第8話 相談部Ⅰ

 地学準備室のネームプレートを見ると、そこには「相談部」と書かれていた。……相談部?

 晴人はそのネームプレートを見て一瞬首を傾げたが、すぐに何事もなかったかのように扉をノックした。中から物音がしたかと思うと、急に扉が開け放たれた。

「ようこそ! どのようなご相談でしょうか?」

 亜麻色のショートカットがさらさらと音を奏でるように揺れている。そして誰が見ても印象に残りそうなのは、彼女が持つ大きな瞳だろう。目を合わせると吸い込まれそうな気分になってくる。

 ――それにしてもこの顔どこかで――。

「あ、君はさっき廊下で会った新入生じゃないか」

 後ろにいる晴人が声を出す。

 あ、そうかそうか。さっき地学準備室の場所を聞いた新入生か。道理で見覚えがあるわけだ。

 俺がまじまじと見過ぎていたのか、その女子生徒は居心地が悪そうに視線をさまよわせていた。

「あ、すまん」

 俺が視線を明後日の方向に外すと、彼女は少しはにかみながら、いえ、とつぶやいた。

「お! 新入生か! 入部希望かな」

 突然部屋の奥から声がしたかと思うと、一人の女子生徒がこちらの方までやってきた。校章は黄色――三年生だ。

「桜井先輩! 見学に来ました!」

「晴人じゃないか!」

 彼女――桜井先輩は晴人の存在に気づくや否や、胸ポケットから取り出した何かを晴人に投げよこす。特に動揺した様子もなくそれをキャッチし、晴人はそれ――トランプのカードだ――に目をやった。そのカードはクラブの一であった。晴人はそのカードをしばらく見つめた後、桜井先輩の方に顔を上げた。

「先輩、これは一体――」

「再開していないのか、君は」

 晴人の言葉を遮り、それだけ言うと、桜井先輩の視線は俺の方に向けられた。

「えーと、君は――」

 晴人の方に視線をやると、下を向いたまま心ここにあらずという感じである。仕方ないので、自分で名乗る。

「一年三組、古川春樹です。晴人に誘われて見学に来ました」

 それを聞くと、へえー、君が古川君か、と先輩はつぶやいた。その意味が分からず、再び晴人に視線をやるが、答えてくれるような様子はなかった。

「じゃあ、とりあえず入って入って」

 桜井先輩は俺たち三人に席を勧め、三人が座ったのを確認すると、話し始めた。

「まずは、相談部がどういった部活なのか話すわね。相談部っていうのは、一言でいえば、生徒たちの相談事を聞いて、解決もしくは解消のお手伝いをする部活よ。相談したいことがある生徒が、この部屋を訪ねてくるから、その内容を聞いて、協力できそうなら協力する。そういう部活よ」

「……あの、もし解決できそうでなかった場合はどうするんですか」

 新入生の女子生徒――そういえば彼女の名前を知らないな。とりあえず“彼女”と呼ぼう――がおずおずと尋ねた。

「もちろん、断るわ。変に欲張っても期待を持たせるだけだからね。ただ出来るだけ解決に向けて尽力するのがこの部の方針だね。……過去に相談に乗れなかったのは一件だけ。そもそも学校ぐらいの規模で、それほど大きな依頼なんかが持ち込まれることはめったにないからね。……ほかに聞きたいことはある?」

 桜井先輩は、未だにうなだれている晴人を通り越して俺の方に視線を送ってきた。

「もし、相談に乗って、解決できなければどうなるんですか」

 先輩は俺の方を少しの間見つめた後、口を開いた。

「相談に乗ったのにもかかわらず、万が一、解決や解消に至らなかった場合は――」

 先輩は俺たち三人を見渡してからこういったのだ。

「部活を廃部するわ」

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