こいせつッ!

優。

第1話 定期考査

 無事に三学期の定期試験を終えて、俺はため息をついた。これにて高校生の最大の難関である定期考査が終わった。まだ一年目であれど、当分は勉強のことを考えなくていいということは心が軽くなる理由に十分だ。

 思っていた以上に気が張っていたようで、ずるずると力が抜け、机に倒れこんだ。

 隣の席に座っていた女子がくすりと笑う声が聞こえる。

 「お疲れ様、杉山くん」

 にこにこと、まるで天使のような少女に笑みを向けられ、疲れなど一気に吹き飛んだ。

 「こ、小谷口も、お疲れ!」

 厄介なテストが終わり、密かに想いを寄せている女子生徒に声をかけられる。まさに天国。幸福の極みだった。

 微笑を絶やさない小谷口は女神である。こんなに可愛い子が俺の隣にいていいのだろうか。いや、恋人でもなんでもないただの友人であるし、席替えで偶然隣になったということは理解しているが。

 「もうすぐ1年も終わりだね」

 感慨深げに小谷口がつぶやく。たしかにそうだ。高校に入って1年目が終わる。それは小谷口とクラスが別になる可能性があることを意味している。その考えに至った瞬間、幸福がかなりの勢いで萎んでいくのを感じた。

 あぁ、気づきたく無かったよ。小谷口。

 「そうだなぁ」

 落ち込んだ男ほど見苦しいものは無い。そんな確信も無い信念に俺は従い、小谷口にそれが伝わらないように努めた。好きな女の子に弱みなんか見せたくないと思うのは当然だ。にこりと小谷口が再び微笑んで、言葉を紡ぐ。優しげでふんわりとした笑み。それに心惹かれたのはいつだったろう。

 「来年も同じクラスになれるといいね。それで――」

 「よぉ! 俊貴! テストが終わったな! どこかに遊びに行かないか!」

 せっかく小谷口と話せていたのに台無しである。そいつはそんなことは気にせずに話し続ける。

 「む? どうした? 赤点でも取る確信でも得たのか」

 「黙れ、年中天国野郎」

 冬 清隆。整った顔立ちの癖に、軽薄でいい加減な空気を読まない友人に俺は憎しみを抱いた。邪魔すんなクソ野郎。

 小谷口が苦笑していた。あぁ、可愛い。憂いをこめた微笑も天使なら可愛いのは当然である。

 「冬くんは、考査どうだったの?」

 小谷口が清隆に問う。

 「む? いやまったく簡単すぎて意味の無いものだった。だが、これで高校1年でのテストというものが終わるならばそれは素晴らしいな。小谷口殿?」

 小谷口は変わらぬ苦笑をしながら清隆に告げた。

 「そうだね。テストに意味なんてない。私はもっと大切なことが――」

 「そうであろうな。高校2年になれば、進むべき道を考えねばならぬだろう。美帆殿。貴殿はどうするのだ?」

 清隆が小谷口の次の言葉を遮った。こいつ、小谷口の言葉を遮るなんて……、あまつさえ名前を呼ぶなんて。死刑確定だ。後でぶっ飛ばしてやる。

 美帆というのは小谷口の名前だ。世界一可愛い小谷口に相応しい、素敵な名前であると思う。

 「私は……――」

 小谷口の苦渋に満ちた顔。いつも綺麗な天使のような笑顔をしている彼女のこれまでに見たことの無い表情。

 「小谷口?」

 何が彼女をこのような表情にさせるのだろうか。

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こいせつッ! 優。 @renren334511

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