第16話 入部試験Ⅶ

「入部試験合格、やりましたね!」

 下校チャイムと秋月の声が重なる。

 そう、俺たちは、あの後桜井先輩から入部試験合格を言い渡され、今後相談部員として活動していくことになった。

「いやー、さすが僕が見込んだ春樹だね。あっさり入部試験をクリアに導くだなんて」

 おどけた調子で晴人がわき腹を肘でつついてくる。その肘に一瞬目をやり、視線を前に向ける。

「別にそんなんじゃない。秋月が吹奏楽部の演奏に気がついたり、晴人が先輩の性格を教えてくれたりしたから、合格できたんだ。俺一人の力みたいに言うのはやめろ」

 それを聞いた晴人も視線を前に向ける。

「確かに、春樹一人の力じゃ、真相にたどり着けなかったのかもしれないね。……それでも、春樹の貢献が一番大きかったのは事実だと思うよ」

 秋月がこちらに近寄ってくる。

「そうですよ! 春樹さんの力がなければ、この試験はクリアすることができなかったと思います!」

 顔が近い、顔が近い――秋月のパーソナルスペース狭すぎだろ。いや、俺が広すぎるのか? いやいや、晴人といて気になったことはないから、やっぱり秋月が狭いと思う。と、それは置いといて。

「……確かに合格はしたが、真相にはたどり着けていないんじゃないかと俺は思う」

「……それって、春樹の考えが間違っていたってこと?」

 晴人に加え、秋月も不思議そうな目でこちらを見つめてくる。

「いや、間違ってはいなかったと思う。……おそらく不十分なんだと思う、あの考えは。相談する側の気持ちを俺たちに理解してほしいっていう意図以外にも何らかの目的があったんだと思う。もしそれだけの意図だったなら、もっと相応しいやり方があったはずだからな。例えば、単に俺たちの軽い悩みとかを先輩に相談するとか、そういった内容でも全然よかったはずだ。それをわざわざ、時間のかかるかくれんぼのようなやり方をとったのは、少なからず他の意図があったからなんじゃないかと考えている」

 頭の中でもやもやしていた考えが、少しずつはっきりしたものへと変わっていく。

「でも、それは単に桜井先輩がかくれんぼ好きとか、そういった……」

 晴人の声は徐々に小さくなっていく。

「そうだ、それはない。桜井先輩は、このかくれんぼの試験は以前から行われていると言っていたし、何より先輩の趣味なんかじゃないと先輩自身が明言していた。……先輩の個人的な感情が入部試験に含まれていないと考えるのが妥当だろう」

「じゃあ、三年生の桜井先輩より上の学年、卒業生の人たちがかくれんばが好きだったんじゃないかな?」

「晴人の言う可能性も否定はできない。でも、もしかくれんぼがその卒業生の個人的な趣味なのであれば、その翌年以降もかくれんぼが引き続き行われているのはなぜという新たな疑問が生まれる。単に新しい試験内容を考えるのが面倒だったのかもしれないが」

 かくれんぼを実施するのも面倒だけどな。二時間近く時間を費やすことになるし。

「その可能性よりも、この入部試験には他の意図が含まれていると考えた方が妥当だろう」

 久々に長々と話をしている。のどが渇いたので、鞄からお茶の入ったペットボトルを取り出し飲む。晴人にも勧めたが、視線で断られた。

「じゃあ、他の意図とはいったい何なのか。推測だが、俺たちの相性を確かめておく意図があったんだと思う。相談部は依頼を達成できなければ廃部になるという背水の陣だ。他の部員との相性が合わなかったら、うまく依頼を達成することができないかもしれない。それを防ぐためっていう目的もあったんだと思う。……まあ、あくまで可能性の話だがな」

 それを聞いた晴人は、確かにあり得るね、といいながら、自転車置き場へとスキップして行った。晴人を追いかけようとすると、後ろから袖を軽く引っ張られた。振り返れば、秋月がこちらを下からのぞき込むように見つめていた。俺は秋月から少し視線を逸らしながら、尋ねる。

「何か気になることでもあったか。途中から考え込むような表情をしていたが」

「えーと、何でかくれんぼなのかなと思って。私たちの相性を見たいだけなら、協力して謎を解いてもらうとかでもいいのになと思って」

 俺と秋月の自転車の鍵を開ける音が重なる。

「ああ、それは――」

 自転車を押しながら、少し離れた晴人の方へと横並びで向かう。

「かくれんぼってさ、見つける側と見つけられる側がいるだろ。見つける側は見つけたら勝ち、見つけられる側は見つけられなければ勝ち。二面性があるよな。でも謎解きだとそうじゃない。解いたら勝ちの一方通行だ。……相談事ってさ、どっちかといえば、かくれんぼの方に近い気がする。俺たちが相談事を解決したと思ってもさ、それが相談者にとっての解決とは限らないってこともありうるよな。そういうことを感じ取ってもらいたかったていうのもあるんじゃないかなと思う。……俺の考え過ぎなのかもしれないが」

 おーい、早くー、見たいテレビドラマがあるんだよー、と晴人が急かしてくる。俺と秋月は互いに顔を見合わせ苦笑した後、自転車にまたがり晴人の待つところへ自転車を漕ぎだす。

「やっぱり春樹さんは――」

 その先の彼女の声は、自転車のチェーンが回転する音に巻き込まれて俺に届くことはなかった。

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