第8話 何に見えますか?

 零機は握り直した刀でを相手にまっすぐに構えていた。魔銃をホルスターに戻したのは、魔力がもう限界に近かったからである。魔力を素に撃つ魔銃は魔力の消費が激しいのだ。


「はあ、僕本当についてないな。まさか、天使エンジェルじゃなくて、亜天使アークエンジェルかよ……」


 亜天使、天使の変異個体で、天使を上回る戦闘力を持っている。背に四本の羽があり、それ以外は点でバラバラの特徴を持つ天使だ。そもそも、なぜこの生物が天使と呼ばれるかというと、背中に二本の羽が生えているからだ。

 この亜天使は召喚使タイプの天使のようで、かなり厄介な存在だ。召喚使とは、天獣の素になっている天核タッグケアンを使い、天獣を生み出す存在だ。そのルーツはまだ謎が多く、解明が急がれている。

 亜天使の召喚使でも、大蝿ノ天獣フリーゲマザーと大犬ノ天獣ハウンドキングの二体を一気に呼び出すのは無理がある。大蝿ノ天獣とは、蝿ノ天獣フリーゲを体内で作り出すといわれる天獣だ。蝿ノ天獣の指揮権は大蝿ノ天獣にあり、その母体の戦闘能力によって固体の強さは変わってくる。今回の大蝿ノ天獣はそこまで戦闘力が高くないようだ。大犬ノ天獣とは、犬ノ天獣ハウンドを従える存在だ。大犬ノ天獣が出現すると、その天獣の強さのぶんだけ部下の犬ノ天獣は出現するといわれている。そのルーツも、今はまだ解明されていない。

 この二体が両方そろうというのは基本的にない。お互いに共食いをするからだ。だが、それがないところを見ると、この亜天使が完璧に制御しているということだ。それに、


「確か東雲協議審問会が捕まえたって天使も召喚使だったしな。これは、あいつらが黒幕みたいだ。軍の領地に放り出して軍に責任をなすりつけるつもりか」


 東雲派はまだこのことを明らかにしておらず、軍の失態で説明がつく。それに、この情報も軍の情報部が裏ルートで手に入れたものだから仕方ない。


「汝、よ。そなたが我の下僕を駆逐してくれたようだな。その強さ、とあるならば感服に値する」


 中性的な外見を持つ亜天使が零機に話しかける。天使は人間の言語がわからないもののほうが多いので、天使が人間に声をかけるのは珍しいことだ。


「ならここは引いてくれないかな?そうしたらこちらとしても有難いんだけど」

「それは無理な用件だな人間よ。そなたらも知っているであろう、この下僕どもは同族が殺されると非常に攻撃的になってしまってな。だから―」


 そこで天使はまたの再戦を言い渡す。


「ここで死ね、人間ども!」


 その声を受けて二体の天獣が攻撃を始める。同時に零機も叫ぶ。


「この新宿区防衛作戦に参加している全軍人に、少佐権限で命じる。死んでもこの防衛ラインは死守する!仮装バリケードをフル出力で展開、残りの隊員は魔砲を用意し、合図まで待て。展開が終わるまでは僕が足止めする。作戦開始!」

「「「おう!」」」


 新宿区の軍人には戦闘経験こそないが十分士気は高い。だからこその指示だ。零機は二体の天獣を見据え、刀に呪術をかけるのと同時に、桐谷家が生み出した技術、呪符を取り出す。呪符とは、呪術が練られている札のことだ。札に呪いが掛けられていて、いくつもの種類がある。


「第参呪符、『呪縛』!」


 呪縛の呪いが掛けられた札を四枚、高速で軍の防衛線に向かう大犬ノ天獣の四肢に向けて投げる。そうすると、地面に刺さった呪府が呪詛となり、大犬ノ天獣の足に絡み付いていく。天獣の動きが完璧に止まった。そこで大犬ノ天獣が牙を地面に突き刺す。


「今用意できたものだけでいい、撃て!」


 既に用意された魔砲が何発も大犬ノ天獣の体を穿つ。大犬ノ天獣の十メートルあろうかという巨体が大きく揺らぐ。呪府の効果がなくなる。


「風魔の悪魔よ、我にその力を貸せ、風斬檄ウィンドレイド!」


 悪魔の力を使った風の斬檄が大犬ノ天獣の体を切り裂く。だが、大犬ノ天獣はまだ死なない。それはまるで、同族のために死ぬわけにはいかない、とでも言う様な決死の覚悟だった。


