log.7 訓練

 晴れて予備自衛官補として採用された三國は、予備自衛官になるために教育訓練を受ける事となった。予備自衛官補は、身分は非常勤の国家公務員のような形で、その分の手当も支給される。

 休暇という形で下船した三國は、教育訓練を行うために横須賀へと移動した。横須賀は古来より軍港の街として栄えた名残もあり、現在も海上自衛隊や在日米海軍の基地などが置かれ、海沿いには鼠色の船体が随所に眺められた。

 バスを降り、閑散とした道を歩いていると、海沿いに面した建物が見えた。三國が世話になる海上自衛隊横須賀教育隊の隊舎であった。

 三國はここで五日間を予備自衛官補として過ごす。

 本来なら第一段階、第二段階などと経て、その中に組み込まれたスケジュールの内に様々な教育訓練を受けるのだが、三國のような船員枠の予備自衛官補は特別な日程によって訓練を受ける予定となっていた。

 隊舎に入ると、既に三國と同じ訓練を受ける他の予備自衛官補でいっぱいだった。各々が荷物を置き、本職の自衛官らしき人と手続きのような事をしている。三國もすぐにそれに倣い、その輪に加わった。

 「船員枠の三國誠也です。よろしくお願いします」

 「はい、よろしくお願いします。今日から頑張ってね」

 まるで何かのイベントに来たかのような感覚だ。完全に自分がお客さんである。

 すごく人の良さそうな自衛官との間で挨拶と簡単な手続きを済ませると、今度は紺色の作業服と生活用品が詰まった洗面器を渡された。

 そこからはテキパキと次へ、次へと進む。受け取った作業服を着こみ、格好だけは完全に海上自衛官となると、健康診断を受ける。

 「船員手帳の健康診断じゃ駄目? 受けたばっかなんだけど」

 「当然です。決まりなので」

 勿論、言ってみただけだ。それに船員手帳なんてこんな所に持ち込んでいるはずもない。

 健康診断を受けている最中、三國は周囲の人々を見渡した。小耳に挟んだ話では、検査で訓練に耐えられないと判断された者はここで帰される事もあるとの事。

 確かに周りの顔ぶれを見ると、若者から三國よりはるかに年上の者まで、様々な年齢が見られた。今回の訓練では、三國のような船員枠以外にも、一般の技術公募で採用された予備自衛官補も一緒に集まっていた。資格によっては五十代後半まで対象範囲なので、実際に若年から壮年まで幅広い年齢層であった。

 ――この人たちも、予備自衛官になろうと思ってここへ来たのだ。

 どこにでもいる大学生のような見た目の若者、自分と歳が近そうなおっさんから、格闘技でもやっていそうな体格の良い者、定年間近に見える者など、本当に色々な人が居た。

 普通にそこらへんにいるような様々な人間が、自衛隊の作業服を着ている姿はどこか不思議な光景だった。

 その中に自分も含まれているのだが。

 健康診断の後は、開始式だ。『予備自衛官補訓練開始式』と書かれた看板が据えられた体育館に入り整列する。

 壇上にはテレビなどで見た事のある海自の制服を着た――横須賀教育隊司令と告げられた人物が、整列する大勢の予備自衛官補たちの前に立った。

 「横須賀にようこそ。先ず、諸官においては、遠方より休日を返上しての訓練参加に心より敬意を表する」

 予備自衛官補の教育訓練は横須賀と決まっているらしく、三國のように遠方からはるばる足を運んだ者は多かった。

 ちなみに予備自衛官に任用後も、この横須賀教育隊で訓練が行われるらしい。

 「諸官が目指す予備自衛官とは、前線を支える唯一無二の存在である。特に近年の災害派遣活動においては招集された予備自衛官の活躍から、その存在価値は確実に高いものとなっている。後方支援という任務に就く予備自衛官としての資格をここにいる全員が得、国民の負託に応える事を期待する」

 司令の訓示が終わり、「敬礼!」という合図の声と、予備自衛官補たちの一糸乱れぬ敬礼から鳴り響く音に、不思議な高揚感が生まれる。

 本当に自衛隊に来たのだと、初めて実感する瞬間だった。



 開始式の後は、全員が寝泊まりする事になる隊舎への移動となった。ここで制服・作業服の手入れや靴磨き、ベッドメイク等を教わり、それぞれの部屋へ。もちろん、部屋は相部屋だ。

