第22話 初相談Ⅵ

 翌日、秋雨先輩には相談部の部室に来てもらっていた。

「古川君に呼ばれてきたんだけど、何かわかったのかな?」

 部室にある椅子の一つに座り、足を組みながら秋雨先輩は俺たちに問うた。

 昨日晴人が踏んでしまった地雷の影響だろうか……足を組んでいるのは。まあ、どちらでも構わない。その点に触れなければ地雷は爆破しない。時限式だったら別だが。

「ええ、春樹が何か掴んだみたいです。僕たちもまだ何も知らされていませんが」

 昨日の失態にもめげず、果敢にコミュニケーションをする晴人――もしかすると当人は失態と思ってないのかもしれないが。こいつのメンタルの強さはなかなかのものだからな。とにもかくにも、二度目の失言がなければどちらでも構わない――たとえ晴人が心の中でどのような考えを持っていようとも、アウトプットが同じであるならば、周りに与える影響は変わらない。

「これが君たち新入生にとっての初相談ってわけだ。楽しみ楽しみ」

 勉強が切りのいいところまで終わったのか、もしくは中断したのか――桜井先輩が椅子に座り足を組みながら俺たちの話を聞いている。彼女はその人柄というか雰囲気も相まって、座り方が様になっている――誰と比べてとは決して言わないが。また、前回秋雨先輩が相談に来た際の態度を踏まえると、今回の俺たちにとっての初相談に先輩は積極的に関わる気はなさそうである。サポート役の立ち位置を担うようである。まあ、下級生の俺たちはその方が依頼に取り組みやすいが――いや、俺が気にするというより、他の奴らが気にしそうだしな。特に冬川とか上下関係とか年の差とかを重んじそうだしな。まあ、俺の勝手な妄想かもしれないが。少なくとも俺はそういう関係性がそれほど重要視されるべきだとは思わない――だからどうしたという話だが。

 俺は一つ深呼吸してから話し始めた。

「今回の依頼は、新入生全員がフルートを選んだ理由を明らかにすることでした。新入生は二十四人――彼ら全員がフルートを選択したのは偶然だと片付けることが難しい現象でした」

 桜井先輩は笑顔で、うんうんと首を縦に振っている。……特に反応を示さずにスルー降ることにした――この人の行動に逐一意味を見出そうとしているときりがないと、昨日今日で思うようになった。

「秋雨先輩に帰っていただいた後、偶然廊下で――」

 そういえば、彼女の名前を知らないぞ、俺。

 自分の詰めの甘さに多少辟易しながらも、会話を続ける。

「――吹奏楽部員の二年生に会いました。彼女に今回起きた出来事について聞いてみると――彼女の言葉をそのまま言えば、《ほのかたちが上手いからだよ》が、今回の出来事が起きた理由だということでした」

 秋雨先輩は何か言いたそうに口をかすかに開いたが、その口から言葉が発せられることはなかった――それは何も俺が先輩の言葉を遮ったわけではない。単に先輩は自分から閉口しただけだ。最後まで聞いてから意見しても遅くはないと考えたのかもしれない。あるいは、小学校の先生の《人の話は最後まで聞きましょう》という文言を思い出したのかもしれない。――いずれにせよ、これから話す内容を先輩の心がすんなりと受け入れてくれることを願うばかりである。これは何も先輩のことを考えてとか思ってとか、そういう先輩思いから来るような感情ではない。そもそも俺が相手のためを思って行動するなどありえない――そんな感情はもう過去に捨て置いたのだから。――俺は、単に話がすんなりと終われば、すんなりと家に帰ることができて、すんなりと読みかけの小説の続きを読み始めることができると考えただけだ。

 話を続けよう。

「その言葉を聞いたときは、それが一体どういうことなのか分かりませんでした――秋雨先輩の話とつじつまが合わない点が最も疑問でした。僕は秋雨先輩から、先輩たちはフルートがあまり上手ではないと聞いていましたから。……そのときは、彼女――廊下で出会った彼女が、気を遣ってそういっているのだと思いました。彼女は同学年だったようだし、いくら本人がいないとはいえ――いえ本人がいないからこそかもしれませんが、そういう風に秋雨先輩を過剰に評価するような発言をしたのではないかと。……しかし、同時にその反対の可能性についても考えてみました――彼女の言うことが本当で、秋雨先輩の言うことが――嘘だった場合です」

 ガタンと椅子が倒れるほどの勢いで、秋雨先輩は立ち上がった。

「ちょっと、私は嘘なんかついてないって!」

 ……しまった、言葉の選択を誤ったか。これじゃ、晴人の二の舞だな。晴人の方を見れば、にんまりとした笑みをこちらに向けていた。……後で覚えてろよ。

「あ、いえ、すみません、秋雨先輩。先輩が故意に嘘をついたという意味ではありません。先輩の言っていたことが、事実や真実と異なっていたということです」

 ……言い方がまどろっこしかったか。

「つまり、秋雨先輩たちが吹くフルートは上手かったっていうこと?」

 ナイス翻訳だ、晴人。正拳突きは勘弁しといてやるぜ。まあ、もともとできないけど。

「ちょっと待って。それこそ意味が分からないんだけど。私たちは上手だなんて一度も言われたことないし――」

 俺はここで先輩の言葉を遮った。失礼を承知で。演出を優先して。

「そこですよ、疑問だったのは。先輩は他の人たちからフルートについての評価を聞いたことがないとおっしゃいました。それは事実でしょう。しかし、それがどうして先輩たちのフルートの腕が悪いという解釈に至るのでしょうか」

 即座に言葉が返ってくる。

「だって、他のパートの子たちは《上手だね》って言われている噂を耳にするのに、私たちに関してはそんな噂を聞かないから。私たちが下手なんだと思うのが当然なんじゃない。今でもそれが事実だと思ってるし」

 確かにそう思うのも無理はない。しかし――。

「俺の考えと先輩の考え、どちらが真実なのか。――それを確かめるために、俺はある人物に話を聞きに行きました。もう少ししたら来るはず――」

 俺の言葉が言い終わる前に、部室のドアが開く音がした。

「……雨宮先生」

 ナイスタイミング! まあ、雨宮先生に来るようにお願いした時刻に合わせて話を進めていたから、タイミングが合うのは当たり前と言えば当然なんだが。

 昨日、吹奏楽部員の一人と廊下で話をした後に、俺は職員室へ向かった。彼女――吹奏楽部顧問の雨宮先生に会って話をするために。

「……秋雨さん、ごめんなさい」

 さあ、ここからが本番だ。

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