【Log 26588-gi : 世界線1*-5*-6*から回収した手紙】

 匆々、色んな人たちへ。

 これが読まれたってことは、多分僕はこの世界にいません。消したんじゃないでしょうかね。何がどうとは言いませんが、多分君達はその現場を見たんじゃないでしょうか。もしかしたら必死で止めたかもしれないし、その過程で心身ともに幾分傷付いた人も居ると予想してます。イントさんとか、めっちゃ傷付いてそう。

 とりあえず、そのことについて最初に謝っときましょう。ごめんなさい。本当は君達の前で土下座でもすべきだったんでしょうが、そこまで時間はなかったようです。

 おっと、丸めて投げ捨てるのは勘弁。僕はただ謝罪する為だけにこんなチンケなもの書いたんじゃないんです。

 僕は此処へ言い訳しに来ました。懺悔と言うにはあまりにもしょっぱい、そうとてもつまらなくて下らないものです。しかしこの世界の成り立ちと存続を知るに重要なことだと思ってます。とりあえずこれを破り捨てるか否かはこの後の文を読んでからってことでお願いしますね。

 色んなこと書きます。長いです。途中で飽きたら、それはそれで良いでしょう。棄てて下さい。


 僕は人間でした。ニードも元々人間です。

 ……もう知ってるかもしれないですね、チャンバラごっこのネタはいつもその時の話だったし。ええ、ニードと僕は人間だった頃からの付き合いです。そうには見えないって? でしょうね。今から話しますよ。

 僕らは人間だった頃、とある研究所にいました。施設の名前は、もう言っても意味ないので割愛しますけど、その中身は能力開発所――めっちゃ端的に言うと、超能力人間を製造する場所だったんですね。「何だよその中二病な設定はよ」ってツッコミ入りそうな話ですけど、マジ。

 で。彼は開発所の研究部長で、僕はその補佐でした。年の差二十歳くらいです。彼は最初、土壌の毒を抜ける植物や菌類の開発で結構成績が良くて、その時の業績が買われて人間の能力開発に回されたんですね。今にして思えばヤバい転属じゃないかと思いますが、その当時は確かに名誉なことで、僕らはノリノリでした。

 潤沢な資金と人材のおかげで、研究は順調でした。植物の時に培われた技術を使って、人間をあれこれ改造していました。植物が出来たことを人間にもさせることが目標で、その目標は割とすぐに達成可能な域に到達していました。例えば光合成で生きられる人間とか、植物みたいに足から水と毒を吸い上げて体内浄化する人間とかね。もうそんな実験体は全部破棄されてますけど。

 でも、僕らが本当に目指したのはそこじゃなかった。資金稼ぎのための業績集めであり、児戯でした。


 本当に僕らの研究チームがやっていたのは、魔法の復権です。

 その頃の世界は科学が隆盛していて、不可解な現象の多くに科学という名前のレッテルが貼られていました。今の世界では魔法として知られる奇跡が、陳腐な科学用語の羅列の枠に押し込められていました。僕らはそれがどうもいけ好かなくて、科学なんかで説明できないような、素敵な素敵な「奇跡」を探して研究してたんです。真面目に。科学者が科学でないことを探してたんですよ。馬鹿みたいでしょ。

 でも、そんなクソの端緒を僕らは掴んでしまいました。その産物があのヤミです。

 どうやって出来たかって?……知らない。いつの間にか出来てしまった。そう言えば君の気は済みますか。

 残念ですが、今でもやろうと思えば再現可能です。適当な超能力人間を適量ミンチにして混ぜ合わせるだけで、それがトリガーになります。その時の実験記録は、とても信頼のおける筋に託しておきました。破棄はしてません。

 何で捨ててないかって? 明らかにしとかないと、好奇心が同じものを作るかもしれないでしょ。バカの探求心は留まることを知らないんです。


 さて。僕らがヤミを作ったって言うだけでも大分腸煮えくり返ってると思うんですがね。もっと付き合ってください。

 ファッキンなを何の間違いか現世に引っ張り込んでしまったわけですが、その時のヤミはもっと大人しいものでした。光が常に照射されている状況だったからでしょう。ほんの数センチの球体をしたモヤみたいもので、そのモヤの一番濃い所に物を投げ込むと、消えて二度と戻ってこなくなる。それだけのものです。

 しかし、モヤそのものの正体や意味、消える方法や消えたものの行方は、あらゆる既存の科学で説明することが出来ませんでした。僕らはとても科学的に、科学では理解不能なものを口寄せしちゃったんですね。ウケるでしょ。

 学会が荒れたのは無論のことです。当然「こんなもんはありえん!」って意見が物凄く寄せられましたけど、作り方を説明したらすぐに実証され肯定されました。僕らはたちまち「魔法の復権者」としてクローズアップされ、大々的に僕らの業績は取り上げられることになりました。