 どことなく学校の寮で過ごした学生時代を思い出すような殺風景な部屋と幾つものベッドの前で、相部屋となったルームメイトたちと挨拶を交わす。

 「初めまして。三國と言います」

 「初めまして、立花です。三國さんも船員枠ですよね?」

 その一人、三國と同世代のような外観をした男が訊ねてきた。健康診断の際に三國の後ろに並んでいたらしく、その時に三國の冗談を聞いていたらしい。

 三國が肯定すると、男は気の優しそうな笑みを浮かべた。

 「僕もなんですよ。実は、『いずも丸』に乗っていまして」

 「あっ、会社の方でしたか。これはこれは……」

 目の前にいる彼は、ノアズアークジャパンの船員であった。

 『いずも丸』は、同社が保有するもう一隻の船だ。

 そもそも防衛省と契約を結んでいる民間の船は同社が保有する二隻だけなので、ここに来るのはその二隻の船員のみなのだ。

 「自分は『かしはら丸』のチョッサーをやっております」

 「おお、そうでしたか」

 「立花さんは?」

 「僕は機関士です。同じく、ファーストです。ここには船長、機関長、二機士セコンジャー一航士チョッサーと来とります」

 今回の訓練には、『かしはら丸』『いずも丸』から合わせて15人ほどの船員が参加していた。残りの船員は順次交代し、徐々に全員を訓練に参加させ予備自衛官にする予定のようだった。

 「この人が機関長です」

 「えっ!」

 三國はベッドで腰掛けている初老の男性を見た。健康診断の時に見渡した中で、最も最高齢だろうと見た人物だった。よく見ると、白髪と皺がますます年老いて見える。

 「どうも、機関長の糸沼です。こんなジジイですが五日間よろしくの。まぁ、こんな老いぼれが耐えられるかわからんが」

 「何言ってるんですか。こう見えて、機関長は身体がすごいんですよ。健康診断の時も、自衛官の人が驚いてたじゃないですか」

 「そ、そうなんですか……」

 失礼ながら顔は完全に老けて見えるが、確かに体つきは意外とガッシリしており、もしかしたら今回参加したメンバーの中では一番自衛官に近い身体なのかもしれない。

 「むしろ僕の方が不安です。完全に運動不足ですから、自衛隊の訓練に耐えられるのかなって」

 「それは自分も同じですよ」

 いい年したおっさんらしい会話に、三國は可笑しく思った。ここは自衛隊でも、ここにいる人達は本当にただの民間人なのだ。

 「それでも、自分で決めてここに来たわけですから、頑張るしかないですけどね」

 「仰る通りです」

 同意するようにうんうんと頷く立花と言葉を交わしながら、三國は改めてここに来た決意と選択を確認し、そして今後に期待感を膨らませた。先程の立花が言っていた不安は、三國もないわけではない。

 だが、些細と言えばそうでもあった。自分が選んだ結果に対する作用への楽しみの方が遥かに大きかった。

 「大丈夫だ」

 その声に、二人は驚いて同時に視線を向けた。

 ベッドに腰掛けた糸沼機関長が、ニンマリとした笑みを浮かべていた。

 「お前達なら、立派にやり遂げられる」

 それは二人のやり取りを見ていた糸沼の、純粋な本音だった。

 二人は顔を見合わせる。

 不思議と、不安は綺麗さっぱり無くなっていた。



 青空の下、肌寒い秋風が吹く中、三國は手元に納まるゴツゴツとした黒い存在に意識を吸い寄せられていた。

 それは正に、式の時以上にザ・自衛隊と実感させるモノ。

 「これが、銃……」

 言葉の重みに比べても、拍子抜けしそうな程に、それは軽い。

 しかしそれは引き鉄を引けば、一発で人間を殺す事のできる代物。

 兵士である自衛官が、持つにふさわしい武器である。

 「正確には64式自動小銃だよ。海自の主力小銃であり、その名の通りに1964年に正式採用された。本来最初にこの小銃を導入した陸自は現在、89式小銃を主力として使用している事から、陸自からのおさがり品とも言えるな」

 三國の隣にいた男が、どこか誇らしげに説明する。刈り上げた頭が自衛官らしいが、知識としてもこっち方面は詳しいらしい。彼もまたこの訓練に参加した船員の予備自衛官補だった。

