第三話 初めての魔法 後編

 数日後、村に帝国から建築士の人たちが大勢やってきた。

 村長の話では、教会の建築費は帝国側が負担するらしいけど、教会が建つまでの建築士たちの食料などは村人たちが調達しなきゃいけないようだ。

 もとから小さな村。食料の生産は多くは無い。畑を広げるにしても作物が成長するのを待つわけには行かないので、必然的に狩りでその分を賄うことになる。なので、建築士たちが来てから村の男の人たちは狩りに出かけることが多くなった。


 一方でわたしは、森の奥で先生に見守られながら魔法の練習に明け暮れていた。もちろん、魔法理論と薬学の勉強も欠かしてはいない。

 魔法の練習の内容は相変わらず目の前の蝋燭に火を点けること。練習を始めてから数日が経っても、未だに最初の課題を達成できずにいた。

 わたしは焦っていた。このまま魔法が使えることがなかったらどうしよう。わたしの夢はどうなるんだろう。そんな思いがわたしの心を焦らせた。

 やっぱりわたしには才能が無いのかもしれない。そう感じ、先生に弱音を吐くことが何度もあった。でも先生はそのたびにわたしを慰め、励ましてくれた。「きっと、いつか魔法を自由に操れるようになる」と。それが気休めであることはわかる。けど、それがわたしは嬉しかった。


 ***


 それからさらに時が過ぎたある日のことだった。

 わたしは友達のミーナちゃんとシヴくんと一緒に南の森へ来ていた。

 それぞれの手には弓を持ち、背中には数本の矢が入った矢筒を背負っていた。そう、わたしたちは狩りに来ているのだ。


「それにしてもよぉ、あいつらほんっと何なんだよ」


 わたしたちの先頭を進むシヴくんが愚痴をこぼす。彼の言うあいつらとは、きっと帝国から派遣された建築士の人たちのことだろう。


「だってよ、あいつらバカみてぇに食うんだぜ? 一応客人なんだから、少しは遠慮しろってんだ」

「ほんとにそうだよね。あの人たちのせいで村の食料庫がすっからかんになっちゃうよ」


 彼の後ろでわたしは同調する。

 あの人たちは帝国から来たってのをいいことに、ずっとわたしたちにデカイ顔をしてる。自分たちの方が偉いって勘違いしてるんだ。わたしはその態度が気に入らなかった。


「うん、そうだよね。でも、あの人たちは大変なお仕事してるから、わたしたちに文句は言えないよ」


 わたしの隣を歩くミーナちゃんは彼らのことを少し庇うけど、その表情を見る限り、やはりウンザリな気持ちは隠せないようだ。


「でもよぉ、折角大変な思いして食わせてやってるってのに、あいつら飯の味にケチつけるんだぜ? そのくせおかわりまで要求してきやがる。あぁ! 思い出しただけで腹がたってくる!」

「わたしが作った料理も、まずいって言われた……」


 シヴくんに続き、ミーナちゃんが悲しそうに呟いた。その時のことを、わたしは覚えてる。

 何せ食べる人が多いものだから、一度に出す料理も多くなる。人手が足りなくて、わたしとミーナちゃんが調理場に立つことも何度かあった。そして、わたしたちが料理を配膳したときは決まって言われるんだ。「こんなまずい皿を出すんじゃねぇ」って。

 それがあまりに怒れたものだから、一回セラ先生に「料理に下剤を混ぜよう」って提案したことがある。そしたら先生は、「それはいい考えね。あの人たちの傲慢さも一緒になって出ていってくれるかもしれないから」と答えた。先生もあの人たちの態度には呆れてたんだろう。


「くそっ、あいつらのために大人たちは苦労して食料獲って飯拵えてるってのに……」

「そうだよね。そして、その負担を少しでも減らすために、わたしたちは今ここにいるんだ」


 わたしが強くみんなに呼びかけると、シヴくんが振り返り、力強く頷いた。


「おぅ、そうだな。ちょっとでも大人たちの苦労を減らせるように、俺たちがたくさん獲物を獲ってこよう!」

「うん!」


 彼の言葉で、みんなに喝が入った。


「それにしても、シヴくんから誘ってくるなんて、ねぇ?」

「うるせぇ、ほっとけ」


 シヴくんの照れたような反応を見て、ミーナちゃんが可笑しそうに笑う。

 確かに、彼にしては珍しいことかもしれない。わたしがミーナちゃんと二人で遊んでたところに彼が突然やって来て、「これから一緒に狩りに行こう!」って言い出したのだ。シヴくんがまさか人のために動くなんて思っていなかったから、わたしたち二人は随分驚かされた。