 まあ、原材料に人間が使われてるって辺りでもう倫理的に大分歪んでますけど、当時の世論は人体実験への忌避があまりにも薄かった。皆が皆、生活の利便を求めすぎて可笑しくなっていた時代でした。


 とにかく、問題は此処からです。

 発見したての頃に持っていたヤミの性質は「濃い部分に何かが来るとそこにあったものが消える」こと。

 ……何となく察しがついたかもしれませんね。材質のロスは多少あれど、そいつはノーリスクであらゆる材質のあらゆる形状のものを断裁できる。小さいから断裁精度は極めて高く、精製コストも安い。切削屑もヤミの中に消えるから出てこない。

 商業利用の始まりです。お分かりですね。

 とても微小なヤミが、その科学者の元から世界中に搬出されてしまった。粗大ゴミの断裁機、効率のいい輪転機、果ては家庭用のフードプロセッサーにまで。ヤミを組み込んだ機械や家庭用品が横溢していきました。その科学者は巨万の富を築いた時点で、「ヤミについてこれ以上分かることはない」として研究を止めました。今にすれば、多分これは都合の悪いことを隠していたんじゃないかと僕は睨んでます。

 何しろ僕ら、そいつの研究停止宣言の直後に、ヤミの本当の性質について知ったわけですから。


 ヤミは取り込んだものの容積の約0.00001%――後に分かった条件として、光を照射されない時間分だけ――その容積を増大させる。増大する面積の比率にブレはありましたが、ものを放り込めば放り込むほど、灯りを消している時間が長ければ長いほど、ヤミが大きくなっていくことだけは確かでした。それを最初に知ったのは、ヤミに対する長期実験の担当をしていた僕です。

 すぐに気づきました。このまま微小なヤミが使われ続け、切削誤差の大きくなったヤミが廃棄され続ければ、いずれ世界はヤミだらけになってしまうと。作られたヤミが何をやっても消えないことは、僕らの研究室では周知の事実でした。

 でも僕は、一度だけこの結果を見なかったフリしました。その頃の世界は既に、ヤミがあること前提で成り立つようになってしまってたんです。僕の出した結論が世界情勢をまるごとぶち壊すほど重大なことだと分かって、だからこそ僕は恐ろしくなった。だから握り潰しました(握り潰した分僕が取り返せば何とかなるかもしれないと、そんな甘いことを考えてたってのもあります)。

 しかし、どれだけ懸命にあれこれと研究しても、僕の気付いた真実を覆すものは見つかりませんでした。その頃になると、使われなくなって廃棄されたヤミが廃棄場一帯を覆いつくし、真っ黒いイキモノめいた物体を作るまでになっていました。僕がニードにそれを報告したのがその頃です。

 僕の提出した研究報告書を見て、彼は何か悟ったのかもしれません。それまで彼が進めていた研究は全てストップし、僕を除く全ての研究員は暇か別の研究所への紹介状、そしていくらかの謝礼を出され、次々に出ていきました。誰もいなくなり、薄暗くなった研究室で一人頭を抱える彼の姿はよく覚えていますよ。


 僕らが人間でなくなったのは、頭を抱え始めてから二週間くらい経った頃でしょうか。

 夜は恐ろしい。ヤミが勢力を増す時間です。事実、ヤミは夜ごとにその範囲を広げ、たった二週間で全世界のあらゆるシチュエーションに潜り込んでいきました。世界中大パニックに陥っていました。テレビやラジオは何処のチャンネルも昼が訪れないことを喧伝し、人々は外に出ることさえ恐れるようになっていました。社会のあらゆるインフラが麻痺し、直に送電網も止まりました。

 たわけたヒッピーが夢にまで見たであろう、原始時代の始まりですよ。人々は這いずりまわるように火を探し求め、それに縋りついて生活しました。獣は火を畏れなくなり、人に迎合して暮らし始めました。

 こんな生活が外で始まったのだから、研究所だって当然ヤミだらけです。浸食を受けていなかったのは、非常電源装置によって光源を稼いでいた、六畳一間ほどの小さな実験室だけだったでしょう。そこは普段彼だけが入れる特別な実験室で、僕が立ち入ったのはそれが最初で最後です。

「ヤミを打倒する手段は今やない」

 彼はそう言いました。僕も同意見でした。魔法の復権者なんて誉めそやされておきながら、僕らはヤミ以外の何も見つけてなかったわけですし。しかし彼はこうも言いました。

「だがヤミに順応する手段は今講じた。我々の魂を削って燃える光だ」

 滑稽ですよねぇ。科学者が魂なんてスピリチュアルなこと言ってるんですもんね。でも、僕らはそんな実体も根拠もないものに縋る他、あのパニックを沈静する手段を知らなかったんです。どんな慰めを尽くしても、民衆はおろか僕らの心だって落ち着くはずがありませんでした。だから僕は黙って頷いた。

