【Log 00002-vh : 世界線3-3-5内の個人PCから送付された音声データ】

 〔注意:このテキストは聞き取りが可能であった部分についてを基準世界線の言語に翻訳したものです。本来の文意とは異なる可能性があります。また、聞き取れなかった部分の文意は喪失しています〕


 〔詳細不明の雑音が数秒続く。不定期に四回の発砲音〕

 〔悲鳴と罵倒が十数秒繰り返される〕

 〔ドアの開閉音。何かの引っ掻くような音と足音が同時に聞き取れる〕

 〔三回スイッチの動作音。スイッチ音は全て別々の場所から聞こえる〕


 〔聞き取り不能〕何とか……逃げて、来れたか……録音機は……〔聞き取り不能〕か?


 〔数回の咳〕

 〔何かを引きずるような音〕


 〔聞き取り不能〕……えているな。……録音を、開始する。

 私は……生物災害隔離施設HA支部〔iso-ha〕総合監督官のDr.Glim。現在iso-ha内総合指令室に居る。もしも、この音声メッセージが届いて、データを回収しに来てくれたなら……参考にしてほしい。どこまでこのバイオハザードで破壊されるか分からないから、あくまで参考になるが。


 〔数十秒の喘鳴。スイッチ音が三回聞き取れる〕

 〔ドアの閉まる音が三回聞き取れる。詳細不明の雑音〕

 〔数回の咳〕


 〔聞き取り不能〕……聞き苦しい音声で、すまない。喉が爛れて上手く話せん。

 〔激しい咳〕あぁ、察せられるだろう……我々はまたしてもやってしまった。かのDr.Andersenを犠牲にしたあの日〔メイデイ〕のような――否、それよりも更に凄惨な〔嘆かわしい〕事故が、起きてしまった。……全く恥ずべき失態だ。Dr.Andersenにも、貴方にも、詫びの言葉さえ出て来ない。だが、こうなってしまった以上、私は貴方の力を借りねばならないだろう。


〔軽い咳払い〕我々は嘗て貴方の手に渡った時よりも遥かに多くの研究を重ねてきた。そして……その全てについて、後世に残し伝えていかなくてはならない。その理念を忘れたことは片時もないし、今さえそのことで頭が一杯だ。

 しかしだ、私はさっきも言った通り……〔聞き取り不能〕……〔激しい咳と喀血〕 嗚呼、脚に溶解液〔消化液〕をぶちまけられて骨ごと溶けた。これを記録している今も〔聞き取り不能〕気がおかしくなりそうだ。神経ブロックが効いたのは不幸中の幸いだった。

 要するに、私は、この総合指令室から外に出られない。しかし、総合指令室からアクセスできる資料の数には限界がある。まだ研究途中で、デジタル化されていない研究資料は……恐らく山ほど〔無数に〕あるだろう。おまけに……今の私は、腕がへし折れている。全くあの馬鹿力どもには〔聞き取り不能〕

 〔激しい咳と喀血〕そ、こで、だ。店長殿。貴方に、資料を探して頂きたい。資料の場所は記憶している。今からそれを全て話そう。貴方には、私の話した場所から、話した通りの資料が出てくることを確認して頂きたい。面倒ごとだと思うが、ここに収められた研究資料は、それだけの価値があると信じている。


 〔機密情報のため割愛。途中二十回以上咳と喀血を繰り返した〕


 ……私の憶えている限り、デジタル媒体に保存されていない資料の置き場は以上になる。此処以外に保存されているとすれば、それは恐らく博士たちの個人的な忘備録か、或いは処罰の対象になり得る後ろ暗い研究記録だ。その辺りのものがもし出てきたら、それはそれで保管してくれ。

 後のことは――後任のiso-ha総合監督官に、全て託す。後任に指定した博士は、私が知る限り最も信頼のおける〔優秀な〕女性だ。きっと……私の遺志〔意志〕を汲んでくれるだろう。

