第23話 入学までの道のり⑤ 干支会議編(中)
「さて、今回の議論は国防軍の大規模改革による国家の対応、システムの変化についてだ。軍人もここには四人いる。それに、各々で詳しいことは調べているのだろう?」
戦皇の質問に真っ先に答えたのは綿草だった。
「まあそれは普通でしょ。いきなり国の組織が改革なんて、不自然だ。うちの魔法士もハッカーもフル動員さ。まあ答えは意外、というか予想すら不可能な粋だったけど」
「ほう、綿草、お前のところでも予想はできなかったか。こっちも同じだ」
それに答えたのは五島だった。五島家は魔法庁の重役(副大臣だが、大臣の亜里沙が仕事をしないので、実質のトップ)なので、情報を手に入れるくらいなんてこと無い。魔法庁は現在社会でそれだけの力を持っている。
「まあ~予想できたやつがいたなら、それはそうとうな吸血鬼信者だろうな。まさか、伝説上最強の第十三始祖の登場とはね」
「ははは……、本当にご迷惑をかけます」
零機は乾ききった声でそういって九雲の言ったことに頷いた。この会議の発端は零機にあるといっても過言ではない。そのことを、二ノ宮美香がよく思うはずも無い。
「全く、無能のせいでここまで呼び出されるとはね」
「伯母様、申し訳ありません。ですが、自分の問題だけではありませんよね、それに、伯母様が来るという事は少なからず、この会議に意味を感じていらっしゃるのでしょう。それがいい方向か悪い方向かは自分には全くわかりませんが」
零機の皮肉交じりの謝罪で美香は黙り込む。その顔には難色が浮かんでいる。零機はこの場では対等な立場として呼び出されている。だからこその行動だ。だが、後が怖いと零機は少し後悔していた。二宮家は力が強いといっても十士族を無視できるほどではない。そのため、まだ地盤を固めるためにもこの会議の決定は重要になってくる。ここは日本の魔法士の裏社会のトップなのだから。
「さて、脱線したな。戻すぞ。今国家の体制は新しい兆しに乗る、改革派とこのままの体勢の維持を望む保守派の魔法士で分かれている。ここでは各組織の代表がいるからな。公の場で話せないことを話そうじゃないか」
戦皇が唇を吊り上げた。それを合図に各々の抗議による戦いが始まる。
「まず、保守派と改革派の勢力図を教えていただきたいわ」
三嶋蘭が戦皇に話を持ちかける。だが、これは皆が知りたいものなので、特に異論はあがらない。
「改革派は国防軍全体と防衛省、警視庁だな。保守派は東雲と魔法庁だ。この二つに分類された組織は国のものだ」
「我々十士族は抜かれていると。まあ東雲家が国のものというわけではありませんが、まあそういっても過言ではありませんね。国のトップですから」
蘭がそれに答えを返す。この図面を見る限り同等レベルの勢力差だろう。
「二ノ宮は保守派ね。まあ正直どっちでもいいのだけど」
美香がどうでもよさそうにに答える。
「九雲は改革派やな。そっちのほうが家は都合がいい」
鹿丸が答えた。それにあわせ十士族の名を持つものが続々と語っていく。
「一之瀬は保守派です。改革に乗る理由も無いので。軍内の改革は済んでいますから」
「三嶋は改革でいいかな。そっちのほうがおもしろそうだもの」
「同感。七夕も改革だ。警視庁もそっちの方針だからな」
「六条は保守派で。まあ家としてもあまり関係ないことですが」
「五島はもちろん保守派だ。魔法庁の意向でもある」
「十色は改革派ですかね。少し現代制度も腐敗し始めてますし」
「四野家としては改革でお願いします。一応警視庁のものですので」
「八文字は改革だ。軍との関係を崩したくないんでな」
十士族の言い分が出た。もちろん党首のもの発言は有力だが、そのほかのものも家の命運を任せられるほどの実力者だ。零機も一応名家なのでここで答える必要がある。
「桐谷次期党首としては改革を望みますね。それに、もう改革側に身を置いていますので」
零機の発言は尤もだったが、もっとどうでもよさげな回答を返した者が一人。
「私は東雲家の一応代表だけど正直どうでもいいかな。お父様の考えはそれはそれだし。ただ、魔法士の差別化が少しでも緩むなら改革派で」
