第11話 入部試験Ⅱ

 じゃあ一分経ったら探し始めてオーケーね、と言い残し、桜井先輩は教室棟へと入っていった。

 さて、どうするか。

「じゃあ、行きましょう!」

 一分後、今にも教室棟へと入っていこうとする秋月の袖を引っ張る。

「いや待て。どこを探すつもりだ」

 顎に手をやり首を傾げた秋月は、少ししてつぶやく。

「? そのあたり?」

 ……どのあたりだよ、そのあたりって。

「秋月さん、まずはどうやって探すのか決めないと。やみくもに探しても見つからない可能性が高そうだしね」

 さすが中学からの付き合いということもあって、晴人との意見は一致するようだ。

「そうだ、どう探すのか、まずは探す方法を考えないと、この広い校舎の中から二時間で桜井先輩を見つけるのは難しいと思うぞ」

 秋月も納得したようで、方法、方法、とつぶやいている。

「あ! 探す範囲、絞れるんじゃないかな。一分経ったら探しに来てもいいって言ってたから、この中庭から一分以内に移動できる場所を探すことにしたらどうかな」

 握りこぶしと手のひらを打ち合わせる秋月。

「それはいいアイデアだね。一分以内に移動できる場所ってなったら限られてくるだろうし。だいぶ範囲を絞れるんじゃないかな」

 名案とばかりに頷く晴人。……だが、それはダメだ。

「それで範囲を絞るのは無理だと思うぞ」

 それを聞いた二人がこっちに顔を向ける。

「どうしてだい、春樹」

「まず第一に、学校の敷地内だったら一分もあればたいていどこにでも行けると思うぞ。桜井先輩は三年生で学校の地理に詳しいだろうし、あらかじめ隠れる場所は決めていたと考えるのが普通だろう。正直学校の地理にまだ疎い俺たちでも、一直線に向かえば校門まではたどり着けなくともその近くまで行くことはできるんじゃないかと思う。そうなると一分という時間制限で除外されるのは、俺たちが知る範囲では校門付近ぐらいということになる。それに、現実的に考えれば、その校門付近に隠れることも十分に可能だ」

 少しして晴人は理解したようだが、秋月はいまだに考え込んでいるようだ。

「……どうして、校門近くに隠れていてもおかしくないの?」

「何も難しい話じゃない。俺たちが実際に一分後探し始めるという状況を想像してみたらいい。俺たちが最速で校門近くにたどり着ける時間は、先輩が隠れ始めてから何分後だ?」

 握りこぶしと手のひらを再び打ち合わせる秋月。……その動作好きなんだな。

「そうだ、二分後になる。ということは、物理的な障害などを除けば、学校の敷地内であればどこにでも隠れることができるというわけだ。まとめると、一分という時間から、先輩の隠れた場所を絞り込むことはできないということになる」

 いい考えだと思ったんだけどな、と言って秋月は肩を落とした。

 さて、でもそうなると特に探すための手掛かりになるようなものがない気がしてきたな。うーん。

「何か、こう、手掛かりみたいなものに気づいたりとかはなかったか。先輩の発言とかから。後は、晴人、桜井先輩はこういう性格だからこういう場所に隠れるだろうとか。そういう桜井先輩に関する情報か何かはないか」

「桜井先輩とは中学での部活が一緒だったからね。それなりに知ってると言えば知ってるかな。先輩を一言で表すのであれば、正義、かな」

 正義?

「そう、正義。言葉通り卑怯な行いは許せない性格をしていたね。自他ともに対して。王道と邪道のどちらを選ぶかってことになったら、十中八九、王道を選ぶと思うよ、先輩は」

 卑怯な行いは許さない、邪道より王道、か。

「だから、たとえば先輩たちしか知らない隠れ家みたいなものがあったとしても、そこに隠れたりはしないと思うよ」

 そうあることを願うばかりだな。……他にヒントになりそうなことは――。

「そう言えば、さっきから吹奏楽部の練習音があちこちから聞こえてくるよね。バラバラの音が全部一緒に聞こえてきて、なんだか変な気分になるよ。たぶん個別練習してるからだとは思うんだけどさ」

 秋月は校舎を見回しながらそうつぶやく。

「本当だね。言われるまで気に留めてなかったよ。確かにいろいろな場所で個別練習してるみたいだね。いろんな方向からいろんな楽器の演奏が聞こえてくる」

 晴人と同様、俺も言われて初めて気がつく。同時に俺の脳に電撃が走った。

 いつの間にか、背景色のごとくそこにあって特に気にも留めない存在になっていた――これは使えるかもしれない、いや使うべきなのだろう。

「桜井先輩を探しに行くぞ」

 俺はそう言って、先ほど桜井先輩が入っていった教室棟一階へと足を踏み出した。

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