけた。戦う意味とその理由を。


「わたしは、あなたの命令で戦いたいんです!」


 リカオンの答えに、ヒグマは表情を変えないまま言葉を返す。


「戦う理由を他人に委ねるやつが強くなれると思っているのか? そんなことじゃ、あっという間にやられてしまうぞ。わたしは、たくさんのフレンズが目の前でセルリアンに食われる瞬間をこの目で見てきた。だからこそ近くに立つ仲間には強さを求める。自分自身でみずからを守れるだけの強さだ。お前にはその覚悟と才能が本当にあるのか? 許すかどうかは自分が考えろ。それができなければ…………」


 長々としたヒグマの説教にリカオンは下を向いまま黙っている。

 なぜだか、キンシコウは笑いをこらえるように笑顔を浮かべていた。いつものヒグマである。冷たいふりをして、やさしくなれない。そのことを理解しているから、あえて口では何も言わない。ただ、ゆっくりとヒグマの服の袖を引っ張ってあげるだけだ。それで十分だった。


「ま、まあ……。最初はしょうがないか。いつか気がつくものだしな。自分がどうやって強くなったかなんて。いいだろう……。お前の目と足は、いまでも十分、役に立つ。ついてこいよ、できるだけうまく使ってやる」


 結局、ヒグマの方が勝手に折れた。なにより、いまさら他人の振りなどできるわけがない。三人はもう出会ってしまったのだから。


「オーダー! 了解しました!」


 リカオンの声がさばんなに大きく響いた。

 三人の冒険の旅がここから始まる。






                   セルリアン・ハンターズ   完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

セルリアン・ハンターズ ゆきまる @yukimaru1789

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