 私からは以上だ。これ以上は……〔聞き取り不能〕 どうか、届いてくれ……〔激しい咳〕


 〔詳細不明の雑音。呻き声のような音声が聞き取れる〕

 〔連続した発砲音〕

 〔五-六名前後のものと思われる足音〕


 〔聞き取り不能〕生体の排除を確認。〔編集済〕区画オールクリア。確か、此処が最後だろう? Dr.Glimが中にまだ居たはずだが。

 そのはずだがな。博士、御無事ですか。……〔息を呑む音〕 博士、博士!? 応答願います、博士!

 〔罵倒〕! 俺達のレベルじゃこの扉は開けられない。強行突破を図るか?

 待て待て。ここら一帯はPigweedの花粉が充満してる。下手に開けたりしたら――〔長い沈黙〕 とにかく、レベル五のBC装備を持ってきた方が良さそうだ。それも可及的速やかに。

 だが、最後に連絡を取った際の咳と喘鳴は……もう曝露しているんじゃないだろうか? それだったらここをぶち破って救出した方が早いだろう。此処から入口まで、俺達なら一分も掛からん。

 その一分が命取りなんなんだろうが! エア・シャワーで花粉を落とすのが一体どれだけ手間だと思ってるんだ! 良いからさっさと持ってこい、今すぐ! それこそお前なら一分も掛からないだろ!

 わ、分かった……〔一人分の足音が遠ざかる〕


 〔録音終了までドアを叩く音と呼びかけが続く〕




 〔データの送信地点(音声中の総合指令室と思われる)には、Dr.Glimのものと思われる血痕が多数付着していました。また、総合指令室に設けられた扉は熱によって焼き切られており、Dr.Glim本人はデータ回収時総合指令室には居らず、彼のものと思われる破損した眼鏡が落ちていました。眼鏡は第十ログとして保管しています。

 PCに損傷はなく、約二十のデータをPC内から回収し-viから-abkとして保管しています。

 尚、この録音は自動送信機能によって送られているものと考えられます。 :マスター〕

 〔Dr.Glimって言うと、しょっちゅう飲み会してる眼鏡の人ですよね? 安否が気になります。すごく。トレードマークの眼鏡も落っことしてるし…… :ケイ〕

 〔音声で指示された場所からのデータ回収と併せ調査中です。音声記録の最後を聞く限り、鎮圧後救護班によって救助されたと考えられます。 :マスター〕


 〔追記:全てのデータを回収しました。情報保護の観点より、データの全文は公開されません。眼鏡は修理の後持ち主に返却されました。 :マスター〕

 〔眼鏡www :ヒナタ〕

 〔笑いごとではありません。あの眼鏡と名札がないとDr.GlimはDr.Glimと認識されません。私にも顔面の判別は不可能でした。 :マスター〕

 〔なんですと :ヒナタ〕


 〔追記2:回収された全研究データの原本をiso-haに返却しました。当店では複製ログを保管しています。複製は機密情報保護の観点より、当店スタッフを含むいかなる方の要請であっても全文は公開されません。 :マスター〕


 〔追記3:Dr.Glimからの貸し切り予約が入っています。車椅子で来店されるとのことですので、この日シフトに入っているスタッフはLog00000-ffを参考に店内の配置を変更してください。 :マスター〕

 〔車椅子で来るんですか? :ケイ〕

 〔そう言うことでしょう。喉を随分と傷めた様子でしたので、頼まれてもブランデーはお断りして下さい。ウォッカも焼酎も駄目です。アブサンなど以ての外です。とにかく、度数の高い酒類は提供禁止です。 :マスター〕

 〔あの博士にそれはちょっと酷じゃないですかね。 :ケイ〕


〔なんでみんなラッパ飲みのことは心配しないんだ。俺は喉より何より博士の肝臓が心配だよ。 :ギルバート〕

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