5. 尋問




 時間差で溜まりきった熱を交互に吐き出す。


 脱力したまま、アンヘルはベッドの脇のデジタル時計の数字が一つ瞬くのを見ていた。ようやく身体を開き、ベッドの上で寝返りをうつ頃には、壊れたブラインドが下りた窓際でロバートが身支度を済ませている。


 通常運転。普段は延々と情緒不安定さを垂れ流しているくせに、セックスの間だけ異常なほどビジネスライクになる男。アンヘルはその様子をベッドから眺めたまま、枕元に用意してあったシガレットパッケージに手を伸ばす。


「これしかない」


 初めて出会ったときも、同じ柿色のコートを着ていたな、と、アンヘルはロバートが床の上から拾い上げたそれを見て思う。地元から出てくるときに父親が買ってくれたものだと言っていた。今では、その男に革のジャケットを買うような金はない。そこから出てきた合皮の折りたたみ財布からロバートが取り出すのは、宿屋の入り口にあったATMで引き下ろしたばかりの二十ドル札三枚。一枚だけをベッドの上へと放る。残りは宿代だ。


 まだ精液がにおうブランケットの上の二十ドル札を眺め、煙草にライターで火をつけたアンヘルの口元で煙と溜息が混じる。


「……シャレにならん額だな」


「今週分の食費だぞ。殺す気か」


「さっき死にたいとか言ってただろう。もう気が変わったの」


 カメラのレンズを捻り、フォーカスを調整していたかと思えば、ロバートはそれをこちらに向け、断りもなくシャッターを下ろす。


 フラッシュに片目を細める。ロバートは右手の中に収まった露出計をアンヘルの目玉の前に晒し、今度は露出を調整する。


「――雑誌。何の特集だ」


 アンヘルが言い、顔を背ける。頭の後ろで、またカメラが首の辺りを捕らえた音がする。


「ゲイ特集。売春特集じゃないから安心しろ」


「じゃあおまえも一緒に写真に入れば。俺ひとりじゃ説得力に欠けるし」


「脅してるつもりか?」


「仕事先にバレるとヤバかったりするの」


「何が」


「マンハッタントップの男娼を買ってるってのが」


「誰がマンハッタントップだ」


「俺が」


「……訊いてもいいか」


 ロバートは、前触れもなしに、真剣な声を出す。シャッターの音が続き、アンヘルは嫌な予感がする。


 シャッターの音。


 フラッシュが焼ける。


「――まともに仕事したいと、思ったりしないの」


 何か訊ねているのか、諭そうとでもしているのか、よくわからない口調だ。


 アンヘルは、煙草の灰をベッドの上に落とし、ほんの少しだけシーツの表面が焦げてからすぐにまた冷えるのをじっと見ている。


「してるよ、まともに」


「そうじゃなくて。なんていうか」


「ロバートは、まともに仕事したいと、思ったりしないの」


 返事が来るまでに、ロバートが六回、ゆっくりとシャッターを切った。


 アンヘルが首を後ろに反り返らせると同時に、フラッシュが瞳孔を突く。


 しばらくカメラのファインダーを覗いたままでいたロバートは、ゆっくりと両腕を下ろす。


「……服、着ろよ」


「もういいのか」


「光が足りない。外で別の構図考えよう」


「たるいな」


「契約だ。さっさと服を着ろ」


「……シャワー浴びたい」


「五分だぞ」


 煙草を壁に押しつける。


 先端が折れた煙草が抜け落ちたアンヘルの指が、ようやくベッドの端で丸まっていた二十ドル札に伸びた。






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