第2話

 追いつくのにどれくらいかかっただろう。かばんの目に飛び込んできたのは、うつ伏せに倒れた見たことのないフレンズと、その周囲に屈み込むヒグマたち。

「おい、怪我はないか? 起きれるか?」

「……う……」

「意識がはっきりしないみたいッス。ちょっとヤバいんじゃないですか、これ」

 リカオンの顔にやや焦りの色が浮かぶ。

 緊迫した空気を感じながらも、かばんは倒れたフレンズを見て眉根を寄せた。いったいなんのフレンズなんだろう?

 出会ったときのサーバルの言葉を思い出す。翼が生えていればトリの子、フードをかぶっていればヘビの子だ。だが、このフレンズはどちらにも当てはまらないように見える。

 特徴的なのは頭をすっぽりと覆うかぶり物。つやつやとした光沢のある黒色で、後頭部からは大きな尻尾のようなものが伸びている。尻尾は胴体を覆い尽くすほどに大きく、末端にいくと末広がりになっていた。

 そして被り物の左右からは薄い板のようなもの。ペパプさんたちの羽根に少し似てるかな、とかばんは思う。もしかしたら水辺の生き物だろうか。

 かばんは思い切って、左腕に巻きつけていたレンズへ声をかけた。

「あの、ラッキーさん。この人がなんのフレンズか、わかります?」

 声に反応するかのように、レンズが緑色に明滅する。

『アレハ クジラノ フレンズ ダネ』

「しゃべったぁっ!?」

 無機質な声に、ヒグマたちが揃って驚きの声をあげた。

「び、びっくりした……ボス、そんなになっても喋れたんだったな……」

「ヤバいッスね……」

 ひそひそと話し合うヒグマたちを見て、かばんは苦笑した。

 ラッキービースト。フレンズたちからはボスと呼ばれるその存在は、これまでかばんたちの旅を確実にサポートしてきた。

 巨大セルリアン騒動の末に体を失ってしまったものの、こうしてレンズを通して会話ができる。仕組みはかばんにもまったくわからない。ちょっと聞いてみたことがあるのだが、まるで理解できなかったのだ。

 それはともかく。

「クジラ……それって、どんな動物なんですか?」

「海ノ中デ 暮ラス 大型ノ 哺乳類ダヨ。トテモ 大キイノデ 自力デ 陸ニ 上ガル コトガ デキナインダ」

 ラッキービーストの説明に、フレンズたちが顔を見合わせる。

「なるほど。海の中で暮らしてるんなら、あたしたちが知らないわけだ」

「おっきいって、どれくらいおっきいんスかね?インドゾウさんよりも?」

「……フレンズになったあとも、陸地に上がることはできないのかしら」

 キンシコウの言葉を聞いて、ヒグマとリカオンが同時に口を閉じた。そして勢いよくかばんに視線を向ける。

 かばんは慌ててラッキービーストに声をかける。どういうわけか、ラッキービーストは基本的にはかばんの言葉にしか反応を返さない。なので、気になることは自分が橋渡しして尋ねる必要がある。

