第18話 初相談Ⅱ

 その後の桜井先輩の話をまとめると、つまり桜井先輩はもう少しで相談部を引退するらしい。それで新部長を決めようというわけらしい。具体的には、次の相談を彼女にとって最後の部活動にしたいとのこと。まあ確かにもう三年生だし、運動部でも早い人では五月や六月に引退するから今の四月に引退するのも早すぎるというわけでもない。……どうして辞めるのか気にならないのかと言われればそうとも言えない――つまりどちらかと言えば気になる。なんたって、まだ相談部の活動についてほとんど何も知らないのだから、現時点ではもう少し桜井先輩にいてほしいと思っても不思議ではないだろう。……しかし、聞いてもいいものか。辞める辞めないは少なくとも俺たちがとやかく言う筋合いはないし、先輩は三年生であり、このような事態になる可能性も可能性としてはあり得るものだろう。可能性の話をしたら、それこそきりがないのかもしれないが。

「桜井先輩はどうしてこの早い時期に引退されようとお考えになられたのですか」

 はい、冬川があっさりと聞きました。俺の思考を返せ。

「ああ、私、東帝大の医学部受けるから、そのために勉強したいんだよね」

 実にあっさりと答える先輩。……俺の気遣い、もとい自己満思考を返せー。

「東帝大の医学部を受けられるんですか! あの選ばれし百名のみが入れるという!」

 秋月が目をこれでもかというくらいに見開いている。

 いくら受験情報に疎い俺でも知っている。最高学府である東帝大学の医学部は毎年合格者数をぴったり百人合格させることで有名だ。つまり、医学部を狙う学生の上位百名のみが入ることができるというわけだ。東帝大医学部の受験者数は毎年一万人を超えるというから、受験倍率は百倍を超える。しかも東帝大を受験するまでにはいくつかの関門をクリアしなければならないというから、合格は極めて困難だと言われている。

「両親がそこの出でね。口には出さなくても期待がひしひしと伝わってくるんだ。だから頑張ろうと思ってね」

 大変だ。そんな家に生まれなくてよかった。……俺、他人事だな。まあ実際他人事だけれども。それに先輩だって同情なんかを求めているわけではないだろう。

 それはそうと、今更感はあるのだが――。

「部員って、先輩と俺たちだけなんですね」

「ええ、そうよ」

 際ですか、それも全く想定してませんでした。いや、もちろんその可能性もあってしかるべきなんだろうけれども、可能性の高さとしては、部活なんだし複数人いると考えるのが普通だよなー。んー、それにしても部活って一人でも活動できるの? 中学の部活は、最低三人以上でないと部活動として活動できなかったんだけど。

「相談部は優遇されているからね。多少の校則には縛られないよ」

 表情に出ていたようで、先輩は苦笑しながら答えてくれる。……それにしたって、それだけ聞くと職権乱用に感じてしまうのは気のせいだろうか。正義が、桜井先輩の正義はどこへ――。

「というわけで、すまないんだが、私は次の依頼を最後に引退する。新部長にはいくつか伝えておきたいこともあるから、私が引退するまでに決めておいてくれ。――じゃあ、私は勉強するから。あ、騒がしくしてもらって大丈夫だよ。私、集中力はあって、周りの喧騒とか全然気にならないタイプだから」

 それだけ言うと、先輩は近くにあった椅子に座り、机の上に参考書を広げて勉強を始めた。

「言う通り騒がしくしても大丈夫だと思うよ。何せ先輩、中学のとき、教室で窓が割られ黒板へこみーの大騒動があったときも、教室で黙々と小説を読んでいたそうだから。怖くなかったんですかって聞いたら、《怖い? そもそも私は騒動があったことに気がついていなかったからね》って言ってたから」

 何それ、集中力の権化なの、鬼なの、桜井先輩は。

「じゃあ、今から部長決める? 折角四人ともいるわけだし」

 そうだな。やるべきことは手短に終わらせるのが精神的に優しいことは、これまでの人生で身に染みて感じてきたことだからな。……主に家事で。妹よ……。

 とりあえず冬川でも推そうかなと考えていた最中、ノックの音が部室に鳴り響いた。

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