改革派の軍は魔法士の規制を引いた。それは魔法士の無駄な犠牲者を増やさないためだ。そのため、軍を退いたものには全員に就職先が用意されている。それは決して悪い職場ではない。警視庁内でも魔法課は孤立させられている節がある。警視庁は魔法士以外のものも当然所属している。現代社会は魔法についてのイメージはあまり民間人からしたらいいものではない。魔法が中心的な社会だからだ。それも四年前の転生の天撃でひっくり返ったが、魔法士とじかに接触する民間人からその意識は消えていない。警視庁内ではそれも問題になっているのでいい機会というわけだ。防衛省、自衛隊は今のところ軍と同じくらいに仕事が多い。それを分散させるためにもここで改革を投じる必要がある。
だが、保守派の人間は正直言ってこの改革に興味が無い。だが、自分に被害が当たらないための保険だ。その保守派の一番の勢力の東雲の代表の台詞だとは思えないが、亜里沙らしいとも言える発言だった。彼女が魔法士と一般人の差別の撤廃を望むのは零機が原因でもある。ほぼ一般人の身で魔法士にされた零機は一般人からはやはり差別の標的、その事情を知る魔法士からもよくは思われない。彼女はそういったことが嫌いだ。だから改革を望むのだろう。
「改革派が多いな。まあそれはそれでいいことだが。私の立場を気にしないで言うなら私も改革を望んでいる。今の魔法士のシステムは燃費が悪いし魔法士を使い潰す面が多かった。魔法士は国のトップが言うのがどうかとも思うが、貴重な資源だ。それを容易に捨てられるほど、四年前よりわが国の魔法士は充実していない」
「では改革で決定ということね。なら、改革に乗った家と組織が協力してね。二宮に特に協力する気はないわ」
「おい、それはないだろうよ美香さん。国の方針だぜ?」
「あら、七夕君、私はいつあなたに下の名前を呼んでいいっていったの?、正直腹立つわね。あなたの家は協力すればいいじゃない。二宮はメリットの無いことをするほどお人よしじゃないわ」
「はっ、『幻想の魔女』様は薄情者だな!」
「その喧嘩勝ってあげるわ!」
浩太が自分の手に持つMMGを持つ。警視庁指定の拳銃型特注MMGだ。そこから彼の得意魔法、爆裂魔法が作動する。それを美香が携帯端末型汎用MMGで、古式魔法をそのまま発展させた異例の現代魔法の幻想魔法を使い、消し去る。彼女だけが使えるこの魔法は彼女がイメージし、それを現実だと思い込んだものを事象を強力に改変し生み出す。今はオーロラのようなカーテンに近いものを生み出し、防いだ。彼女の魔法は、己だけでなく、かける対象にも作用する。だが、それは相手が望んだものではない。相手にとって最も嫌なもの、過去を映し出す。それに耐え切れず、それを自分の現実だと無意識的に認識した時点で、それは生み出される。彼女の魔法がもし、都市を覆ったら、まさしく都市は精神的のも壊れてしまうだろう。
そんな彼女の魔法を浩太は危ない笑みを浮かべながら対峙している。皆で囲んでいた円卓からは、もう誰も残っていない。全員離れていった。そのなかでも、軍の大将の三人は戦皇を守るように立っている。蘭は自分の得意な防御系魔法で自分を守りながら楽しそうに見ている。鹿丸はもうすでに白魔術のひとつ、事象に干渉し自分の痕跡を残さず居場所を変える魔法ですでにこの部屋から出ている。五島も、亜里沙を庇いながらささっと出て行ってしまった。彼の魔法は亜音速とまで言われる加速魔法だ。それを自分だけでなく、物でも人にでも使える。亜里沙にも魔法を掛けることで二人で逃げたのだろう。どうせ戻ってくるだろうが。亜里沙も去り際に「また後でね零機」とわざわざ耳打ちしていたし。他のものは自分に被害が広がらないようにして後は傍観者状態だ。このままでは収束が付かない。なにより、零機は周りのものから目で『新人、お前が何とかしろ』といわれていた。
(いやいや、年長者がやれよ)
と零機は思うが、同い年の亜里沙は東雲家の人間だ。いくら十士族でもそんなことは言えない。零機は目線で『わかりましたよ……』と返し、会議室を破壊し続ける二人の間に入ろうとする。だが、
「来るな!」
「来ないで!」
当の二人は本気で殺しあっている。近づくのも困難な状況だ。仕方なく、零機はフロストを抜き、血をたらし、呪詛を開放する。左手に持ち、右にはホールウェイズを持つ。