 森の中を結構進み、回りは木ばかりが立ち並ぶ。


「じゃあ、ここからはそれぞれ分かれて行動しよう。できるだけ多く獲れるようにな」

「うん」


 彼の提案にわたしたち二人は頷いた。


「んじゃ、お前ら迷うなよ?」


 そう言い残し、シヴくんは茂みの中に消えていった。


「わたしも行くね」

「うん、また後でね」


 ミーナちゃんもシヴくんが行った方向とは別の方向へ消えていった。わたしも一人、違う道を進んでいく。

 弓を習い始めてから結構経った。練習でも何とか的にすべて中てられるようにはなった。実際に狩りに出るのは初めてだが、何とかなるだろう。動く的も、動かない時を狙えば練習のときと何ら変わらない。

 実は子供だけで狩りに行くのは禁止されている。今は昼間とは言え、危険な獣がいるかもしれないから。でも、わたしたちが獲物をたくさん獲って帰ってくれば、大人たちはきっと喜んでくれる。

 わたしは弓を握る手に力を込め、先へ進んだ。


 ***


「……っ!」


 少し進むと、遠くの少し開けた所に草食獣を見つけた。小型ではあるが立派な獲物だ。

 そいつはこちらに気づいていないようで、無防備に地面から生える草を食んでいる。あれではいい的だ。

 風の吹かない森の中、わたしはゆっくりと弓を引き絞る。狙うはやつの喉笛。しっかりと狙いを定め、そして放った。

 わたしの放った矢は緩やかな放物線を描き、そして獣の首を貫いた。


「やった!」


 小さく喜びの声を上げ、獣へと近づく。獣は既に動かず、その付近の地面は血の赤に染まっていた。

 とりあえず一つ目の獲物を仕留めることができた。他の二人の調子はどうだろうか。友達のことが気にかかるが、今は狩りに集中しないと。

 獣から矢を引き抜き、矢筒に戻す。さて、この仕留めた獲物はどうしよう。一回一回村まで戻っていては時間がかかるし、どこかに保管したとしても、その間に他の獣に奪われたりするかもしれない。

 まあ仕方ない。適当に腰のところに結んでおこう。そう思い立ち、獣に縄をかけようとした時だった。


「きゃあぁぁ~~!!」


 遠くから微かに悲鳴が聞こえた。あの声は、もしかしてミーナちゃん!?


「急がなきゃっ!」


 仕留めた獣を放り出し、わたしは悲鳴のした方へと必死に駆けた。

 わたしの向かう遠く先に、また小さく開けた場所があった。そこには怯えながら弓矢を構えるミーナちゃんと、低く唸り声を上げる中型の肉食獣の姿があった。


「こ、来ないでぇ!」


 迫り来る獣に、ミーナちゃんは矢を放った。鋭い音を放つ矢は、しかし獣にかわされ、遠くの木に突き刺さった。

 獣は攻撃されたことに怒ったのか、次の瞬間爪と牙を剥いてミーナちゃんに飛び掛った。


「やめろぉぉ~!」


 茂みから飛び出したわたしは、そのままの速度で獣の横っ腹に飛び蹴りを食らわした。しかし獣は全く平気なようで、空中で体勢を立て直し、わたしたちと向かい合った。

 わたしはミーナちゃんの前に庇うように立ち、弓矢を構える。さっきの様子を見て、こいつに弓矢は効かないとは分かっているが、無いよりかはましだ。


「リ、リーザちゃん……」


 背後から弱々しい声が聞こえる。彼女は相当弱っているようだ。


「ミーナちゃん、怪我は無い?」

「う、うん。リーザちゃんが助けれくれたから……」

「それは良かった」


 獣はわたしを警戒しているのか、中々襲ってはこない。けど、相手が諦めてくれない以上、ここからわたしたちが逃げることもできない。あぁ、もう。シヴくんはこんな時に一体どこで何をやってるのよ!?

