うみべ
鹿奈 しかな
第1話
◇うみべ
その日、かばんは一人で海まで来ていた。いつも一緒にいるはずのサーバルがどこかへでかけてしまっているためだ。
『ごめんね! 今日、他の子と会う約束なんだ!』
と、とても申し訳なさそうな様子だったのが印象深い。誰と会っているのかな、とかばんは思いを巡らせてみる。いつか自分も紹介してくれるのだろうか。
彼女は海を眺める。太陽の光を受け、きらきらと輝く水面が果てしなく広がっている。あの向こうに自分と同じヒトが暮らす地方があるのだろうか。どうしても考えはそこにいってしまう。
海風に帽子がさらわれないよう片手で押さえながら、かばんは水平線の向こうを眺め続けていた。
どれくらいそうしていただろう。
「あれ、かばんさん?」
「ひゃっ!?」
唐突に背後から声をかけられ、かばんは飛び上がりそうになる。慌てて振り向くと、そこには見知った顔があった。
「き……キンシコウさん?」
「こんにちは。ごめんなさい、驚かせちゃいました?」
「す、少しだけ」
いたずらっぽく微笑んで見せたのはキンシコウ。セルリアンハンターの一人である。
かばんはこっそり安堵のため息をつき、続いて首をかしげた。
「どうしてここに? なにかあったんですか?」
「いいえ。強いて言えば、なにもないことを見にきたの」
「え?」
「ほら、あの大型セルリアン騒ぎがあったあとでしょう? 他にもセルリアンがいないか、念のため見回りしてたんです。ヒグマさんたちも近くにいますよ」
説明を受け、かばんは納得する。セルリアン……正体はよくわからないものの、フレンズを襲う存在。あの黒いやつほど大きなものではなくても、近くに残っていたら大変だ。
そう思うと同時、今日は側にサーバルがいないことを思い出した。
「ところで、サーバルさんは?」
ちょうど向こうも同じことを考えていたのか、キンシコウが不思議そうに問いかけてくる。
「えっと、他のフレンズさんと会いに行く予定があるからって」
「……ああ、なるほど。うんうん」
なにやら納得した様子のキンシコウは、すぐに厳しい表情をこちらに向けてきた。
「だとしたら、今は一人なんですね? 万が一、セルリアンに遭遇したら危ないですよ」
「そ、そうですね。今気がつきました……」
「もう……わかりました。サーバルさんが戻ってくるまで、私たちと一緒に行動しましょう。構いませんか?」
キンシコウのお誘いに、かばんは迷わず首を縦に振った。
ざくざくと砂浜を踏みしめ歩く。
かばんはキンシコウに導かれるがままに残りのセルリアンハンター……ヒグマにリカオンと合流し、海辺の見回りを行なっていた。
「よく見ると、ずいぶんいろんなものが流れ着いてるんですね」
他のハンターたちに倣い、周囲を見渡していたかばんはふと呟く。砂浜に転々と打ち上げられている木材やなにかの破片に改めて気づかされたのだ。
「わりとよくあるっスよ、こういうの」
小走りでかばんの隣に合流してきたリカオンが言う。
「どこからともなく枯木が流れ着いてくるんスよね。考えてみれば不思議なことっス。今日はけっこう数が多い気がするけど……」
「船の残骸だろうな」
ぼそり、と口を挟んできたのは先頭を行くヒグマ。彼女は振り向かぬままに言葉を続ける。
「あの大型セルリアン退治では、その……派手に火をつけてたから。そのせいだろう」
「なるほど……」
その答えにかばんは納得する。そして少しの沈黙。
不意にヒグマが足を止め、振り向いた。
「……ごめんな。あれ、島の外に行くのに必要だったんだろ」
「え? い、いいんですよ! あのときはジャパリパークを守ることのほうが大事だったし……それに、島の外に行く方法はこれから考えていけばいいんです」
かばんは本心からそう言った。
そして存外に申し訳なさそうにしているヒグマに、別の話題をぶつけることにする。
「けど、ヒグマさんは真面目ですよね。こんなにしっかり見回りするなんて」
「あー……真面目というかなんというか……」
