第4話 勇者の選択

 激闘の間をすり抜け、まだ暗い森の中に身を踊らせる。

 セルリアンは踏み固められた獣道を利用していた。どうやら先に通った個体の後をにおいで追いかけているようだ。知性を持たぬセルリアンとは思えないほど、よく統一された行動。

 やはり、どこかおかしい。このセルリアンたちは、まるで群れのように動いている。その秘密を明かすべく、さらに獣道を進んでいった。

 木々のこぼれ日がまた強くなってくる。ようやく森を突き抜けて山すそまでたどり着いたようだ。


「あれは?」


 遠くに新たな敵影を認めた。黒い大型のセルリアンが獣道へ吸い込まれるようにやってくる。急いで風下に身を移した。太い木の幹に隠れて無事にやり過ごす。やってきた方角から大体の出現位置は予測できた。やはり山のふもとが怪しい。となれば、注意するべきは岩場に散見するいくつもの洞穴ほらあなである。

 それらはナワバリの中でも不用意に近づかぬよう、つねに厳命されていた。理由は、なぜかセルリアンの潜伏が多く見られたからだ。

 

「どこだ……」


 持てる力のすべてをかけて、敵の居場所を突き止めようと試みる。

 風のにおい、光の加減、漂う空気……。すべてが手がかりである。

 そして見つけた。土の上を何者かが跳ねたような跡。出処でどころをたどった先に、ひときわ大きな洞穴があった。


「あそこだ、間違いない」


 目星をつけて静かに近づいていく。幸いにも周囲には姿を隠すための岩場がいくつもある。相手に悟られないギリギリの距離を保って、洞窟どうくつの奥を探り見る。

 

 …………いた。


 ひときわ大きな巨体をした、なぞのセルリアン。そいつは穴の奥で身を隠すように潜んでいた。

 なぜか?

 秘密を暴くために、さらなる観察を続けた。新たにわかったことがある。セルリアンの後ろは岩の壁となっていたが、ひび割れたような隙間があった。

 何かが、そこから吹き出している。サンドスターではない。もっと暗い灰のような浮遊物。セルリアンは正体不明の物質を吸収して徐々に体を膨らませていく。


「セルリアンが成長している?」


 にわかには信じがたい光景。けれど、さらなる衝撃がリカオンの視界に広がる。

限界まで体を大きくしたセルリアン。その姿がふたつに分裂した。

 まるで単細胞生物の増殖過程である。別れた方は新たな石と目を体内に生み出し、洞穴の外へと向かっていく。これが、なぞのセルリアンの正体であった。黒い大型のセルリアンは山から吹き出す未知のエネルギーを吸収し、自己増殖を繰り返していたのだ。


「このままだと、敵の数は増える一方だ……。なんとしても、あいつを倒さないといけない」


 結論は出た。だけど、どうやってあの敵を倒せばいいのか? それは自分の使命ではない。下された命令は相手の正体を明らかにし、生きて味方に情報を伝えること。ならば、いまは一刻も早く仲間のもとに帰るべきである。リカオンはきびすを返し、ふたたび森の中へと足を踏み込んだ。





「くそっ! 倒すよりも増えるスピードのほうが早い。このままでは……」

 

 目下もっかの状況に最悪の事態を想起する。

 常に数的優位を保って敵を包囲し、戦線を維持する。重要なことは相手を倒すのではなく、自軍に有利な展開を続けること。オオカミ連盟の戦い方は実に手堅く容易に崩れる気配はなかった。

 それでも不安は募る。セルリアンの数は徐々に増えつつあった。理由も目的も不明なままに。受けるプレッシャーが高まるほど、足並みの乱れは目立つようになっていく。戦闘で弾き飛ばされた群れのメンバー。その背後に後方からやってきた黒いセルリアンが襲いかかろうとする。


