【Log 00002-ze : iso-ha総合監督官による返書】

 怱々、『ポストの墓場』店長殿。

 iso-heのことでご心配をお掛けしたようですまない。緊急事態収束宣言を出して数日経過し、新たな罹患者がまだ出ていないことを此方で確認している。後一ヶ月様子を見た後、追って近況を通達させて頂く。

 ――裏を返せば、世界線は此方で安全を確認するまで閉鎖したままとして頂きたい、と言うことでもある。此処から先は私見になるが、私はこの見解が間違っていない確信を以って店長殿にこれを託そう。

 もし一ヶ月経っても通達が無かった場合、おそらくは私の確信が真実であり、それに我々が失敗したことを意味するだろう。そうならないことを祈り願い、その為に我々は死力を以って動いている。しかし、万が一我々が失敗した場合は、また研究文書の回収を貴方に頼みたい。

 我々が再起できたときの為に。


 我々が博士からの文書を受け取り、iso-heへ突入した時、博士は生きていた。

 激しい脱水症状と栄養失調、睡眠薬や鎮静剤の多用による昏睡を除けば、手紙に書かれていたような重篤かつ激烈な症状は無く、博士の体内からそれらしい不明な菌が出てくることもなし。救出後数日間ICUに入った後、すぐ通常病棟へと移った。まだ意識は回復していないが、後三日もすれば戻るだろうと言うのが私の予想だ。

 その時点で――否、博士を看病した部下の死に様をして、様子がおかしいとは思ったのだ。職員を死に至らしめた疫癘と、あまりにも様態が違いすぎると。

 長く病原菌と接したが為に抗体が産生されたのか、或いは何らかの理由で変異したのか……何にせよ不自然な兆候だろうと思い、渋る倫理委員と上層陣を説き伏せて向かったiso-heの惨状に、異様さは一層浮き立った。

 おののきが過ぎ去った後、我々はようやく動き出した。残される限り全ての遺体から集めたサンプルと、進退窮まった末に何も発見できなかったと言う膨大な資料、廃棄処分もままならず放置された吐瀉物。それら全てを統合し、改めてその内に含まれている病原菌を調べ上げた。

 結果、我々は死亡時期の異なる遺体七体からウィルスを一種ずつ発見し、そのそれぞれについて、遺伝情報の99.99%に共通性が見られることを確認――要は、同一種の異型いけいを七株、別の遺体から単離することに成功した。


 研究資料を添付するので、詳細の方はそちらを参考にして頂きたいが。

 大雑把に重要な部分だけ掻い摘めば、これら七株はより古い株が変異を繰り返して形成されたものになる。此処で重要なことは、形成時期の新しい株、つまり死亡時期が直近の遺体から見つかるものほど増殖性は上がり、病原性と症状の脅威度は失われていく性質だ。そして最近のもの(博士を看病していた研究助手)から見つかった株は、更に変異すると増殖が止まり、大半は寿命により死滅する。だがごく一部は再び変異する。

 変異先は初期株。彼らは九回の変異によって元に戻る性質があるのだ。


 一定期間にのみ大量に増殖して死病を撒き、ある日突然ぱたりと止む。そして再び疫病を撒き、また死ぬ。

 私は、これに作為を見てやまない。


 我々はこのバイオテロに対し総力を挙げ対峙し、これを殲滅する。これは成されねばならず、失敗すれば我々は最早死に尽きてゆくだろう。

 iso-heの悲劇を繰り返すか、我々の知見と智慧が勝るか。それはまだ私にも分からない。性質が分かっただけで、我々はまだ、ウィルスを撒く集団の影を踏むどころか、このウィルスを治療する方法も確立出来てはいない。deconnposarrに暴露させれば汚染物は処理出来ると分かっただけ、iso-heより僅かにマシと言ったレベルか。

 だが、我々はやってみせよう。我々の、無辜の民の、この世界の存続を賭けて。


 だからせめて、幸運を。

 死に果てた無数の世界から、死を妨ぐ我々に、祝福あらんことを。

 ただ、祈りたまえ。

 Aimern.


  ――iso-ha総合監督官 Dr.Glim



〔当事案を受け、当店では現行世界線の研究文書全文を保管すると同時に、保管されている旧世界線3-3-5関連ログの完全複製の譲渡を決定致しました。機密保護の観点より、当店では一部のみ公開されます。 :マスター〕

〔相当不味い事態のようですね。禍津神のお出まし、なんてことにならないといいですが。幸運を祈ります。 :ロマ〕

〔繰り返すのは断じて御免ですが。私達には出来うる限りのログ譲渡と、顛末を見届けることしか出来ません。 :マスター〕

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