「攻撃中止!捕縛する、第参呪符、『呪縛』、呪詛刻印!」


 呪術を操る呪術師には、呪符との間にパスが通っていて思いのままに操ることができる。零機は呪符から展開された呪詛を大犬ノ天獣に刻み、完全に意識を落とさせる。呪術だからできる方法だ。呪術も魔法として、魔法士のなかで呪術師が生まれ始めている。


「おい、負傷者はいるか?」


 今の攻撃は一見完璧に見えた。だが、最後に突き刺した牙にある犬ノ天獣の特性、寄生が仮装バリケードを張り終わり、本部に戻ろうとする軍人たちに掛かり、軍人たちがうめき声を上げながら死んでいく。


「はやくれ!」


 牧野軍曹長が必死に声を張り上げるが、寄生された軍人は暴れだし、内部にいる軍人を撃ち殺し始める。それを他の軍人が涙を浮かべながら常備している日本刀で殺す。内臓が破裂し、血を噴出しながら死んでいく。それは、吐き気が止まらなくなるような光景だった。


「前を向け、死んだ同志のためにも!」


 その声を受け、精神力の強いものは前を見る。既に憔悴しきった軍人もなんとか立ち上がる。そのくらいに、死んだ同志の存在は大きかった。


「くそっ……!」


 零機は跳躍魔法を使って高く飛び、既に何体かの蝿ノ天獣を生み出している大蝿ノ天獣を向かって進む。進路にいる天獣を切りながら足場にして進む。


「ほう、汝人間どもよ、やるじゃないか。なら、これでどうだ?」


 亜天使がそういった瞬間、蝿ノ天獣が下に居る軍人たちに液体を振り撒く。それは強烈な消化液だった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「だ、誰か、あああぁぁぁぁぁぁ!」


 各地で軍人が消化液を浴びて負傷していく。軍の特殊装備軍服を着ていないものはいないが、それでも死者はでる。浴びたもののほとんどは重度の火傷を負ったように皮膚が解けていった。


「くっそぉぉぉぉぉ!」


 零機は軍服を着ていない、高校の制服のままだ。その皮膚を消化液が掠る。制服は解け、重度の火傷を負ったような傷がいくつもできる。だが、零機は気にせず蝿ノ天獣を殺しながら突き進む。


「ほう、これでも死なないか。さて、なら行け!」


 亜天使の号令で一気に蝿ノ天獣の標的が零機に代わる。


「悪魔よ、頼む、力を全部寄越せ!」


 零機は消化液で傷ずついた箇所からでる血を刀に染み込ませ、呪詛を強くする。そうすると、さっきまで逃げ帰っていた悪魔たちが刀に集まり、刀が鈍く光る。零機の体にも悪魔の侵食は行われ、悪魔が零機の体の半分に宿る。