 そう思った次の瞬間、獣の後ろの茂みから一つの影が飛び出した。シヴくんだ。


「うおぉぉ~!」


 シヴくんは獣に飛び掛り、その背中にナイフを突き刺した。

 獣は一瞬怯んだが、体を激しく震わしてシヴくんを振り払った。


「くっ、中々やるじゃねぇか。さぁ来い! お前の相手は俺だ!」


 大きな声を張り上げて自分に注意を向けさせようとする。彼の思い通り、獣は唸り声を上げながらシヴくんににじり寄りはじめた。獣のわき腹がこちらに向けられる。

 今だ! わたしはそう確信し、矢をやつの横っ腹めがけて放った。

 しかし、矢はむなしく空を貫いただけだった。獣は、わたしが矢を放ったのと同時に飛び上がり、シヴくんに襲い掛かったのだ。

 シヴくんは空に浮いた獣の喉笛めがけてナイフを振るう。しかし獣は身を捩ってそれをかわし、シヴくんの腕に噛み付いた。


「うぐっ、あぁっ!」


 シヴくんが痛みに悶える。獣は首を大きく振って彼を投げ飛ばした。

 彼は木に打ち付けられ、そのまま動かなくなった。致命傷ではないはず。多分気絶しているんだ。

 獣にもそれがわかるのだろう。やつは止めを刺さんと再びシヴくんに襲い掛かった。


「あぁっ、シヴくんっ!」

「シヴくんから離れろぉ!」


 ミーナちゃんが悲痛な叫び声を上げる。それと同時に、わたしは獣めがけて矢を放った。

 獣は再び飛び跳ねてそれをかわす。すると、やつは今度はわたしたちの方へ迫ってきた。


「な、なによ! わたしとやり合おうっての!?」


 わたしは精一杯の虚勢を張る。しかし、その声は自分でも可笑しいくらいに震えていた。

 新しい矢を番えようと矢筒に手をやる。その瞬間、獣がわたしに飛び掛った。


「リーザちゃんっ!」

「うっ!」


 突然のことに反応できなかったわたしは、そのまま獣の太い腕に殴られ、横に吹っ飛ばされた。

 服を貫通した奴の爪がわたしの腕を傷つけ、そこから血が流れ出る。その痛みに耐え、わたしは矢を構えようとする。しかし、矢筒に矢は入っていなかった。吹き飛ばされた衝撃であたりに散らばってしまったのだ。

 獣は無力なミーナちゃんではなく、わたしを先に仕留めることにしたようだ。ミーナちゃんに一瞥もくれることもなく、奴はわたしめがけて駆け出した。


 どうする? 矢は瞬時に放てない。腰に差したナイフを抜いている時間もない。このままわたしは、こいつに噛み殺されるのか?

 いやだ、そんなのはいやだ! 死にたくない! 来ないで! 来ないでぇ!


「こっちに、来ないでぇ!」


 わたしは叫びながら両手を前へ突き出した。

 その瞬間、わたしの目の前に一本の炎の柱が立ち上がった。

 獣はその炎に焼かれ、小型の獣のような鳴き声を上げながら地面の上をのたうちまわった。


 さっきの炎は、一体……? もしかして、わたしが出したのか?

 いや、そんなことより、今は獣を撃退することに専念しないと。今奴は自分の毛皮に点いた火を消そうと地面の上を転がっている。

 わたしは立ち上がり、ナイフを抜いて飛び掛った。しかし、既の所でかわされ、ナイフは地面に突き立てられた。

 獣はわたしたちから距離をとり、空に向かって大きく吠えた。何度も、何度も吠えた。

 獣がそのまま動かないので、ミーナちゃんはシヴくんへと駆け寄り、わたしは散らばった矢をかき集める。


「シヴくん、目を覚ましてっ! しっかりしてっ!」


 ミーナちゃんがシヴくんの頬を叩きながらそう呼びかける。しかし、返事は無い。


「大丈夫、気絶してるだけだよ」


 彼女を安心させるつもりでわたしはそう言ったが、どの道この状況から抜け出すことが出来なければ助かることはできない。一体どうすれば……?