「キンシコウ! フォローを!」


 危険を察知したヒグマが近くにいるはずの味方に声をかけようとする。だが、もうひとりのハンターは、いつの間にか互いの距離が届かない場所で戦い続けていた。


「しかたがない。ここを頼む!」


 ともに前線を守るオオカミ連盟の戦闘要員。彼女たちに後事を託して急遽、戦場を駆け抜けていく。倒れた仲間のもとへ急ぐが、タイミング的には少し間に合いそうもない。


(ダメか……)


 悲劇を予見したそのとき、セルリアンの後背からさらなる人影が躍り出た。


「やああああ!」


 伸ばした爪をセルリアンの表面に思い切り叩きつける。攻撃は相手に深手を負わせるほどではなかった。しかし、標的の注意を引きつけることには成功した。それで十分。意識がそれたセルリアンの石に今度はヒグマの強力な一撃が炸裂する。即座に黒いセルリアンの体は崩壊した。分解されたサンドスターが周囲に散らばる。


「リカオン、よく戻った! 何か、わかったのか?」


 目を合わせたのもそこそこに偵察の結果をせかす。

 同時に助けたフレンズの肩を抱き上げ、離脱の用意を整えていった。


「ヒグマさん、いまは戦ってはダメです。とにかく一旦、引いてください……」


 反対側の肩に手を入れ、救出に加勢する。


「理由は?」

「いくら倒しても無駄です。このセルリアンは永遠に増え続けます」


 指揮官の問いかけに短く答える。細かい部分は後で詳細に説明すればいい。

 いまはともかく判断を下すための最大の要因を知らせるだけだ。


「…………わかった、お前たちのリーダーにも伝えよう。こっちを頼む」


 そう言ってリカオンに救助者を委ねた。急ぎ戦線へと戻り、リーダーに一時的な撤退と戦力の再編成をうながす。当初は後退に拒否感を示していた群れのリーダーも、このままでは被害者が出るというヒグマの忠告を受け、すぐに戦闘の中止を決断した。ヒグマとキンシコウが殿しんがりを受け持ち、取り急ぎ撤退を開始する。追いすがるセルリアンをどうにか振り切って、仮の安全地帯まで群れを移動させた。





 太陽が完全に姿を現した頃。ナワバリにある水飲み場付近で群れのメンバーは今後の作戦展開をどうするか協議していた。問題はリカオンが持ち帰ってきた、敵の正体である。


「そんな話をすぐに信じろというのか?」


 リーダーは厳しい声で自分の考えを口にした。リカオン本人というより、あまりにも突飛な報告なので安易には受け入れられないという判断だろう。


「詳細を聞く限り、そのセルリアンはあまりに危険だ。放ってはおけない……」


 ヒグマのハンターとしての意見は断固、討伐である。何よりパークの平和と安全を守るのが彼女の役割なのだ。


「なぜ、そこまで信じる! ただの勘違いかもしれないだろう」


 リーダーの声にリカオンがまた頭を下げた。わかっている。彼女は自分たちの群れを守るという使命のため、決して軽はずみな結論を良しとしない。どこまでも慎重で、誰よりも切実に役割を果たそうとしているのだ。それが群れの長となった者の責任である。


「命令を下した者が、命令を実行したやつの報告を信じないでどうする? それでは戦えない」


 ふたりの意見は決して交わらない。これは日常に生きるものと、非常に身を置き続ける存在の違いなのだ。


「リカオンの報告とセルリアンの動きには納得できる部分がある。これまで姿を見せずにフレンズを襲っていたのは増殖するペースが遅かったからだ。だからこそ、少数で不意をつくしか無かった。ところが、さっきの火山の爆発で一気に数を増やすことができるようになった。だったら、数を頼りに群れすべてを襲ったほうが早い……。という感じだな。このままでは、とんでもない数のセルリアンが発生する。それはパーク全体の危機だ。到底、看過できない」


 ヒグマの推察にリーダーはおろか、群れの誰からも異論は出ない。事態は切迫している。もはや自分たちだけの問題では済まなかった。


「では、お前はわれわれに一体、どうしろと言うのだ?」


 リーダーがヒグマに問う。答えはすでに用意されていた。

 

