エピソード0.1 新宿区天使防衛作戦のその後

第9話 新宿区天使防衛作戦、その後

  零機が起きたのも新宿区天使防衛作戦の一週間後だった。

新宿に天使の襲撃があったあの日から一週間が経った。新宿の街には日本帝国軍の活躍で特に被害はなく、もう今まで通りの生活が市民に帰り始めていた。だが、それはに被害がないだけで、他のことは別だった。日本軍新宿分隊は壊滅的な状況だった。軍人の消費もそうだが、蝿ノ天獣フリーゲの消化液により、軍の基地に甚大な被害が出た。


「ん、夕方?僕は何時間ねてたんだ?」

「時間で言ったら168時間よ、全く……」


 零機が軍の病院に自分がいると気づいたのは美輪がいる方向を見たからだ。


「え?……」

「あなたは一週間ずっとぐっすりだったのよ。もう、どんだけ、心配させてんのよ……」


 美輪は目に手をあて、鼻を啜った。どうやら涙が出そうに出そうになったようだ。


「そう、か。僕はそんなにここで寝ていたのか。なあ、美輪、いや、愛理。君はなんでここにいるんだ?」

「な、なんで今、私の名前言い直したのよ?」

「いやだったか?」

「ううん、そういうんじゃないから」


 零機は愛理がここにいる理由を聞いたつもりだったのだが、どうやら愛理にはこっちのほうが重要らしい。


「なんで?」

「ん~、いやさ、お前ら、僕のいた戦地に出てきただろう。あれ、下手したらお前らは死んでたぞ。今更それをどうこう言っても仕方ないからさ。それに、燐火の秘密を知っちゃた時点で、もう普通の高校生は送れない。お前らは第二世代だろ?なら軍に入隊させるかもだろ。だから、今から名前で呼ぼうと思う、いつ死ぬかなんて、わからないしな」


 零機は自分の推測を含めて理由を話し、最後に苦しそうな顔をした。零機の脳裏にあるのは新宿で一緒に戦い散った軍人たちだ。零機には、自分がもう少し、あと一匹でも仕留めればあの軍人は死ななかったのではないかという考えかだ。これは、零機のいい癖でもあり悪い癖でもある。毎回の作戦で死者が出るたび、零機はこうやって考えてしまう。それは、彼の幼い頃の事件も関係している。


「そうね、あなたは、あれを十三歳の頃から何年も……」

「なんだ、寝てる間に調べたんだ、僕の過去」

「いや、だったかしら?」

「いいよ、別に。軍の情報部に言えば見せてもらえるもんだし。まあ本人の了承が必要だったと思うんだけど、なんで見れたの?」

「それは―」

「俺たちがここの名誉客人扱いされているからだ」


 愛理の声を遮ったのは病室に来た柿沼錬太郎だった。


「なるほどな。だから、軍の重病人しか入らない個別病棟にいる訳か。でも、なんで僕はここにいる?って言わなくても君らが軍に報告したらまあそうなるよね」


 零機の居る個別病棟とは隔離病棟とは少し違う。本当の意味での個別で、群の敷地内ではあるが、その周辺にはなにもない。ここは塔のようになっていて、危険なウィルスを持った者などだけが入れられる場所だ。


「ああ、本当に悪いな桐谷、いや、今の聞いてたら零機って呼んだほうがいいよな。あの時は皆パニックになってて全部話しちゃったんだ」

「いいんだよ、萩原、じゃなくて響矢。そっちのほうがいい。まあどうせ尋問と拷問は受けないとだけど。柊、麻衣も入って来いよ。燐火にも居て欲しいけど今は質問漬けにされてるだろうし。少し説明したいことと、聞きたいことがある」


 零機の呼んた麻衣は病室のドアに立っていて中の様子を伺っているようだった。


「あの、零機君、大丈夫?」

「うん、心配しなくていい。魔力の枯渇で寝てただけだろうし。それに、こうまで綺麗に治ってるとね」


 零機は麻衣に答えながら一瞬自分の切られたほうの腕を見る。そこには、切られたなんて誰も信じないようなくらい綺麗に治った腕が付いていた。


「そうだな、なにから説明しようかな。んー、じゃあ僕の過去の経歴をどれだけ深いところまで読んだのかな?」


 愛理が持ってきていた書類を取り出す。


「えっと、2500年生誕、桐谷零機と命名。桐谷家の次期党首候補として育てられ、十一歳には次期党首に決定した逸材。その後も十二歳で三ヶ月で異例の軍学校主席卒業。軍に入隊し、魔族殺しの桐谷家の名に恥じない功績を残し、十五歳にて少佐に昇格。現在は、天使殲滅第一主力部隊『叛逆の翼』の指揮官になる」

