第二話 医者になる 前編

 翌朝、わたしは小鳥たちのさえずりに目が覚めた。

 まだ頭がはっきりとしないままベッドの上で目を開くと、一体どこから入って来たのやら、梁の上に数羽の小鳥が留まっており、わたしを見下ろしていた。

 わたしがベッドから這い出ると、後を追うようにその小鳥たちも付いてきた。


「なあに? あんたたち、一体どうしたの?」


 そう呼びかけながら、人差し指を曲げて少し掲げる。すると、小鳥たちの中から一羽降りてきてわたしの指に留まった。その子はピヨピヨと何やら話しかけてくるが、残念ながらわたしは鳥語を習得してはいないのだ。


「あはは、ごめんね。君の言いたいこと、さっぱりわかんないや」


 小鳥を指に留めたまま、外の空気でも吸おうと窓を押し開ける。すると、目の前には小さな獣や鳥たちが群れを成していた。皆わたしの方を見つめてくる。その目は、どこか懇願しているかのように見えた。


「なに? あんたたち、もしかしてご飯が欲しいの?」


 わたしがそう問いかけると、動物たちは一斉に小さく鳴いた。どうやらわたしの予想は当たりらしい。


「はぁ~、人にご飯を貰ってるようじゃ、いざって時に生きていけないよ。全く、可愛いんだから……」


 わたしは棚の中から二つの革袋を取り出し、寝巻きのまま外へ出た。動物たちはすぐさまわたしのほうへと走り寄ってきた。

 しゃがんで手を前に出せば、小さな動物たちは皆わたしの手に体を摺り寄せてきた。それが堪らなく可愛いのだ。


「ほらほら、あせらない。さぁ、たぁんとお食べ~」


 革袋から種や果物を取り出し、それを動物たちにやった。わたしは目の前でおいしそうにご飯を頬張る動物たちをぼんやりと眺めながら、とても癒された気持ちになるのだった。

 小鳥は地面をつついて種を啄み、その隣では小動物が不器用に果物を持ちながらそれを齧っている。またその隣では、これまた幼女が果物を頬張っては満面の笑みを浮かべている。……幼女?


「って、あんたリーザじゃない。こんな朝っぱらからここで何やってるの」

「あさ?」


 リーザは小首を傾げながらも、果実を食べる手は止めない。


「何? もしかして、あんたもわたしから朝ごはんを貰いに来たってわけ?」


 わたしがそう質問を投げかけると、今度は首を横に振って言った。


「ちがうよ。これは朝ごはんじゃなくておやつだよ」

「おやつ? でも、まんだそんな時間じゃないでしょ。まだ朝じゃない」

「朝じゃないよ。もうお昼すぎてるよ」

「へ?」


 リーザは空を指差した。促されるままに、わたしは空を見上げる。すると、そこには頭上高くに輝く太陽があった。

 どうやら、わたしはすっかり寝坊してしまったようだ。昨日の重労働の疲れが、思いの外大きかったのだろう。


「おねーさん、今日はお寝坊さんなんだね」

「えぇ、そうね。今日のわたしはお寝坊さんだわ」


 わたしは、革袋から一つ果実を取り出し、それを齧る。わたしと森の動物たち、それに村の幼女とが集まった、少し愉快な昼食だった。


 ***


 昼食が終わり、小鳥や動物たちと戯れていると、リーザは突然立ち上がり、村の方へと歩き出した。

 わたしはその背中に呼びかけた。


「あれ? リーザ、どうしたの? もう村に帰っちゃうの?」


 すると、リーザは振り返ってこう答えた。


「うん、おくすりの時間だから」


 薬? もしかして、この子は何かの病気を抱えているのか? いや、とてもそうは見えない。さっきまでだって、森の仲間たちと元気そうに戯れていたのだ。


「ってことは、あんたって何か病気にでもかかってるの?」


 わたしはリーザに水を向けてみた。すると、この子はこう答えた。


「おくすりのむのはわたしじゃないよ。のむのはマナナおばさんだよ」


 マナナさん、か。その名前を聞いたわたしは、昨日のことを思い出した。

 挨拶して回ったなかに、ベッドにずっと横になっていた女性がいた。その人が言うには、どうも自分は体が弱く、こうしてベッドから中々抜け出せない生活を余儀なくされているのだそう。確か、その女性の名前がマナナといったはずだ。

