4. 交渉




 ロバート・カブレラの裸は綺麗だ。


 両親がコロンビア移民だとか聞いたロバートの、まるでそこの床の上に落ちている奴のリーヴァイスの鞣革コートのような滑らかな褐色をした肌は、日焼けサロンで焼いた白人のような斑がない。頭には耳にかかるほどの黒いウェーヴヘアが密集しているのに、ラテン系にしては珍しく、体毛は薄い方だ。


 身体のY軸に沿って後方から繰り返し突き刺されながら、ベッドに俯けに這うアンヘルは、背後から伸びるロバートの長すぎるような両腕が緊張と緩和を繰り返す様子を、まだ冷静に見やることができる。


 痩せすぎてもいない。ロバートの上半身は、写真家のくせに、プエルトリコ人のプロ野球選手を思い起こさせる。筋肉の形が、それぞれ確認できる。この男が年中首からぶら下げているあの一眼レフのキヤノンは、そんなに重いのだろうか。そういえば、触らせてもらったためしがない。


 どこに住んでるんだよ、ロバート。教えろよ。


 知り合って二年だ。性交渉の回数の割に、知らないことが多すぎると思うのは、自分だけなのか。よく知るのは、その、肌と体臭だけ。


 破れたランプシェードから、30ワットの電球の生の灯りが皮膚の上に注ぐ。必要以上の広さはない部屋の七割を占めるダブルベッドのブランケットはマットレスの下に裾を突っ込まれて固定されたまま。ロバートの両膝が前方へと錆びたスプリングを軋ませれば、マットレスはひどい金切り声をあげる。


 この男は、交わる時は必ず背後にまわる。そして行為中には絶対に声を出さない。それが自分とのときだけなのか、それとも、他の誰とする場合でもそうなのか、アンヘルは知ることはない。


 教えろ。


 その上半身の筋肉の整形方法。おまえの住所。おまえの本来の性的嗜好。俺を抱く、その理由。


 一時間半前。タイムズスクエアで、ロバートは仕事先の無料ローカル週刊誌の編集部に公衆電話から連絡を入れた。十数分も話していた。


 仕事なんだ、とロバートは言った。おまえの裸を撮らせろ。


 撮らせてやってもいいよ、とアンヘルは言った。俺を買ってくれたら、いくらでも。


 そうやって言えば、厭うこともなく自分を抱こうとするロバートが、家に来れば、十七になる妹のエリィに色目を使っている。チェルシーのスタジオで開かれる男ばかりの乱交パーティーへの誘いを断らない代わりに、パーティー会場では誰とも交わらない。


 友情と同情と性欲。割合など、どうでもいいことだ。理屈なしのセックスに比べれば。


 いいか、ロバート。


 おまえから、本気で金を取ろうと思ったのは、


 最初の一回だけだ。


 だが、俺は今日、真剣に、おまえの銀行口座の残額をゼロにする気でいる。


 職業病、条件反射、どれでもない。


 均衡を崩すと、身体の中で悪いものがブレイクアウトする。


 集中する。


 肉の衝突と、突き上げる濁流、動脈の浮き沈み、破れたランプシェードと、右腕に食い込むおまえの指が与える他愛ない痛みに集中する。


 怖いものなんか、何もない。





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