「逸材に魔族殺しの桐谷、ね。そんなことないんだけどな。まあ次も読んでくれ」


 どうやら愛理以外の三人はこれに目を通していないようだ。


「ここまでが軍の功績であり、ここからは追記である。桐谷零機は、九歳のとき、大規模な魔族絡みの事件に巻き込まれている。当時、戦力の低くなっていた桐谷家の領地に吸血鬼ヴァンパイアが十五体侵入、大量虐殺をする。被害者は四十二名、桐谷家本家の生き残りは現党首桐谷竜輝りゅうき、妻の桐谷佐奈さな、桐谷零機、妹の桐谷葵あおいの四人。その他分家にして従者一族の杵島家、佐賀家、香華家、青木家の四家が二十名ずつ弱生き残る。それから、桐谷家は没落名家として扱われている。当時の桐谷零機は自ら三体の吸血鬼を葬った。目撃者の発言では、桐谷葵の首元に噛み付いた吸血鬼が凍り、動かなくなって死んだ、という手のものがいくつも挙がった。以上が軍が知っている桐谷零機の過去である。日本帝国軍現上級大佐、 大木大和おおきやまと


 愛理の読み上げた文章を、錬太郎は壁にもたれて考え、響矢と麻衣は途中でよくわからなくなったらしい。


「ねえ、零機。あなたが、あの時、極端に吸血鬼になるのを嫌がったのはこれが理由?」

「そうだよ。まあ、僕もなんで吸血鬼になったのかは、というより、吸血鬼の血を、力を手に入れたかはあんま覚えてないんだけどさ」

「それにさー、零機君はなんで私たちが第二世代だってわかったの?この前は守護精霊の隠し方が甘い、みたいなこと言ってたけど」

「君たちも魔力のあるものには精霊や悪魔が見えるって言うのは知ってるよね。でも、それは中級以上の悪魔や精霊だ。そのレベルの悪魔や精霊はあんまりこの辺をうろうろしてない。だけど、僕は見えるんだよ。下級の悪魔や精霊が。まあそれが唯一の才能かもね」

「だから俺たちのやつがわかったのか。俺は他のやつの精霊なんて全然気づかなかった」


 響矢は納得がいったようだ。他の二人も同じように納得したようだ。そこで、今まで黙って考えていた錬太郎が顔を上げ、零機を見上げて唐突に言った。


「先日、俺たちと軍上層部のものに皇女、綺羅姫燐火が新人類の第三世代の人間だと聞かされた」

「ちょっと錬太郎、あなたなんでそれをここで?!」

「そうか、だから彼女の血を飲んだとき体が焼けるような感覚を感じたのか。続けてくれ」

「綺羅姫燐火の第三世代だけの持つ固有能力、それは、呪われた炎の血らしい。なんでも、血液が流れるとそれが燃える超高温の熱い炎になるらしい。その血液の中には、綺羅姫燐火とは別の生命体が生きている。その血に触れた医者や魔族は即死だったそうだ。血を飲ませた奴隷の吸血鬼も例外じゃない。だがお前は生きている。俺はこのことに少し頭を捻らせていたんだが、今の愛理の話を聞いて別で思ったことがある。綺羅姫燐火が第三世代能力転生者、紅の業火といわれた、呪われた血のブラッド・オブプリンセスに対し、その能力は炎が氷のように変わったものだとしたら、桐谷家は魔族殺しの第一世代の家系で魔力は祖先に大きく影響される。それはたまに能力転生という事象を起こす。俺の仮説が正しいなら―」


 そこで錬太郎は前を向き、真っ直ぐに零機の瞳を見て言った。


「お前の妹、桐谷葵は第三世代、氷の災厄とまで言われた存在、呪われた血の女王ブラット・オブ・クイーンの転生能力者じゃないのか?」



 

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