【Log 26588-a】 ~ 【Log 26588-ag】

【Log 26588-a : 世界線1*-5*-6*の図書館内で回収された日記】


12/10 10:00-12:00 Sin-0000に物理的干渉を試行 試験体Sin-0000-1使用 Sin-0000の面積の60%を排除 耐用限界を超過し実験終了 完全排除に失敗 試験体Sin-0000-1を複製?

12/10 12:30-13:00 Sin-0000-A使用(使用者:日張・要) Sin-0000の面積の30%を排除 耐用限界を超過、実験終了 完全排除失敗 望み薄 一時撤退に有効? (恒常性あり、備品の材質、ガラスに溶融可能か?)

12/10 13:00-16:00 試験体Sin-0000-1複製の為の第十五次サンプル回収 激しい抵抗の為ベンゾ使用→最終的に麻酔 全能性再取得プロトコルを行うもサンプルは回帰せず (体組織の変異? 人間だから? 試験体Pla-5632-1との比較を検討) 試験体Sin-0000-1は規定の麻酔量にも関わらず58時間覚醒せず(極端な侵襲ストレスによるものと推測 最近彼で実験しすぎではないか? サンプルの無駄遣い プロトコルの効率化を提案)


〔重要度の低い記述が続くため省略〕


1/25 18:00-21:00 試験体Sin-0000-1にSin-0000-Gを使用させ物理干渉を試行 Sin-0000の面積の95%を排除 耐用限界を超過、実験終了 排除率最高記録 試験体Sin-0000-1が昏倒(極度の脳虚血 後遺症心配なし 精神の摩耗極大 極めて深刻な不安症状)


 我々は試験体Sin-0000-1に頼り過ぎではないか? 彼は完全に怯えきっている。このまま実験が続けば何れ精神の均衡を失う。心的治療など単なる対症療法に過ぎない。抜本的な解決手段はいつになったら講じられるのか?

 そも、「ヤミ」は本当に我々の科学力で焼却できるのか?


【Log 26588-b : 世界線1*-5*-6*の図書館に蔵書された書籍の一部】


〔前略〕


 能力開発研究所の要・射貫は“Sin-0000”――現在呼称されるところの「ヤミ」を最初に発見し、論文を提出した。最初の論文によれば、「ヤミ」は『中に投入した全てのものを引き込み、完全に消滅させる』性質を持つとされる。この性質により「ヤミ」は高度な汚染物質の処理、及び廃棄物の出にくい掘削機械として利用され、世界中にごく微細な「ヤミ」が搬出された。

 「ヤミ」の更なる性質が見つかったのは「ヤミ」の商業利用が全世界的になった頃である。能力開発研究所の射貫による追加論文に於いては、『中に投入した物体の体積の0.00001%、または暗所に放置した時間に比例し「ヤミ」の体積が増大する』性質があるとされ、また巨大化した「ヤミ」を廃棄する方法が見つからない限り「ヤミ」の商業利用を停止すべきとの結論が上がっていた。

 しかしこれら研究が民衆に周知された頃には、「ヤミ」は既に全世界の経済になくてはならないものと化していた。


〔後略〕


〔-cから-jまでは翻訳作業中につき非公開〕



【Log 26588-k : 世界線1*-5*-6*の宿から回収された文書】


 ヤミのもと 古いたて物にいた(断ぜつのかべのちかく) 

 でかい 目がいっぱい 耳みたい なきごえ(キューキュー、ギューギュー) 触手

 生き物?

 闇?


〔以降、-lから-aeまで-kと酷似した筆致・内容の文書が続く〕



【Log 26588-af : 世界線1*-5*-6*の古い洋館から回収された日記】


〔注意:この文書は英語に類似する言語を基準世界線の言語に翻訳したものです。本来の文意とは異なる可能性があります〕


67/1/25

 今日も朝は来なかった。外は雨。窓を水滴が叩く音と、蝋燭の灯りを反射する雨粒の線だけがそれを知る頼りである。もう何ヵ月陽の光を拝んでいないのだろう。元々から日陰者だが、物理的に日陰者では気も滅入ると言うものだ。

 見回りに出したヒカリドリは、遠く山を越えた先の村が「ヤミ」に呑まれて消えていたと報告を持ってきた。「ヤミ」は最早、人を貪り喰らう怪物にも等しいだろう。性質だけでなく、実際にそんな意志を持っているような気さえする。もしかしたら、最初は本当に意志のない単なる奇妙な現象で、様々なものを喰らう内に知恵を付けてしまったのかもしれない。