 というか、三國の同僚であった。『かしはら丸』の二等航海士で、山寺という名前である。

 「ミリタリー、好きだったけ」

 「大好きだ。今、俺は、この会社に入って本当に良かったと思っている」

 感動を噛み締めるような表情を仰ぐ同僚に、三國は思わず苦笑した。

 他の予備自衛官補にも、彼のような人間も実際に多かった。

 中には「右寄り?」と思わせぶりな事を熱く語っている者もいたぐらいだ。

 そういった人間は、特に楽しそうであった。

 「明日は実際に弾を込めて射撃をしてもらうので、今日は簡単に扱い方と調整を教えるのでよく聞くように」

 警備科隊員が教官となり、予備自衛官補たちは初めて渡された小銃の扱い方を教わり、その調整を実施した。銃を生まれて初めて触り、緊張した者もいたが、やはり小銃もまた物は物なので、その扱い方を教わればすぐに慣れていった。

 初日はこれで終了し、予備自衛官補たちは隊舎へと戻り、自由時間となった。夕食を隊員たちが利用する大食堂で済ませ、これまた広い風呂で入浴をして心身を癒し、22時に消灯という就寝の時点から規則正しい自衛隊生活がスタートしていた。

 


 そして二日目から地獄の日々が待っている事など、この時誰も思いもしなかったのだった。






 朝、うるさいラッパの音で叩き起こされる。

 彼らは鳴り響くラッパの音に急かされるように、足早に着替えを済ませる。

 そして朝一から外まで走らされ、整列。

 教官、班長たちの怒声で一日が始まる。

 「遅い! チンタラするんじゃねえ!」

 30、40代以降が大半の連中に、酷な話である。

 しかしこれが自衛隊なのだ。

 昨日まで民間人だろうが、もはや関係ないのだ。

 自分達は予備自衛官補。予備役の兵士にも至らない、半人前にもなっていない無価値な存在なのである。

 朝の点呼が終われば、隊舎に戻ってベッドメイキングと朝食である。えらい所に来てしまったと思いながら食べる者、朝から食事が色々な意味で喉を通らない者、むしろ食欲が増している者、普段通りの者、様々だった。

 ちなみに三國は――

 「眠い……」

 ただひたすらに、眠かった。

 「流石に朝一から走る元気はないわ。やばかった……」

 普段の生活は昼夜の関係ない船員故に、何時に寝て起きようが慣れていると思っていた三國だったが、叩き起こされて走るのはまた別問題で、想像する以上に辛いものだった。

 「大丈夫ですか?」

 三國の前で、朝食の白米を口に運んでいるのは同部屋の立花だ。

 彼もまた朝の洗礼にこっぴどくやられた一人だった。

 「立花さんこそ、ケツ蹴られてましたけど」

 「いや、恥ずかしい。まさかこの年で尻を蹴られるなんて思いもしませんでしたよ」

 そう言って、立花は笑った。

 彼は三國たちの班の中で一番遅く出てきた挙句、隊舎の前で転んでしまったのである。おかげで、なかなか起き上がれなかった立花は班長に尻を蹴られる羽目になった。

 「本当にここは自衛隊なんですね」

 尻を蹴られてそれを実感するのも可笑しな話だが、確かにこんな体験は普通じゃできない。

 「軍隊じゃ、軍隊」

 横から言葉を加えたのは、皺だらけの顔を更にクシャクシャにさせた糸沼だった。既に大盛で盛っていたはずのご飯も半分以上が無くなっていた。

 「ここは正真正銘の軍隊じゃ。儂らがなろうとしているのは、兵士なんだよ」

 「兵士……」

 不思議だった。

 予備自衛官と兵士。

 呼び方が違うだけで、まるで中身が違うような錯覚を覚える。

 「外国じゃ儂らがなろうとしているのは予備役の軍人、兵士だよ。これもまた立派な兵士じゃ。昔の日本にもあった」

 そもそも、と糸沼が続ける。

 「昔も船員は有事の際に海軍軍人として戦えるように教育されとったんじゃ。海軍だろうが、商船だろうが、船乗りというもんは一つだった。今と違ってな」

 おや、どうやらこの人もそちらの方面に詳しいお人のようだ。

 その証拠に、ミリタリー愛好家の二等航海士が喰い付いた。

 「海軍予備員ですね! 主に昔の商船学校生徒がなっていた!」

 「海軍予備員?」

 立花の疑問符を含めた復唱に、山寺が答える。

 「戦前に存在した海軍予備員制度ですよ。軍務を経験した予備役の海軍軍人と違って、一度も現役として軍務に服する事のなかった民間の船員が予備役として認められたものですね」