 さっきまで天に吠え続けていた獣はようやく気が済んだのか、わたしたちと向かい合う。しかし、今度は中々襲い掛かってこなかった。その様子を見て、ミーナちゃんが口を開いた。


「……あの獣、どうしてじっとしてるんだろう……」

「分からない。けど、もしかしたら、さっき吠えてたのも意味があるのかも」

「意味って……?」


 その時、わたしの耳に微かに何かが届いた。これは……地鳴り?

 次第にそれは大きくなる。それだけじゃない。地鳴りと共に複数の唸り声が聞こえる。まさか、仲間を呼んだのか!?

 次の瞬間、茂みから多くの影が飛び出した。わたしの予想通り、目の前には同じ種の獣が何体も現れた。数は……全部で八体!


「う……そ……」


 わたしの後ろでミーナちゃんが絶望するのが分かった。

 あぁ、もうお終いだ。こんな獣の群れに勝てるわけない。さっきみたいに魔法が使えたら勝機はあったかもしれない。けど、それも多分無理だ。

 わたしは地面の上にへたり込んだ。


「うっ……こんなの、むりだよ……」


 わたしが弱音を吐くと、後ろでミーナちゃんが泣き出した。わたしも両目から涙が零れてきた。

 村のためになりたかった。大人達の助けになりたかった。その一心だった。

 でも、行動するべきじゃなかったんだ。自分の身すら守れない子供が、村の外に出るべきじゃなかったんだ。

 ごめんなさい、村のみなさん……。ごめんなさい、セレス先生……。

 わたしたちは、先に逝きます。ごめんなさい……。


 獣たちが一斉にわたしたちに飛び掛る。すべてが遅く、すべてが鮮明に見えた。

 あぁ、ここでわたしたちは死ぬんだ。あの爪に身を裂かれ、あの牙で喉を食い破られることだろう。

 わたしは瞳を閉じた。獣たちが襲い掛かってくる様を見るのは怖かったから。ただわたしは、獣達に殺されるのを待った。


 しかし、その時は来なかった。その代わりに、わたしの耳には激しい轟音と獣達の苦しむ声が届いた。

 突然のことに驚き、わたしは両目を開く。すると、目の前にはかつて獣だったであろうモノが転がっていた。どれも真っ黒に焦げており、ついさっきまでの面影は微塵もなかった。


「こ、これは……」


 目の前の光景に唖然としていると、わたしたちの前に誰かが舞い降りた。逆光で顔が見えないが、わたしにはそれが誰だか一瞬で分かった。

 ローブを身に纏い、一本の箒を携えた彼女は、セレス先生その人だった。


 ***


 それから程なくして意識を取り戻したシヴくんとわたしは先生から魔法による治療を受けた。傷跡一つ残ることは無かった。


「あの……ありがとう、魔女のねーちゃん」

「ありがとう、先生……」


 お礼を言うが、先生は何も言わなかった。

 先生はそのまま村のほうへ歩き出した。わたしたち三人は黙ってその後をついて行くしかなかった。

 村の南の防護壁の内側に入ると、先生はわたしたちに向かい合った。


「さぁ、説明してもらいましょうか。子供だけで南の森に入っちゃいけないことになってたわよね? どうしてその約束を破ったのかしら?」


 口調は優しかったが、わたしたちは逆にそれが怖かった。それに、村の約束を破り、その上先生の手を煩わせた。わたしたちには先生に合わせる顔が無かったのだ。

 わたしたち三人の中で、シヴくんが進み出て言った。


「俺たちで、食料を獲りに行ってたんだ。村の食料庫、ほとんど空だろ? 大人たちは忙しい中で居候たちの分の食い物を用意してる。俺たちはその助けがしたかったんだ」


 わたしたちは俯きながら、先生の言葉を待った。どのような言葉が出てくるのか、わたしは怯えながら待った。


「……どんな理由があったとしても、村の決まりを破ったことに変わりはない。それに、わたしが駆けつけるのか少しでも遅かったら、あなたたちは本当に死んでたのよ? もう、こんなことしちゃだめ。分かった?」