「いますぐ、ここを離れて図書館に避難してくれ。わたしたちハンターが問題のセルリアンを倒す。そうすれば、このナワバリも平和に戻る。しばらくの辛抱だ」


 ナワバリを一時的とはいえ捨てる。いや、帰ってこれるという保証はどこにもない。セルリアンという存在がある限り、パークはフレンズにとって永遠の楽園ではないのだ。


「リーダー! セルリアンがこちらに向かってきている! あいつら、わたしたちに気がついたんだ!」


 悲鳴にも似た声が遠くから聞こえる。見張りをしていた者からの報告だ。

 群れ全体が浮足立つようにざわつき始める。ここに至って全員で避難するというヒグマの提案は実現が困難となってしまった。


「悲しいがこれが現実だ。お前たちは勇んで敵を倒すというが、やつらの最初の犠牲者となるのはわれわれだよ……。それでもハンターとして、お前はわたしたちを救ってみせると言うのか?」


 群れの長の問いかけにヒグマは黙っていた。だが、視線だけは決して外さない。

 瞳に闘志を宿し、ふたたびリカオンに呼びかける。


「リカオン、問題のセルリアンは動かないんだな?」


 重要な点が、そこであることを暗にさとす。

 意を汲んでリカオンはさらに踏み込んだ見解を披露した。


「なぜ、そうなるのかは理解できません。ただ、あの洞穴の奥にいない限り、セルリアンは仲間を増やせない。これは間違いないです」


 みずからが目にした事実をもとに仮説を立てて状況を伝える。

 情報を活かすも殺すも、すべては指揮官の才覚次第であるのだ。


「——わかった。キンシコウ、お前が行って問題のセルリアンを倒してくれ。動かない標的が相手なら絶対にトドメを刺せるはずだ。リカオン、キンシコウの案内を頼む。お前の目が必ず、役に立つだろう……」

「ヒグマさんは?」


 リカオンが思わず訊き返した。キンシコウは答えを悟ったように黙ったままでいる。


「わたしはここでみんなを守る。何より現場へ駆けつけるにしても、わたしの足ではお前たちに追いつけそうもない。だったら、セルリアン相手に大暴れしたほうが少しは役に立つさ。手伝ってくれるか、リーダー?」

 

 いたずらっぽく声をかけると、相手は表情を変えずに冷たく答えた。


「わたしは何があろうと群れの仲間を守る。たとえ、お前が危機にさらされてもだ……。それでもいいのか?」


 覚悟を求める群れの長に対して、大胆不敵に武器を構える。瞳には野生の輝きが宿っていた。これこそ人の身を持つフレンズが、ケモノとしての能力をあらわにした形態、『野生開放』である。ヒグマの気合を受けて、リーダーの両目にも野獣の本性が蘇る。



 いよいよ群れの中が騒がしくなってきた。

 そこかしこからセルリアンの気配を感じているからだろう。

 突然、木々の後ろから一匹のセルリアンが姿を現した。逃げ出そうとするフレンズたちを追いかけ、近づいてくる。群れから複数の人影が飛び出した。敵に対して臆する素振りも見せず、ヒグマとリーダーは手にした武器と研ぎ澄まされた爪で弱点の石を叩く。一瞬ののち、黒いセルリアンは光とともに四散した。


「いけ、ふたりとも! お前たちが帰ってくる場所は絶対に守る!」


 リカオンにはもうわかっていた。ヒグマは群れを守るために戦わない自分の代わりをしてくれているのだと……。そのために、みずからを危険にさらすことさえいとわず、死地におもむこうとしているのだ。


「——行きましょう、リカオンさん。ヒグマさんは大丈夫です」


 リカオンの腕を取って、キンシコウが出発をうながす。その手がわずかに震えていた。相手のことを信じている。だけど、誰よりも心配している。信頼と葛藤の間で思いは揺れているのだ。

 だから、リカオンは駆け出した。少しでも早く、この人たちを安心させるために。群れにいる、すべてのフレンズを守るために。





                               つづく

 


 

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