第23話 初相談Ⅶ

 雨宮先生は部室に入るや否や、頭を下げた。

「え、どうして雨宮先生が謝ってるんですか。今回の出来事とどう関係が?」

 秋月が雨宮先生と秋雨先輩の間で視線を右往左往させている。

 秋雨先輩は何か思い当たる節でもあるのか、視線を下ろし沈黙している。

「……実は秋雨さんたち――フルートの演奏がとても上手だというのは事実なの」

 顔を上げた秋雨先輩は。

「でも先生、私たちの演奏が上手だなんて一度も――」

「それはあなたたちに現状に満足してほしくなかったからよ。もっと上を目指してほしかったの」

 雨宮先生は秋雨先輩の話を遮った。先生が遮った。……どうやら人の話を最後まで聞く聞かないは、時と場合によるらしい。雨宮先生が正しかったらの話だが。そもそも俺には何が正しいのかさえ分からない。

 話が――思考が逸れた。

「どうやら私の考えは間違っていたようだけれど」

 そう、昨日先生に話を聞きに行った際、実際に秋雨先輩たちの演奏に変化はあったのか、分かりやすく言えば、演奏は上手くなったのかを聞いたところ、どうやらそうならなかったらしい。

「……そうですね。私たちフルートは、むしろ自分たちの演奏に自信を持てなくなってしまいました。……いくら頑張って演奏してもフルートが上手くなったという噂は聞こえてこないし」

 少し涙ぐんでいるのか、声が震えている。

「……私が他の生徒たちにお願いしていたの。そういう噂を耳にしても、フルートの子たちには伝えないでほしいって」

 結果、フルート陣は――フルート人は、自分たちの演奏を過小評価してしまうことになったわけだ。

「ちょっと待ってよ。雨宮先生が情報操作らしきものをして、秋雨先輩たちが自身の演奏を下に見積もってしまってとして、フルートの演奏が実際は上手だったとして、一体全体それが今回の投票事件をどう説明するのさ」

 晴人の言うことも最もだ。今回の話は今の段階では、だからどうだという話に過ぎなく感じられるだろう。補足説明が必要だ。その補足説明が今までの説明より冗長になってしまうのだが。数学の解答と解説のような関係になってしまうのだが。

「晴人の言う通り、たとえどれほどフルートの演奏が上手だったとしても、新入生二十四人全員がフルートを吹きたいと考えるかと言われれば、その可能性は低いと言わざるを得ないだろうと俺も思う。今回の出来事は、フルートの上手さが引き起こしたものではあるんだが、それが表面的には関係していないかのように見えるのが、今回の事件(?)を少しばかりややこしいものにしていたんだ」

 話し方がついつい冗長になってしまう。日ごろから、わかりやすく伝わるような話し方をしなさいとよく注意されるが、テンションが上がると、どうにもこのようになってしまう。

「……つまり、どういうこと?」

「つまり、フルートの上手さが今回の現象を引き起こしたんだが、それは何も新入生がフルートの演奏を聴いて、演奏が上手だと思ったからフルートと記入したわけじゃないってことだ」

 秋月はいまだに、どういうこと、と首を右に左に傾げている。おお、秋月よ、首ふり人形になってしまったか。……実際、病院とかでたまに見る首ふり人形って、ずっと動いているように見えるけど、どうやっているんだろう。永久機関なわけないだろうし。普通に電池で動いているのだろうけれど。それでも、もし誰かからそういう話を実際に聞いてしまうと、なんだか喪失感のようなものを感じてしまう――真実だと分かっていても、それを目の前に突きつけられる。これと同じようなことを、これから俺は秋雨先輩にすることになる。気が進まない。

「つまりだね、春樹の回りくどい言い方を翻訳すれば、フルートの上手さが今回の出来事を引き起こした。だけど、その過程を理解するのは一筋縄じゃいかないってことさ」

 回りくどくてすまなかったな。今後は善処するよ。

「それで、その過程っていうのは一体何なの?」

 晴人の翻訳が功を奏したようで、秋月が疑問をぶつけてきた。

「それは――五分後に彼女が来てから話しましょうか」

 当人がいた方が何かと話しやすい場面もあるだろう。それに、今からの話は、俺一人で話すと信じてもらえないような気がする。考えが浮かんだ当初は、それで確かだろうとは思いながらも、どこかで信じきることのできない俺がいた。傍観者の位置で冷静に物事を判断できるであろう俺ですらそうなのだから、まして当事者に近い立場である秋雨先輩となれば、より信じにくいと感じてもおかしくはない――そういう点で、証人は必要だ。当事者自身、本人による承認が。

 それに、話すのは気が進まない。

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