第2話犬と少女

「この忙しい時期に休まれるんですか?」

「忙しいと言っても、もう5月。新入学の時期は終わっただろ?」


椅子に座りながら、秘書の結城を見る…


やはり、こめかみのあたりが?ヒクヒクと動いてるのがわかる…


「明日だけだ。明日、休みを取れば暫くいらん…。」

「…。」


パタンッ…


結城は、開いていた手帳を閉じ、深く溜め息をついた。


「今回だけですからね。社長が、勝手に休まれると…」


長々と愚痴を聞いても、仕方がない…



「嘉織ちゃんは、もう幾つだ?」


先程まで苛々していたのが、途端に止まり目尻が下がる…。


「もう1歳か?」

「まだです。先月産まれたばかりなんで…」


結城の妻細君には、頭が下がる…

寧ろ、結城に休みを与えたいのだが、これが、断固と断り続け…


「名前を呼ぶと、ニコッて笑うんです。」

「ほぉっ。可愛いか?子供と言うのは…」


『結婚か。1度はしてみたいものだが…』


「はいっ。そりゃぁ、も…って、また、話を…。いいですねっ!今回だけ、多目にみます!!って、あー、会議に出すお茶とお菓子…」


一旦、閉じた手帳をまた開き、社長室を出ていった。



翌朝、のんびりと起き出した俺は、家政婦の梅さんが作った朝昼兼用の食事を済ませ、ブラブラと散歩をしていた。



「…ね。」


キューンッ…アンッ…



どこからか声がし、公園の中に入っていった。



アンッ…アンッ…


「…めだって!!ここに大人しく…」


見ると一人の女の子が、しゃがんでなにかしていた。


ザッ…


「あっ…。」


近付くつもりはなかったが、音がして、その少女が振り向いた。


『確か…』


「あっ…えーっと…確か…安部のおじさんっ!!」

「…。」


『おじさん…。まぁ、そうだろうな。おじさんだし。』


と変なとこで、ショックを受けるが…


「あー、璃子ちゃん?」


あのときは、真っ白なワンピスだったし、今日は、ランドセルを背負ってるから…


アンッ…


「あっ!!」


小さくて茶色の毛並みの仔犬が、ダンボール箱から出てきて、俺の足元をじゃれついた。


「…っと!!」


とにかく元気な仔犬で、やたらと走り回り、捕まえるのに苦労をした。


「ほーら、静かにするの。」


で、またダンボール箱に閉じ込める。


「棄て犬?」

「たぶん。学校から帰る途中で、たまたま…そのお手洗い行きたくなって、入ったらこの箱がいきなり動いて、鳴いて…」

「可哀想にな…」


『飼ってはみたいが、梅さんが大の犬嫌いだからな…』


「璃子ちゃんちは、飼えないの?」

「わかんない。たぶん無理かも…」


箱の中では、仔犬が小さく鳴いてるのが聞こえてくる。


「頼んでみようかな?」


で、璃子ちゃんが仔犬を抱き、自宅に帰るも…



「駄目ですっ!!クシュン…いいから、早く…」


動物アレルギーだったらしく、断念。


「おじさんとこは…?」


璃子ちゃんは、仔犬を抱き涙目で、俺を見上げる…


「…。」




「で、それがこれなんですね!!ご飯作りにくれば、家の中は、グチャグチャになって、あたしゃ…」


『朝、箱に閉じ込めた仔犬が、器用に抜け出して、リビング中を荒らしに荒らして…』


「でも、梅さん、犬が嫌いじゃ?」

「誰がそんなこと言いました?こんなに、可愛いのに!!ねぇ!!」


アンッ…


仔犬は、梅さんに抱かれて気持ち良さそうにしている…


「嫌いじゃないんです。小さな頃に飼ってた犬が目の前で事故にあってから、飼うのが怖いんです。好きだけど…。」


『なーるほど!!』


「で、坊っちゃん。この仔犬の名前は?なんてです?」

「さぁ?それは、神崎さんちの璃子ちゃんが…」

「あーっ!!あの女の子!!しっかりしてますよねぇ。」



どうやら、偶然にも梅さんは、璃子ちゃんと何度か会ってるらしく、俺より色々詳しかった。



翌日の昼に、璃子ちゃんが手土産にドッグフードとミルクを持ち、家に遊びにきたらしく、益々璃子ちゃんは、梅さんになついていった。



「マロン、ね。」


アンッ…


どうやら、俺の居ない間に、名前が決まったらしい。


ゲージも道具も璃子ちゃんの母親が費用を負担してくれた。別にいいのに…


「マロン…」


アンッ…


手をマロンの前で動かすと、遊んでくれてると思うのか、手を必死で追っては追う。これが、また楽しい…




「で、寝坊したんですね…」

「…。」


余りにも出社が遅い俺を心配し、こうして家まで来てみれば…


「犬のゲージの前で倒れてるから、何事かと思えば…スヤスヤとこの人は…」

「すまん…。」


結城に起こされ、会社に連れてこられた。


「全く…社長ともあろうお方が…」

「面目ない…。」

「でも、可愛い仔犬ですね。」

「って、前ーーーーっ!!」


車運転中に、結城が後ろを振り向くから事故るとこだった…



『いい夢だった…。大人になった璃子ちゃんが、俺の隣に居て、大きくなったマロンと…』


「はぁっ…」

「なにニヤニヤしてるんですか。着きましたよ!!」


結城に尻を叩かれつつ、その日1日の仕事をこなし、家に着いたのは…


「毎度のことながら…」


深夜の1時を回っていた。


玄関開けて、家に入れば誰もおらず、いるのはマロンのみと…



キッチンのテーブルの上には、不格好なおにぎりふたつ…と?


「安部さんへ、か。」


璃子ちゃんの書いた手紙に、心が踊る…


【マロンのこと、いつもありがとうございます。なかなか、お会い出来ず話も出来ませんけど…。マロン、おじさんのこと、大好きみたいです。車の音やチャイムの音に異様に反応します!!また、遊びに行かせてもらいます。璃子】


仕事の疲れが、取れる…


「ふぅん。マロン、お前俺のこと、好きなのか?」


アンッ…


「俺も好きだ。」


アンッ…アンッ…




俺は、なかなか璃子ちゃんには会えないが、時々こうして貰う手紙に、マロンを中心に神崎家とは少しずつ距離が縮んでいった…


おじさんから祐治くんに昇格し、結城が大笑いしてた。


「いっそ、恋愛しちゃいます?」


と結城は笑いながら言っていたが…


本気で…26の男がたかが10歳の女の子を好きになっているとは、誰も思わないだろう。


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