第17話 初相談Ⅰ
翌日から授業が始まった。出欠確認で秋月の名前が呼ばれたときには、俺の眠気も一瞬覚めた。一緒のクラスだったとはな。まあ、だから何かあるというわけでもないが。ちなみに、秋月美空がフルネームらしい。こっちの情報こそだからなんだという感じだが。
そんなとりとめのないことを考えながら、放課後の部室に向かう。教室を出る際に秋月が一瞬こっちを見た気がするが、気にせず教室を出てきた。部室で会えるし、何か用があればそのときにでも言ってくるだろう。
部室の前に到着し扉に手を掛ける。――よかった、開いているみたいだ。鍵がかかってたら教室棟一階の職員室まで行く羽目になるところだった。
扉を開けると、突然一陣の風が俺の体を包み込んだ。
俺は窓の方へと視線を移す。
西日に照らされた黒髪が波紋のようになびき光り輝く。黒髪は彼女の肩ほどまであるだろうか。後ろ姿しか見えないため、彼女の表情は窺えないが、どこか寂しげな雰囲気を醸し出しているように感じられる。
扉を開ける音が聞こえたのか、その彼女はこちらを振り返る。瞬間先ほどまでのオーラは感じられなくなった。……俺の気のせいだったか。
「どちら様でしょうか?」
彼女の顔には既視感がある。記憶力の悪い俺でも覚えているぐらいだから、ある程度の仲だったのか、もしくは最近見たのか――そうか、彼女か?
「……冬川凛、さん?」
その名前が呼ばれたことに、彼女は少しばかり驚いたように目を見開いたが、すぐに少し困ったような表情を浮かべた。
「あの、どこかでお会いしたことがありましたか?」
相手に罪悪感を抱かせてしまったであろうことに、俺は罪悪感を覚えながら訂正する。
「いや、新入生総代をしていたよな、確か。そのときに顔をちらっと見ただけだ。こっちが一方的に知っていたってわけだ」
冬川は胸に手を当て、ほっと息をついた。
「それはよかったです。覚えがなかったものですから。……改めまして、えーと」
「古川春樹だ。……それで、冬川、さんはどうしてここに?」
「相談部に入りましたので」
なるほど、まあ普通に考えればそうだろうな。
「そういう古川さんも?」
「ああ」
ただ、そうなると一つ疑問が浮かんでくる。
「相談部の入部試験はいつ受けたんだ? 俺たちが昨日の入学式の後に受けたから、俺たちが今年度初めての新入部員かと思っていたんだが」
「ああ、そのことでしたら、私、新入生総代やってましたよね」
……あれ、今、会話成立してた?
「えーと、つまりどういうことかな、冬川さん」
冬川はあたふたと焦るようなそぶりをした後で、少し頭を下げた。
「すみません……。私、人に伝わるように話すのがあまり得意ではなくて。つまり、その、新入生総代のリハーサルがあったのです。それで前日学校に来ていたので、そのときに相談部の入部試験を受けたんです」
ああ、そういうことか。俺が納得したのを見ると、冬川はほっと安心したように息を吐く。……思っていた印象と違うな。もっと名の通り、凛としていて人を近づけさせないようなオーラの持ち主だと思っていたけれど。まあ、こっちの方が親しみがもてていいけど。
「それはそうと、先ほど《俺たち》とおっしゃってましたけど、あれはどういう――」
「もう! 春樹さん! 置いていかないでよ!」
冬川が言い終わらないうちに、突然後ろから声が飛ぶような勢いで聞こえてきた。
説明する手間が省けたな。
扉の所には、秋月が立っていた。
俺は秋月を視界の隅に置きながら、冬川の質問に答える。
「彼女は秋月……。下の名前なんだっけ?」
それを聞いた秋月は、何なら小声でつぶやいた後、こっちに顔を向けた。
「美空! 秋月美空よ!」
それだけ言うと、秋月は顔をぷいと明後日の方向に向けてしまった。……怒らせるようなことしたか、俺。確かに名前を知らなかったが、……いや、そういえば今日の授業中に聞いていた。それにしたって、直接本人に聞いたのは今回が初めてだろうに、いったい何に起こってるんだ、あいつは。
「だそうだ。ちなみに俺は――」
「一年三組、古川春樹さん、ですよね。……先ほど自己紹介されてましたよ」
口元に軽く手を当てながら微笑む冬川。……かわいい。
「……クラスまで言ったっけ?」
「一年生全員のお名前とクラスは覚えていますので」
「へー、って、え!」
この子どういう記憶力してるの! まだ入学式から一日しか経ってないんだけど!
「記憶力には自信がある方なので」
驚きが顔に出ていたようで、冬川が微笑みを崩さないままで答える。
いや、記憶力に自信あるレベルじゃないだろ。何なら俺だったら卒業するまで学年全員の名前を覚えるの無理だと思うぞ。たとえ俺に覚える気があったとしても。……それはそうとして――。
「秋月、晴人の奴知らないか?」
いつの間にか椅子に座ってスマホをいじっている秋月に話しかける。
「知らない」
返事がそっけない。何やらご立腹の様子だ。そっとしておくのが賢明か。
「えーと、もう一人、中学から一緒の奴がいて、そいつは山内晴人っていうんだが、まあ一言でいうなら、歩くウィキだな」
「それは今の僕には的確な表現だね、春樹」
扉の方へ再び視線を移すと、晴人が入って来ていた。
「遅かったじゃないか、歩くウィキペディア――山内晴人」
少しからかいながら晴人に話しかける。
「まあね。ホームルームが長引いちゃって。ところで、そちらの御仁は、新入生総代、冬川凛さんだね。初めまして」
さすがは歩くウィキ。まあ、記憶力のよろしくない俺でも覚えていたが。
「こちらこそ初めまして。一年一組の冬川凛です。よろしくお願いします」
腰から上を曲げて、軽くお辞儀する冬川。――同学年だし、そんな礼儀正しくしなくていいだろうに。まあ、俺が口出しするようなことじゃないか。冬川の様子からすると、普段からこんな感じなんだろうな。そういう高貴な感じな雰囲気が身に沁みついているっていうか。
「お! 全員揃ってるね」
晴人の後ろから桜井先輩が顔を出していた。
「じゃあ、さっそく新部長を決めようか」
えーと、いきなり何故に?
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