 何にせよ、最早ゆっくりとしてもいられない。準備が必要だ。果たしてこの街だけで揃えられるものか。断絶の壁を超えるのは億劫だから、なるべく中だけで済ませたいが。


67/1/26

 曇り。身を切るように寒い。不思議なことに、「ヤミ」によって可視光の全てを断絶されて尚、私たちは時間の変化や温度変化、季節や天候の変化も感じ取ることが出来るのだ。それはずっと以前からそうだが、こう寒い日は改めて不思議に思う。これが夏ならば、やはり蒸し暑いのだろうか。

 諸々の準備は中だけで事足りた。流石にこの界隈で最も大きな街である。雑貨商の男も良く働いてくれたようだ。

 今日から水も食料も断たねばならぬ。人であることを捨てる魔法のために。やったことのない苦行が少々不安だ。


〔文字の掠れが著しく判読不可〕


67/1/30

 晴れ。流石に四日絶食断水はきつい。人を捨てる為とは言え、これでは先に死んでしまう。葉擦れの音がやかましい。これもまともに書けているか。最早正常な判断かどうかもあやふやだ。

 私はしかしこの日記を付けねば。人の身で綴る最後の、最期の文になる。もしも魔法が失敗に終わった時、人の身であったことを思い出させてくれるのはこの文章になるだろう。だがそんなのは想像したくもない。

 世に幸いあれ。光の女神ヤズド・ミスラに限りなき祝福を。


【Log26588-ag : 世界線1*-5*-6*の民家から回収された日記】


75/2/6

 とんでもないものを拾った。

 光売りだ。東の森はヤミが覆う前から変なものの宝庫だったが、だからって光売りが落ちてるなんて出来の悪い冗談かと思う。せがれと一緒に家まで運んだが、なんとまあ体格のいい奴だった。お陰でこっちは全身筋肉痛だ。

 しかしあの光売り、泥まみれな上に生傷だらけ。布団に寝かせはしたもののずっと気を失ったままだ。おれが見てきた光売りはもっと颯爽としていたはずだが、あのヤミの中にもっと得体の知れないバケモノが居たんだろうか。

 もしそうならちょっと怖い。


75/2/7

 光売りは目を覚まさない。

 どころか、ひどく熱に浮かされている。よっぽど怖いものに遭ったんだろうか、めちゃくちゃなことを言いながら体中を掻き毟っていた。力が強いから押さえ込むのにも一苦労だ。本当に何が起こったんだ。

 他の光売りに聞いてみたい気もするが、いかんせん蝋燭だけはうちにたっぷりある。来ちゃくれないだろう。


75/2/8

 光売りがうなされている間に、今度は妖精がうちを訪ねてきた。木の枠に紙を貼った行燈。東の森で倒れていた光売りと頭がそっくりだ。妖精は自分をフェアリィと名乗った。いくらなんでも妖精フェアリーは安直すぎるだろうと思ったが、気に入ってるらしいから黙っておこう。

 そのフェアリィだが、どうやら倒れた光売りを探してここに来たそうだ。何故かと尋ねたら、男が自分の魂の欠片を半分持って行ってしまったからだと言っていた。

 なるほど、わからん。魔法使いはいちいち哲学的だ。

 ともあれ、この妖精が光売りの目を覚ましてくれることを祈ろう。


75/2/9

 悲鳴が聞こえて目が覚めた。

 見たら光売りが自分の姿を見て叫んでいるらしかった。化物になっちまった、こんなの嫌だ、戻せ、殺せ。そんな声が廊下にまで聞こえてきて、朝からこっちはお詫びの行脚だ。目の隈はしばらく取れそうにない。

 お詫びめぐりから戻ってきたら、光売りは落ち着いていた。肩の上でフェアリィがぐったりしていたから、彼女が何とか宥めすかしてくれたんだろう。御礼に飴玉を上げたら喜んでくれたようだ。良かった。


 光売りは疲れ切った声で、自分はオーだと言い、元は人間だったとも言った。だがそれ以外の記憶がないと言う。どうやら、熱に浮かされている間に忘れてしまったらしく、思い出そうとしても断片的で曖昧なものしか出てこないそうだ。

 そうした事情をとっ散らかったふうに話した後、オーとかいう男は土下座して出て行こうとした。行く当てはないが、迷惑をかけてしまったから申し訳ないと。

 だが、おれは引き留めた。理由はないが、とにかくこいつには身を置ける場所が必要だと思った。幸い金も資源も潤沢だ。男一人と妖精一人くらいなら、何とかできると思ったのだ。


〔以降のページは破り取られている〕

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