「……はい」


 予想通り、先生の言葉は厳しかった。ミーナちゃんは涙をこぼし、わたしとシヴくんは必死に耐えていた。


「でも……」


 先生が不意にしゃがみ、わたしたち三人を抱き寄せた。一瞬、何が起きたのか分からなかった。


「あなたたちのその気持ち、本当に嬉しいわ。ありがとう、三人とも……」

「ね、ねーちゃん……」

「せんせぇ……」


 そして、わたしとシヴくんも耐え切れずに泣いた。情けないほどに泣いた。

 わたしたちが泣き止むまでの間、先生は強く、強くわたしたちを抱きしめていてくれた。


 ***


 その夜、わたしとセラ先生は二人で静かに紅茶を飲んでいた。

 やっぱり、先生の紅茶はいつ飲んでも美味しい。わたしも、先生みたいに美味しい紅茶を淹れられるように勉強しようかな。

 それにしても、シヴくんとミーナちゃんは大丈夫かな。先生が大人たちに一言言ってくれたみたいだけど、二人とも両親からきつく叱られるに違いない。明日、二人ともヘコんでないといいけど。

 そういえば、わたしたちが群れの獣に襲われたとき、どうして先生が駆けつけてきてくれたんだろう。元から森に用があったわけでもなさそうなのに。


「ねぇ、先生。どうしてあの時、わたしたちが獣に襲われてるって分かったの?」


 思い切って訊いてみる。すると、先生は柔らかな口調で答えた。


「遠吠えが聞こえたのよ」

「遠吠え?」

「そう、あの種の獣が仲間を呼ぶための、ね。あれらが遠吠えで仲間を呼ぶ理由は二つ。一つは大きな獲物を狩るとき。もう一つは、恨みを持つ相手を殺すとき。


 あの森にあれより体の大きな獣も、あれに対抗できる獣もいない。だから、人が襲われてると思ったの。人なら多少はあれに対抗できるからね」


「そうなんだ……」


 恨みを持つ相手を殺すとき、か。その恨みの対象は、きっとわたしだ。わたしが魔法であの獣を焼いたから。……魔法?


「そうだよ! 魔法だよ!」

「きゅ、急にどうしたの? そんな大声上げて」


 忘れていた。とっても重要なことを。


「先生、わたし、魔法使えたの!」

「えっ? 魔法を?」

「そうそう、おっきな炎を出したの! あっ、そうだ。蝋燭、蝋燭~」


 遂に、遂にあの課題を終わらせる時が来たのだ。長かった、本当に。

 わたしは蝋燭を片手に、先生の手を引いて外へ出た。芝生の上に座り、目の前に蝋燭を据える。先生は半信半疑な顔でわたしを見守っている。


「むむむぅ~!」


 想像するんだ。あの時出した炎を。燃え盛る、獣を燃やすほどの炎を。


「むむむぅ~!」


 出来る。必ず出来る。今のわたしは確信に満ちている。


「むぅ!」

「っ!!」


 わたしの目の前に、小さな火が点った。あの時と比べ物にならない程に小さい火が一つ、目の前に浮いていた。わたしはそっとその火に指先を伸ばす。すると、その動きに沿って火も空中を泳いだのだ。指先を動かし、その火を蝋燭に先に付ける。すると、小さな火は一回り大きな火となって蝋燭の先に点った。

 わたしは興奮を前面に出し、先生に振り向いた。


「み、見た!?」

「え、えぇ。見たわ」


 先生も意外な光景を見たように驚いていた。


「ほら! 魔法! わたし魔法使えた!」

「そうね、使えたわね。良かったじゃない」

「先生もちゃんと見たよね!? 小さかったけど、ちゃんと魔法使えたんだよ!?」

「うふふっ、分かった分かった。分かったから、早く家の中に戻りましょう」


 夜闇の中、先生は家までわたしの手を引いていく。その後もずっと、わたしは魔法が使えたことに対する興奮は中々収まらなかった。その様子を、先生はちょっとウンザリした表情で見ていたけど、その目はとても優しかった。

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