その言葉に、ヒグマがやや気まずげに視線を逸らした。
きょとんとするかばんの耳元で、キンシコウが囁く。
「ヒグマさん、最近博士たちに目をつけられたらしくて。仕事が忙しいからって理由でごまかしてるんですよ」
「博士たちに?」
思わず首を傾げてしまう。なにかあったのだろうか。
その様子を見てとったか、ヒグマが渋々と言った様子で口を開く。
「ほら、この前の巨大セルリアン退治のとき、あれ使ったろ? 火」
「ああ、はい」
「なんか、あたしがあれ怖くないのが珍しいらしくてさ。やれ『図書館に来るのです』だの、やれ『りょうりを作ってみるのです』だのうるさくて。なんだよりょうりって……知らねーよ……あたしだってヒマじゃないんだぞ……」
最後の方はほとんど愚痴である。
かばんは思わず苦笑いした。同時に、ちょっとだけ申し訳なさを覚える。博士たちに料理の魅力を教えたのは自分だからだ。
「あ、あはは……でも、なんでヒグマさんに頼むんでしょう? 料理ならぼくに声をかけてくれればいいのに」
「そりゃあれだろ。かばんも近いうちに」
「ヒグマさん!」
突然のリカオンの大声に、ヒグマの言葉はかき消された。
かばんは思わずまじまじとリカオンを見つめる。
「ど、どうしたんですか? 急に」
「えっ? いや、そのー……ヒグマさんが、こう、いろいろと」
なんだかよくわからない答えに、かばんは目をパチクリさせた。
一方、ヒグマはといえば、しまったとでも言いたげな顔。そのうえで自らの口を自分の両手で塞いでいる。
かばんはさらに首をひねった。変なことは言ってなかったような気がするけど。
はあ、と隣で溜息がする。どこか呆れた様子のキンシコウだった。
「……近いうちに、かばんさんのためのパーティがあるでしょう? 博士たち、そのときにもりょうりを出したいみたいなんです。けど、主役のかばんさんにそんなことを頼むわけにもいかないですし。だから、ヒグマさんに声がかかったんだと思います。……そう言いたかったんですよね? ヒグマさん?」
「そ、そうそう! さすがキンシコウだな! あたしの言いたかったことがよくわかってるよ!」
「ええ、そうでしょうとも」
溜息交じりのキンシコウの言葉に、ヒグマが身を縮こまらせた。心なし、かばんにはそう見えた。
どちらにせよ、仲が良さそうでなによりではある。
「博士たちもそこまで気を使ってくれなくても……でも、たしかに。一回くらい、誰かが作ってくれた料理を食べる側になりたいかも」
「む」
ヒグマが小さく呻く。リカオンとキンシコウが一瞬顔を見合わせた。
「そっスね。おれもヒグマさんのりょうり、食べてみたいっス」
「ふふ、楽しみにしてますね。ヒグマさん?」
「お前らなあ……」
頭を抱えてしまうヒグマ。それを見たかばんは思わず吹き出してしまう。
和やかな笑い声が辺りに響いた。
しかしそのとき、リカオンの耳がぴくりと動く。
「……ん? ちょっとすいません、静かに」
「どうかしたか?」
「今、なんか声が聞こえた気がするんスよ」
その答えに、ヒグマの表情が引き締まる。一同は揃って耳をすませた。それから間もなく。
「…………だれかぁ〜〜…………」
か細い声がどこからともなく響いてきた。かばんの耳にもしっかりと届いている。
「あれか。リカオン、それ以外の物音はないよな?」
「えっと……そうっスね。セルリアンとかが近くにいるわけではないはず」
「それでも放っておくわけにはいきません。行ってみましょう」
キンシコウの一声にヒグマたちが頷き、駆け出す。
速い。思わずかばんは目を見張っていた。が、少しして気づく。このままでは置いてかれる。
「ま、待って」
「大丈夫ですよ。私が一緒に行きます。とりあえず、あの二人に任せておけば安心です」
キンシコウの声で、少しばかり冷静さが戻ってくる。かばんは自分なりの全力でヒグマたちの後を追いかけた。
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