【Log 00002-zd : iso-he生物災害対策課監督官よりiso-ha総合監督官へ送付された文書】
草々。iso-ha総合監督官殿。
貴方がこれを読んだ後も無事であることを願う。
結論から話そう。貴方が相対するのは未知の
はじめは風邪か、或いはdegle熱だと思った。三十九度台から四十度の高熱、激しい空咳、軽度の呼吸困難。どれもdegle熱の症状と似ていた。しかし奇妙な点もあった。degle熱なら症状は最低でも一週間続くものだが、この
それでも、最初はこの技術員の免疫が異様に高いだけか(実際そいつは頑健さが売りだった)、或いはこっそり投与した新薬が予想以上の効能を発揮しただけだと思っていたのだが。それが覆されたのは六日目だった。
そいつはその日寮から出てこなかった。夜になってようやく診療所を訪れた彼は、ひどく血の気の引いた顔をしていた。診断は重度の脱水症状。
それからは早かった。症状は瞬く間に異様さを増した。瞬く間に体重が落ち、全身に血豆のような赤黒い発疹が広がり、止まらない下痢と嘔吐には血が混じり始めた。意識はやけに清明で、吐血と嘔吐を交互に繰り返し、突発的に骨すら折れるほど痙攣しながら、早く殺してくれと泣く声は今も脳裏にこびりついている。結局そいつは九日目の日の出を待たずに死んだ。
彼の葬儀も終わらない頃、似たような初期症状を呈する者が診療所を訪れた。あの技術員の診察を請け負った医療班の連中と、技術員と同じ寮に住んでいた他の技術員全員だ。この疾病が感染性であり、そして皆がそれに罹ったのだと、罹患者当人も含めて気付いていた。自然とBL4の設備に病人が集められ、そして徹底的な隔離と原因の解明と、治療の模索が始まった。
結論から言って、努力は大半が無駄に終わった。
隔離は失敗し、感染源は何一つとして分からず、既存の治療は対症療法も含めて何も効果なし。研究員の七割と医療班の五割を犠牲にしてやっと分かったのは、全く新種の病原体が人体を侵したということだけだ。それは咳や吐瀉吐血により容易に空気中へ飛散し、野火のように広まっていった。そして、八百度の高熱にもあらゆる薬品にも死滅せず、宿主が死して尚生き続け、火葬した後に残る骨にも、土葬した土にさえ感染力を残した。いかに異様なことか貴方には分かっていただけるだろう。
日に日に人員の減る中で、医療班の仕事は治療から看病へ終始していった。あらゆる研究は数少ない研究員と技術員に託され、医療班は日々感染と悶死の恐怖に晒されながら、自ら脅威の病原に対するスケープゴートとなって死んでいった。途中からは納棺師も全て死に絶え、霊安室は一週間で死体の積み重なる地獄絵図と化した。
何とかしなくては、と誰もが思った。研究はよりどぎつさと危険性を増し、比例するように罹患率は高まり続けて、遂に残ったのは我々バイオハザードの専門チームだけとなった。我々は最早治療を放棄し、ICUに集められた死体と、それにほど近き者を切り刻んでは実験と考察を重ねた。
その為に私の部下すらも病を得て死んでいったが、妄念に取り付かれたように私と部下は研究を続けて、続けて、続けて――
全て、失敗した。
チームの統率が取れていたのは、私が症状を発するまでだった。
今や研究所には私一人が残されている。誰も私を看はしない。皆逃げた。だがきっと、逃げた先で皆発症し、今度は無辜の民に病をばらまくのだろう。ここを出た程度でこの悪疫が見逃してくれるとは私には思えない。貴方に向けて手紙を書こうと思ったのは、最後に私を看病してくれた部下が倒れ、そして息を引き取った後だった。せめて、彼の善良さ故にか、死に際が他より穏やかに見えたのが幸いだった。
不気味なことに、私の症状は他よりゆっくりと進行している。手紙を書き上げねばという
だが、何日? 何日耐えたら私は死ねるんだ。進行が遅いとはそれだけ苦しむ期間が長いというのと同義だ。予想では後一週間。だが長引く可能性の方が高い。それまで私はひとりで〔判読不能〕 〔判読不能〕 〔判読不能〕
〔判読不能〕
〔判読不能〕
〔これ大丈夫なんでしょうか。死ぬのは嫌です。 :ヒナタ〕
〔死んだ後に宛てがなければこのポストの墓場へどうぞ。幽霊でもスタッフとして採用しますよ。――尤も、基準世界に魂や幽霊と言ったものが実在するとは限りませんがね。 :マスター〕
〔怖い!! 今日のマスター怖い!!! :ヒナタ〕
〔追記:Glim博士と連絡が取れました。事態は収束に向かっているとのことです。尚、念の為非常事態収束が宣言されるまで世界線3-3-5とは双方向の接続が不可能となります。あらかじめご了承下さい。〕
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