棘のない薔薇

@yuya_aikawa

第1話ある少女との出会い

春の陽射しに誘われて、庭のデッキで軽く昼寝から目覚めた。


「どうやら眠ってしまったらしいな。電話もないみたいし…」


たまの休日は、仕事の事を忘れのんびりする…


デッキに座ったまま、真っ青な空を見上げると1本の飛行機雲が伸びていた。


キィーーーッ…


静かにブレーキ音が聞こえ、目の前に引っ越し業者のトラックが停まった。が、また動き出した。


春だからな…引っ越しシーズンか…


『1度でいいから、引っ越しをしてみたいものだ。あいつは、許してくれなさそうだが…。』


そんな事を考えてた時に、秘書の結城から電話がかかる…


【明日の定例会議に遅れないように!!】


案の定これか…

1度足りて遅刻したことはないのに、結城はいつも電話を寄越してくる。


「お節介な奴・・」


腕時計を見ると、もうすぐ3時…


リビングに戻り、家政婦が用意しておいた昼食を食べ、流しに浸ける。

以前、そのままにして、たいそう怒られた。


それが終わると、珈琲を飲みながら窓際で読書を楽しむ。


「今日の結城は、相当ヤキモキしてんだろうな。俺が居なくても、会社は回るのに…。」



住宅街ではあるが、敷地内が広く余り外の声が聞こえない。


パタンッ…


読み終えた本を膝に置き、軽く目を閉じる…



ピンポーンッ…ピンポーンッ…


玄関のチャイムが、2度鳴り、インターフォンを取ると結城と似てる顔立ちの男と女が立っていた。


セールスかと思ったが、どうやら引っ越しの挨拶に来たらしく、門の鍵を開け、玄関先で話す。


「今度この近くに越してきた、神崎と言います。」

「はぁ、宜しく。安部です。」

「妻の歩美です。で、娘の…」

「こんにちは。神崎璃子です!!」

「…。」


『可愛い!!なんて、可愛いんだ。』


年はわからぬが、真っ白なワンピースに身を包んだ少女は、少し長めの黒髪に大きな瞳で立っていた。


「あのー…。安部さん?」

「あっ、すいません。」


声を掛けられたのも気付かず、俺は神崎の娘・璃子を見ていた。


「これ、詰まらないものですが…」


手渡されたのは、いつも家政婦が買ってくる銀座では有名な焼き菓子だった…


「ありがとうございます。」


頭を下げ、渡された包みを受けとり、玄関脇のチェアに置いた。


「じゃ、長居も失礼なんで、この辺で…」


靴を履き、神崎一家を門まで送りに行き、見送る。


「家族、か…」


俺には、両親はいたものの余り家族らしい事をされた覚えはなく、物心ついた時から、傍にいたのが家政婦の梅さんだった。


小さな頃は、ババァと呼んでは拳骨を喰らっていたが、誰も梅さんを怒る人は居なかった。



「妙にドキドキしたな。初恋の時みたいな…。風呂でも入るか。」



バスルームへ行き、湯を溜めてる間に、冷蔵庫へビールを入れる。梅さんがいるとなかなか飲めない…。


湯が溜まったブザーが鳴り、少し熱めの湯に身体を沈ませた…



これが、俺と璃子の出会いだった。


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