二年前まで、MMGの同時併用はできない、というのが常識だった。だが、X(未知を開拓する存在としてこの名前になった)のマルチダブルキャストシステムの確立でMMGの二重併用は事実的可能になった。今まで、二機のMMGを使うと、お互いの魔法が作用し合い、魔法が発動しない、魔法失敗によるアクシデントの危険性からその行為は禁止されてきた。正確には禁止ではないが、魔法士界のルールのようになっていた。それを、Xはマルチキャストという魔法の連続使用のシステムを利用して、そのマルチキャストをするためのMMGのソフトを意図的にバグらせた。マルチキャストは、魔法を停止し魔法を掛けなおすのではなく、魔法を上書きするシステムだ。上書きされ残った魔法は発動はしないが、消えたことにはならない。Xはその残った魔法をもうひとつのMMGに添付するソフトを書き最初のMMGからは上書きした魔法を、もうひとつにから上書きされた魔法が発動するシステムを作った。それによって生じる魔法発動のスピードの差を、キャンセルキャスト、魔法を途中で中断(残すわけじゃなく、途中で放棄し霧散させる)する技術をMMG間の添付作業に足すことで、マルチキャストによる残った魔法(上書きしたほうの)がキャンセルキャストで消され、移動先のMMGで同時展開されるので、僅かな差はあっても、ほとんど同じスピードによるマルチダブルキャストシステムが確立された。当初はぎこちないものだったが、今はソフトもハードも改良され、違和感の無い魔法行使が行えるようになった。だが、ふたつのMMGを使うということは、そのどちらの魔法を平行使用するため、単一のMMGの発動のほうが早い。そういったこともあってふたつのMMGを使わない魔法士も多い。正確には使えない魔法士もいる。美香はひとつのMMGで、七夕浩太はふたつのMMGを使ってお互い対峙していた。零機は軍服の内側から呪符を取り出し、二人に二枚ずつ投げる。ひとつは呪縛、もうひとつは、
「呪解の呪符……!」
零機は瞬時に呪縛を作用し、一度二人の動きを止めた。だが、国家戦闘級魔法士がそんな小細工に負けるはずが無い。呪符は魔法の一種だ。そのため、対抗魔法(魔法を跳ね返す)が通じる。二人は各々でマルチキャストをし、対抗魔法、攻撃魔法を演算していく。だが、マルチキャストの弱点は、一度流れを断ち切られると再構築をしないといけない点にある。零機は対抗魔法が発動される寸前で呪解の符を使ったので、対抗魔法が発動されず、マルチキャストが失敗する。零機はそれのタイミングを逃さずせまり、キャストジャミング(魔法発動に邪魔な心素粒子を波にして飛ばす)をホールウェイズで発動し、魔法を封殺、呪詛の開放が終わったフロストが二人の近くに中級悪魔を召喚する。
「参ったな。体術でも負ける気はしないが、この悪魔を敵に回すのはここじゃ無理だ」
「私はここを吹き飛ばしていいならこのくらい塵に過ぎないけど、さすがに国のものを壊すのには反対ね」
二人は嫌そうに手を挙げる。今も昔も変わらない抵抗の意志がないことをしめすポーズだ。だが、零機は油断しない。
「いえ、七夕さんならナイフで油断した俺を殺せるでしょ。伯母様も、古式魔法のほうを使えばいいのですから。下手に抵抗されると病院送りですよ」
「は~、抜かりねえな」
七夕は袖に隠していたナイフを落とす。だが、美香には危ない笑みが浮かんでいた。
「あなたみたいな実験体に私を病院送り?いいジョークね。やってみなさいよ」
美香の回りにフェニックスのような鳥が三匹浮かび、一頭が零機の肩をつかみ上げ、窓をぶち破り飛んでいく。美香も二体のフェニックスと一緒に飛行魔法で近寄ってくる。MMGは使っていない。
「中が駄目なら外でやりましょうっていうんですか。伯母様、節度を持ったほうがいいのでは?」
「私ね、あなたの第十三始祖の力に興味があるの。見せてもらうためにも、半殺しくらいにしてあげるわ」
空中で二人の魔法士による戦いが始まった。零機は思う。俺はただ平穏に暮らしたいのに、と。それが叶う状態ではないのだが。
ブラッド・オブ・プリンセス STORY0 澄ヶ峰空 @tsuchidaaozora
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