「その、ラッキーさん。もしクジラさんがフレンズになっても、陸地には」

「ソレハ 問題ナイヨ。フレンズ化ニ ヨッテ サイズガ 小サク ナルカラネ」

「そうなんですか!? よかったぁ……」

「じゃあ、なんでこいつ倒れたまんまなんだ?」

 ホッと一息つくかばんに、ヒグマがさらに質問を投げかけた。

 かばんはラッキービーストを見やる。すぐに反応が返ってきた。

「フレンズ化シテ 間モナイト 自分ノ 足デ 立ツ 感覚ガ ワカラナイ ノカモ」

「……クジラさんには元々足がないんですか?」

「ナイヨ。尾ビレヲ 使ッテ 海ノ中ヲ 泳イデ 移動スルンダ」

「へぇー……」

 かばんは倒れたままのフレンズ(推定クジラ)の尻尾を見つめる。あの大きな尻尾は、泳ぐために使うものなのか。

「だとすると……一度海の中に戻してあげれば、少なくとも元気になるんじゃないでしょうか」

「試してみる価値はありそうだな」

 腕まくりをしたヒグマが、クジラを持ち上げようとした。クジラの体が少しだけ持ち上がり、すぐ元どおりになった。

 キンシコウが首をかしげる。

「……どうしたの?」

「い、いや。なんか……ふんっ!」

 再びヒグマがクジラを持ち上げようとする。その瞳に神秘的な輝きが灯った。彼女なりの全力だろう。

 が、クジラは持ち上がらない。

「……だっ、ダメだ! 重すぎて持ち上がらないぞ!? リカオン、キンシコウ! ちょっと手伝ってくれ!」

「は、はいっ!」

「了解ッス!」

 慌てて駆け寄ったキンシコウたちが、協力してクジラを動かそうとする。

しかし、三人がかりでもその体を少し持ち上げるだけで精いっぱいのようだった。

「ラッキーさん、クジラって、そんなに」

「重イヨ。フレンズ化シテモ、影響ガ 残ッテルノカモネ」

「えぇ~っ……!?」

 改めてかばんはクジラのフレンズを観察する。確かに、ヒグマたちと比べても頭二つ分は大きい。とにかく元の姿が巨大だったのだろうことは想像できる。

しかし、だとしたら、どうしよう?

 かばんは小さく唸りながら砂浜を見渡す。ところどころに流木や、船の残骸と思しき板が転がっていた。

 それを見て、考える。そして。

「……あの! こういうの、どうでしょう!」




 かばんのアイデアを実現させるまでにかかった時間はごくわずか。リカオンやキンシコウが手際よく必要な材料を集めてくれたためだ。

 まず、なるべくまっすぐで歪みのない木の棒を何本か。それを砂浜に敷き、その上に板を乗せる。

 そして。

「……せー、のっ!」

 ヒグマたちが渾身の力で、板の上にクジラを乗せた。

「これでいいのか、かばん?」

「はい! あとはこう、板を棒の上でずらして」

 と、かばんは実演してみせる。ゆっくりと板は棒の上を滑っていった。目論見通り。

「……ある程度までいったら、後ろの棒を前に継ぎ足していくんです。こうすれば持ち上げなくても、海まで運べるはず!」

「よーし、実践だ! リカオン、板をずらすの手伝ってくれ! キンシコウは棒を頼む!」

「了解!」

 ヒグマの号令と同時に、セルリアンハンターたちが動きだした。

 かばんが目を見張るほどの速度で、クジラを乗せた板は海へと向かっていく。 セルリアンとの戦いで培ったチームワークのなせる技、だろうか。

 そんなことを考えているうちに、ヒグマたちは波打ち際へ到達し、

「そーれっ!」

 クジラを板ごと海の中へと放り込んだ。投げ出されたクジラが水中へ沈んでいく。白い泡が水面で弾けた。

「……投げこんじゃったけど、これやりすぎてないかな……?」

「ど、どうなんでしょう」

 ヒグマの隣に並んだかばんは、水中に目を凝らす。白い泡はいまだ弾けている。

 見ているうちに、泡の数がだんだんと多くなってきた。弾ける泡のために水面が白く染まる。

 かばんたちが無意識に後ずさったのとほぼ同時、水面がまるで柱のように噴き上がった。

「うわーっ!?」

 あまりの勢いに、かばんたちは背を向けて逃げ出そうと、

「ま、待ってくださいぃ~……」

 したところ、背後からかかったか細い声にその足を止める。

 おそるおそる振り向くと、そこにいたのはあのクジラのフレンズだ。水面から上半身だけを出し、こちらを見つめている。

「あの、別に今のは、脅かそうとしたわけでは……ただちょっと、その、深呼吸をしただけで! はい!」

「深呼吸でどうなったらああなるんだよ……」

 踵を返したヒグマが、呆れたように呟いた。かばんもほっと一息つく。少なくとも、手荒に海へ投げ込まれて怒っているという様子ではない。

 クジラが不思議そうにヒグマを見つめた。

 そのまま奇妙な沈黙が広がる。

「……あ、あのう」

 おずおずと、クジラが口を開く。大きな体に似合わぬ、か細くて高い声。

「もしかして、あなたたち……その……私の声が、聞こえてる?」

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