 「へぇ、その点はなんだか自分達予備自衛官補に似てるな」

 「今も昔も船員は島国の日本には欠かせない存在だったし、旧海軍にしても必要な制度だったんですよ。特に当時は民間の大型船舶と海軍艦艇の操艦技術・技能は近かったから、余計に重宝されてたんです」

 「そういった意味では、むしろ昔の方が重要だね。ウチらの含めて、こういう制度って」

 「国を繁栄させるにしても守るにしても、船乗りが必要なのは今も昔も変わりません」

 「なるほどね」

 「現代でも海外じゃイギリスにも似たような制度があるんですけどねぇ。日本は遅れてますよ」

 「そこは仕方ないんじゃないかな。国の事情もあるだろう」

 「いや、おかしいですよ。もっと考えるべきですよ、この国は!」

 「わかったわかった。落ち着けって」

 一人で勝手に熱くなり始めた山寺を抑える立花の二人を尻目に、三國は糸沼に問いかけた。

 「糸沼さんは、この制度はやっぱり必要だと思いますか?」

 朝食を口に運んでいた糸沼の動きが止まる。ここに志願して来た者には愚問かもしれないが、三國は聞いておきたくて仕方がなかった。

 お椀を置いた糸沼が、口を開く。

 「この国は国が始まった時から海に囲まれ、どんな乗り物よりも一番早く、そして長く使ってきたものが船だ。その海と船で生きる船乗りは、いつだってこの国に必要だ。船乗りがいなくちゃこの国は生きられないように、船乗りもこの国がなくちゃ生きられない」

 「………………」

 「儂はそう思う。そして、ここに来た。それが答えで良いかね?」

 「はい、十分です」

 本当に愚問だった。三國は心の底からそう思った。

 糸沼は、そんな三國に白い歯を見せる。

 「ま、せいぜいお互い頑張ろう。たった五日間だ。あっという間さ」

 最後にそう言い残し、糸沼はトレイを持って席を立った。その背中はたくましかった。

 「そういえば今日はいよいよ撃つね」

 「それ。超楽しみ」

 「なんか危ないな、お前。ていうか、海自なのに銃を撃つのかって思うんだけど」

 「何言ってるんすか。射撃は兵士の基本ですよ?」

 二人の会話に、三國は思い出す。

 この後は遂に本物の銃を撃つ訓練だった。



 射撃訓練は、まず徒歩での移動から始まった。

 しかも歩くと言っても、普段歩き慣れていない者には少々キツい程の距離だった。横須賀教育隊の近隣には陸自の駐屯地があるのだが、そこの射撃場で訓練をする。射撃場までの移動距離は、それなりに大きい船の全長と同じくらいだった。

 射撃場はまるで密閉された箱のような空間で、扉も分厚くて厳重だった。中へ入ると、コンクリート製の壁と天井、そして駄々広い空間が迎える。遠くに的があったが、まさかあそこに向かって撃つのかと思うと、当たる気がしない。

 「これから班長が射撃を行うので、よく見ておけ」

 そう言って、まずは班長が手本を見せた。

 三國たちの前に銃を持って現れたのは、朝の点呼で立花の尻を蹴った班長だった。

 三國は、射撃の姿勢で構える班長の姿を見詰めた。

 さすがプロの自衛官。サマになっている、と馬鹿な事を頭の中で考えていると、ドン、と重たい音が肺にまで伝わってきた。しかし弾は飛ばず、空砲だった。続け様に三回ほど射撃が行われると、次に見学していた予備自衛官補たちに声が掛かった。