 それにしても、どうしてこのような子供が薬を? まさか、この子がその薬を作っているのだろうか。


 途端にリーザに対して興味が湧いてきた。薬学に精通する身としては、この事態を放ってはおけないな。

 わたしも立ち上がり、リーザに向かって言った。


「わたしも行くわ。着替えてくるから、ちょっと待ってて」

「うん」


 わたしは家へ入るなり、寝巻きを脱ぎ捨て、いつものローブに身を包む。顔を洗い、長い髪を軽く梳かせば身支度は完了だ。


「お待たせ。じゃあ、行こうか」

「うん。あれ? 今日はあのヘンな帽子かぶらないんだね」


 リーザは、家から出てきたわたしを見るなりそう言った。

 確かに昨日はローブだけじゃなく魔女帽も被っていたが、あれはあくまで正装。いつもする格好じゃないのだ。

 ところで、そのヘンな帽子というのは、もしかしてわたしの自慢の魔女帽のことだろうか?


「失礼ね、あんた。あれはわたし自らの手で作ったのよ」

「へぇ~。でもでも、ヘンなものはヘンだもん」

「ぐっ、中々素直な性格してるじゃない。そういうの、わたしは嫌いじゃないよ」

「えへへ、ほめられちゃった」


 リーザはにこにこ顔になりながら、わたしに寄り添ってきた。それがあまりに可愛らしいものだったから、まあさっきのこの子の失言については不問ということにしてあげよう。


 ***


 わたしたちが村に着くと、リーザは真っ先にある建物へと向かって行った。少し大きめの、薬品のにおいを漂わせるその建物は、わたしが昨日村を回った中で、唯一入ることのできなかった家だった

 目的の家に着くと、リーザはスカートのポケットから鍵を取り出し、ドアの鍵穴に差し込んだ。


 ドアを開き、リーザはそそくさと建物の中へと入っていく。わたしも彼女の後を付いて行った。

 この家はどうやらわたしの予想通りのものであったらしい。壁沿いに並べられた棚には、ビン詰めの薬品がずらりと整列しており、広い空間には何床かのベッドが並べて置かれている。やはり、この家の家主は医者なのだろう。

 そして、この家の鍵を持っていたリーザは、この家の子供なのだろうか。それならば、この子マナナさんに薬を飲ませると言ったのも、幼いながらも親から調薬を学び、それを村人に施しているのだと考えればおかしくはない。


 そういえば、昨日村長が、リーザの親は今留守にしていると言っていた。この子の両親がこの村の医師ならば、たしかに、今現在医者がいないことも頷ける。

 なるほど、と一人で納得していると、目的の薬のビンを抱えたリーザが戻ってきた。


「おねーさん、おまたせー」

「うん、じゃあ行こうか」


 薬を抱えたリーザと共に、この家を後にした。


 ***


「それにしても、まだこんなに小さいのに薬を届けるなんて、あんたは偉い子ねぇ~」


 そう言いながら、わたしは隣を歩くリーザの頭を撫でた。すると、この子はなんとも嬉しそうなにこにこ顔を浮かべるのだった。


「えへへ、わたし偉い?」

「うん、偉いわよ~」

「じゃあじゃあ、もっとなでて~」

「うふふ、仕方ないわねぇ」


 少し荒っぽく頭を撫でてやる。髪の毛がくしゃくしゃとなりながらも、リーザはなんとも満足そうな表情を浮かべるのだった。

 そうこうしているうちに、マナナさんの住む家にたどり着いた。

 リーザの代わりにわたしがドアを叩く。すると、中からマナナさんではない、男の人の返事が聞こえた。

 ドアが内側から開かれる。そして、家の中から現れたのは村長だった。


「おぉ、リーザに、セレスさん」

「そんちょー、おくすりもってきたよー」

「ご苦労さん、リーザ」


 村長がそう言うと、リーザはさっさと家の奥へ消えていった。


「セレスさんも、どうぞ上がってください」

「はい。では、お邪魔します」


 村長の許しを得たところで、わたしもリーザの消えていったほうへと歩き始めた。

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