「ぐっ、切り裂け、魔神斬ゴットブレイク!」


 零機の全開の魔力をまともに受けて天獣は全員落ちていく。零機はもともと魔力の多いほうではない。これが本当の意味での魔力の限界だった。


「はっ、汝人間よ、とうとう落ちたか。まあ上出来だろうな、下等種族としては」


 亜天使がそういい、自由落下する零機に止めを刺そうとしたとき、


「全体放て!」


 亜天使の乗っている大蝿ノ天獣に強力な魔力弾が降り注いだ。零機が魔力弾の方向を見ると、


「零君、いえ、護衛役ガーディアン、私の護衛任務を破棄するとはいい度胸じゃないですか!」


 そこには、燐火と萩原、柿沼、柊、美輪、それに、


「はっ、遅いんだよ、『叛逆の翼』も来るのがさ……」

「日本帝国軍、天使殲滅第一主力部隊、『叛逆の翼』、この新宿区防衛作戦に参加するのと同時に、桐谷零機少佐の救出に尽力せよ!」

「「「了解!」」」


 零機の部隊、叛逆の翼が二百人規模の組織で増援に来ていた。隊長代理は、


ゼロ、なに死のうとしていやがる、早く戻って来い!」


 日本帝国軍少尉、グリンガル・ソリアットが率いていた。グリンガルは日本国籍ながらも、両親は外国人だ。零機は体勢を立て直し、なんとか着地する。


「ちっ、増援か、大蝿ノ天獣よ、お前の下僕と一緒にこいつらを皆殺しにしろ!」


 そういって亜天使は戦線から離脱して逃げようとする。


「グリンガル少尉、少佐命令だ。こいつらを殲滅しろ。天使は僕がやる」

「でも、今のお前にできんのか?」

「問題ない。一切の容赦は不要だ。一瞬でやる」

「まあお前が本気なら問題ないわな、ここは俺らでやるから早く行けよ」

「頼んだ」


 零機は魔力のほとんどなくなったからだで走り出し、刀を握ったままホルスターから自動拳銃オートマチックを取り出し、天使に向けて冷酷な瞳で銃口を向け撃ち放つ。そうすると、亜天使の羽に魔弾が当たり、天使の羽が破裂する。亜天使はバランスを崩したかのように地に落ちていく。零機の炸裂魔法が、羽だけでなく、跳ね回りの神経ごと破裂させたのだ。


「風魔の悪魔よ、我を風に乗せろ」


 冷徹な声で零機はいい、悪魔たちが零機の足に宿り、一気に加速する。そのまま郊外の亜天使が落ちた山を登る。そしてたどり着く。亜天使は手に魔法陣を即時展開し、何体かの犬ノ天獣を呼び出す。零機はその魔法陣を炸裂魔法で撃ち壊し、日本刀で犬ノ天獣を切り伏せる。


「ささっと死ね亜天使アークエンジェル

「嫌だね人間。それに、君は魔力が限界だったと思うんだがなぜまだ魔法が使える?」

「うるさい」

「まあいいか。死ぬのは君だしね」


 亜天使がそういった瞬間、死んだ犬ノ天獣から寄生虫のような巨大な一メートルはある虫が出てきた。それは零機の体にへばりつき、寄生した。


「ぐっ、寄生ノ天獣パラジテルか!」

「そうだ。だが、普通、五体も憑かれたらすぐ寄生されて死ぬんだが、本当にはなにものだ?」


 初めて亜天使が零機のことを人間と呼ばなかった。それは、零機が天使の敵に認識された証拠だ。


「僕は、人間だっ!」

「普通の人間なら死んでいるぞこれは」

「黙れ……」


 そういって零機は顔を上げる。それを見た亜天使は顔をしかめた。


「お前は本当は何者だ?」


 亜天使がそう呼んだ理由は、零機の右目だけが赤くなり、右の歯の一部が異常なまでに尖っていたからだ。


「まるで、吸血鬼バンパイアだな」

「っ……!」


 零機は一瞬息ができなかった。それほどに今の発言は零機に響く。それに、もうひとつ零機が息ができなくなった理由があった。


「なんで、君たちがいるんだよ!」


 後ろには息を荒くした燐火と萩原たちがいて、驚いた顔でこちらを見ている。振り返った零機の目と歯を見たからだ。


「桐谷、お前は一体なんなんだ?」

「僕は、僕は、吸血鬼になりかけだけど、人間だ!」


 零機が魔力をうまく使えず、今生きているのも、吸血鬼だったからだ。吸血鬼の宿るその身は人間の使える魔力、治癒力の限界を迎えると、不老不死の特性を活かして細胞が活性化し、体の再生が始まる。今の零機は死ぬほどの寄生ノ天獣の侵食を受けているので吸血鬼の細胞が暴れだしたのだ。