 「次はお前達だ。射撃用意」

 射撃を終えた班長が予備自衛官補たちに指示を与える。三國たちは言われた通りに射撃の姿勢を取った。

 うつ伏せに近い状態になると、頬をべったりと銃に着け、ガッシリと固定して構える。他の者が無意識に足を閉じていると、「開け!」と班長から足を蹴られていた。

 的を見る。いや、観る、という感覚に近かった。それぐらい頭が真っ白になって、現実離れしたような違和感を覚える。

 「射撃ヨーイ。 ッ!」

 班長の合図に従い、ババン、バン、と、一斉に、もしくは次々と空砲の音が鳴り響く。

 撃った瞬間、三國は頬から頭を貫くような物凄い衝撃に襲われた。

 「(な、なんだこれ……! すげぇ衝撃なんだけど!)」

 歯全体が軋むような衝撃だった。思わず、折れていないか心配になる。

 そして何より、音がまた凄い。

 班長が撃っていた時よりも、直接鼓膜に響いて脳が震えた。

 こんなの本当に慣れるのか。

 「(だけど……)」

 身体に染み渡る痺れる感覚。

 それは、射撃の衝撃だけではなかった。

 「誰だ、白い歯見せてんのはっ!」

 「………………」

 空砲の次はもちろん、実弾射撃だった。これも班長が展示として手本を見せ、またしても予備自衛官補たちにその腕を見せ付けた。実弾なので当然だが、撃てば弾が飛び、的に当たれば、その証が確認できた。

 短くも濃かった射撃訓練は終わり、三國たちは自分達が撃った弾を拾いに的の前へ移動した。

 「おい、見ろよこれ……」

 「ああ……」

 班長たちにバレないよう、こっそりとざわつく者たちもいる。

 しかし、そうしたくなるのは三國も理解できた。

 撃つ前はあれだけはしゃいでいた山寺でさえ、緊張した表情を浮かべている。

 三國は、それを拾い上げた。

 眼前に手を近付ける。

 その指の間には、熱せられて変形したかのようにグニャリと曲がった銃弾があった。装填する前は先端が尖っていた銃弾は、まるで鉄屑のような姿になり果てていた。

 それを見て、想像してしまう。

 こんなものが、もし、人に当たったら。

 おそらくこの時、誰もが三國と同じ想像を浮かべていたのだろう。

 撃った弾を回収し終え、隊舎に帰るまで、重い空気の下で誰もが口を閉ざしたままであった。



 二日目の射撃訓練は、予備自衛官補たちの想像を超える訓練となった。

 その日の夜、その事が話題に挙がるのは必然と言って良かった。

 「凄かったな、今日の訓練」

 「本当にこの手で本物の銃を撃ったんですよね」

 作業服のアイロン掛けなどを行う部屋で、三國は立花、山寺、糸沼など、他の部屋にいた船員たちも囲い、射撃訓練に関して話した。隊舎への帰り道では誰もが無言だったが、やはり皆も思う所はあったようだった。

 「ここはやっぱり、自衛隊なんですね」

 「俺達って、本当に自衛官になろうとしているんだなぁ……」

 殆どの者が改めて実感しているであろう、自衛隊という存在への認識とそれに重ね合わせた己自身。そういう会社に入り、自らの意思で予備自衛官へ志願し、改めて考える、自分がここにいる意味。

 今、三國たち船員枠の予備自衛官補たちの心の中に渦巻く感覚。 

 この感覚は、これまでの人生で、そして船の上では、感じた事のないもの。

 武器という、初めて手に触れた者の気持ち。

 それは確かに重く、彼らの取った選択に改めて問うものであった。

 自分達はどうしてここにいる?

 本来は船員なのに、銃を取る意味があるのか。

 予備自衛官になったとしても、自分達の仕事は船上である事に変わりはない。

 だが――

 「銃の撃ち方なんて、練習船の実習以上にやる意味がないって正直思ってたけど、きっとそういう事じゃないんだろうな」

 苦笑交じりに出たその言葉は、彼らの意識を誘った。

 それは確かに、彼らの共通認識だったから。

 「俺達がこの訓練をやるのは、無意味な事じゃない。船員である俺達が、ここに集まった事と同じように」

 そもそもこの自衛隊が、無意味な事をするはずがない。

 そこには必ず、意味がある。

 そしてその意味を、わからない馬鹿はここにいない。

 それこそが本職の自衛官と異なり、既に本来の職業を有している彼らが、予備自衛官になるためにここで訓練を受ける理由だ。

 「俺は、船に乗ってくる自衛隊の姿を見て、俺もこんな風に誰かのために役立てたらと思った……。いや、もっと正直に言ってしまうと、その姿がとても格好良かったんだ。だから俺もそうなりたいと、予備自衛官を志願した。そう、ただ、それだけなんだ」

 三國は確信した。己の抱く理由を。

 だが、それは三國だけではない。

 ここにいる誰もが同じだった。皆、そういった純粋な気持ちで、ここに集まったのだ。

 「なろう、予備自衛官に」

 初めて、本当の覚悟が決まったような気がした。

 他の誰にも関係ない、これは自分の意志だ。

 その場にいる彼らの誰もが、そうであった。

 

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