「くそ、収まれよ、頼むって。ちくしょう、ちくしょう、吸血鬼になんて僕はならない、なりたくない……!」


 吸血鬼になるのを拒む零機のその姿は、ひたすらに苦しそうだった。


「今まで、何回血を飲みたいと思っても我慢して、わざわざ毒薬って言われてる天使の血まで飲んで血を飲みたくないって思わせてきたんだ。なのに、なのに!」


 その零機の姿を見て一番に動いたのは燐火だった。


「桐谷零機少佐、皇女として命じます。私の血を飲みなさい」

「っ……!、ふざけるな、僕は吸血鬼になってならない。あんな、僕の仲間を、家族を殺したやつ等と一緒になんてならない!」


 零機が反発する中、燐火は制服のブレザーの下にあるワイシャツの第一、第二ボタンを開け、うなじを曝け出す。


「きゅ、吸血鬼は、性的興奮、によって血を吸いたくなると聞いたことがあります。これでどうですか?」


 燐火の首元はとても綺麗で艶かしく、一切の曇りがない白いうなじを見て、零機の目はより一層赤くなる。


「あなた、は、吸血鬼の大嫌いな僕に、吸血鬼になれ、と言うんです、か?」


 零機は必死に吸血衝動を抑えながらも聞く。


「ええ、そうです。早く吸ってください。あなたがここで死ぬことを私は許しません」

「くっそ、一生僕は君を恨むよ、燐火」

「いいよ、零君、恨んだって。やさしいあなたにそんなことはできないけど」

「うるさい、よ」

「あっ……!」


 零機は目に涙を浮かべながら勢いよく燐火の首筋に噛み付いたそうして血を吸う。燐火の血は、燃えるように熱く、零機に初めての感覚を与えた。なりかけだった吸血鬼化は、完全なものとなった。その証拠に、さっきまで黒かった零機の髪は、一部を燐火と同じ赤色にし、それ以外は真っ白になった。


「もう、いいよ」

「はぁ、はぁ……。あなたにも、私の呪われた血は入っちゃうんだね」


 そういって燐火は零機の赤くなった一部の髪の毛を手で触る。


「呪われた血?」

「それは―」

「お二人でお話中に悪いが、そろそろ向こうのやつ等が来てしまいそうだ。ここは君たちを殺して逃げるのが得だね、それにしても面白い。人からの覚醒吸血鬼エバーフンバンパイアの力、見せてもらおうか!」


 亜天使は零機が吸血のときに落とした刀を拾い上げ零機に切りかかってくる。零機は燐火を抱き上げてその攻撃をかわし、回転しながら一発蹴り上げる。すると亜天使はすごい勢いで吹っ飛ぶ。かろうじて足を着き、勢いを殺し止る。


「これが覚醒吸血鬼の力か。ふふ、面白いじゃないか!」


 覚醒吸血鬼、吸血鬼の中でも、力が覚醒した戦闘力の高い吸血鬼のことだ。その変化は髪の色など外見に現れることが多い。


「燐火、すぐ片付ける。待っててくれ。萩原、柿沼、柊と美輪を連れて少しはなれてろ。どうせお前ら全員第二世代の人間だろ。憑いてる守護精霊の隠蔽が下手だ。防衛魔法でも張ってろ。燐火も入れてやってくれ」


 それだけ言って零機は地を踏みしめる。一気に地を蹴り、亜天使に詰め寄る。


「はやいね、はやいね、はは!」

「黙れ、お前が遅いだけだろ」


 そこには人間の目では終えないひたすらに速い攻防が行われていた。亜天使のほうが刀で切り上げようとして振り回し、零機が両手に持った魔銃を連射しながら蹴り飛ばす。その攻防の中で、先に折れたのは亜天使だった。零機の片腕を切り上げたが、体勢が大きく崩れる。それを零機は見逃さず詰め寄り、亜天使の心臓、天核に銃口を向けて止まる。


「最後にいたいことはあるか?」

「ああ。この体は、我が憑依したものに過ぎず、我本人ではない。我の名は、四大天使長、ミカールだ。それにしても、こんな珍しいものから呪われた血のブラッド・オブ・プリンセスまで見れるとはな。その紅い髪が証拠だ。また会おう、覚醒吸血鬼になった人間よ」

「もうこっちは会いたくもない。あばよ、天使エンジェル


 そういって零機は残ったほうの腕に握られている回転式拳銃リボルバー回転弾倉シリンダーを一気に回転させ魔力を圧縮させ撃ち放つ。その魔弾は、燐火の髪と同じ紅い弾丸だった。亜天使の天核は吹き飛び壊れ、同時に、近距離で莫大な魔力を放って反射した回転式拳銃も音を立てて壊れる。それは零機も同様だった。零機は大の字に倒れた。


「悪いな、もう魔力がほんとうに、ない。あとで運んでくれ」


 それだけ言い残して零機の意識は暗闇の中に落ちる。遠くで柊や美輪の呼ぶ声がするが、今の零機には答えられない。沈み行く意識の中で、妙に冷淡な声が頭に響いた。


『おめでとうございます、第十三始祖の後継者よ。あなたは、呪われた血のプリンセス・オブ・ブラッドの契約者に選ばれました』


 零機にこの意味は、今はまだわからないままだった。

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