 そして彼は僕に、実験室の隅に置かれたガラスの円筒へ入るよう指示しました。黙って入りました。……


 ぶっちゃけ、ガラスの円筒に入ってから出るまでの詳細な記憶は持ってません。

 ただ恐ろしく苦しい思いを何度かして、全身の血管をしごいたように血を吐き、出ていった血の分だけ何か別の液体を体中に取り込んだことくらいでしょうか。それ以外にも色々なものを吐き出したり吹き込まれたりした気がしましたが、全部忘れちゃいました。ごめんちょ。

 で。気付けば僕は、透明な液体まみれになって床に突っ伏していました。頭がギイギイと金属みたいに軋るものだから、何事かと思って水鏡をしてみれば、そこには人でなくなった僕が映っていた。このバカみたいな電気スタンド頭です。自分自身が光るから頭を電灯にすげ替えたって、どんな冗談なんでしょうね全く。

 嗚呼。僕が気付いた時、彼は居ませんでした。ただ、脱ぎ捨てられたびしょびしょの白衣やシャツやズボンと、僕用なのか喪服みたいなスーツ一式と、置手紙が残っていました。手紙の内容は僕の取り扱い説明書です。敢えてここで言おうとは思いません。僕の研究書類と一緒に信頼のおける筋へ託したので、読みたきゃ読んでください。

 手紙を読み終わった僕は、濡れた衣服を全部着替えて――すぐにあの円筒をぶち壊しました。椅子や机や、今までの僕だったら絶対に持ち上げられなかっただろう薬品棚まで引っこ抜いて、手あたり次第にぶん投げました。

 だって、嫌でしょ? 光に困らなくなる代わりに人間じゃなくなって、その上そうなるために記憶がすっぽ抜けるほど凄絶な思いをしなきゃならないなんて。少なくとも僕はそんなのゴメンだし、他の人にその役目を押し付けるのだって断じてお断りです。その点に於いて、僕はアイツが心底大嫌いです。

 僕が人間を辞めさせられてから後は、きっと誰もが知る通りです。僕は『光売り』として、只人に光を譲り歩き続けました。いつも配り歩いている懐中電灯と電池は、何故だか知りませんが、僕が望めばいつでもいくらでもスーツのポケットから出てきました。

 この理論を解明する気は今や僕にはありません。理屈をつけることに疲れてしまいました。


 僕らは何百年もヤミの中で生きてきました。それが償いになると思い込んで生きてきました。

 そう。思いこんでいただけです。今まで僕やニードが光売りとしてやってきたことが、僕らの罪過に対する償いになると本当に思っているわけじゃありません。それでも僕らは、光を譲り歩いて人を救う行為が贖罪になると信じ込もうとしました。

 でも僕には無理でした。矛盾を抱えながら生きることにも、この行為が正しいと信じ切ってしまった人を見ることにも、嫌気が差してしまいました。いつ終わるか分からない一生を、償えるはずのない罪の精算に費やすなんて不毛だと。心の底からそう思ってしまったんです。

 だから、ヤミが打破された記念すべきこの日に、僕は僕自身とアイツの人生を精算してやろうと思いました。見送りは嫌でもしたと思いますけど(してなかった? なら今更必要ありません)、そこに続くお悔みやお叱りや、ありとあらゆる君達の感情は無用の長物です。そんなものはこれから生きていく君達の中に仕舞っとけばいいんです。

 ただ、僕がある筋に託した研究書類のことはちゃんと憶えといて、ちゃんと探して下さい。これから光の中を生きる君達が、またヤミの中に戻って来たりしないように。ヤミを生み出した元凶の元凶は、いつでも君達の傍に置いといてください。こればっかりはお伽噺にも笑い話にもできませんから。


 そんな超大事もの何でわざわざ探させるんだって絶対思ったでしょ。思いますよね。

 ええ。大事なものだからですよ。大事なものほど内に隠したくなるのが人の性ってものです。

 それに、託した人はアブないプロトコールの取り扱いに慣れた人ですから。ネクロノミコンはむき身のまま段ボール箱に入れてるより、何だかヤバそうな魔術師の手元にあった方がやっぱり安全だし、それっぽく見えるものなんです。そういうこと。


 さて。こんな長ったらしい文章を読んでくれてありがとうございます。

 読み終わったら、これは捨てて構わないので。もし僕の知り合いの筋を見つけたなら、その人に預けてもいいかもしれませんね。


 じゃね。ありがと。


  ――Rad



 〔手紙の回収地点には、恐らく手紙の執筆者である男性ともう一人の男性遺体が折り重なるように倒れていました。遺体は頭部が欠損しており、また双方の遺体からは血液ではなく、それと同程度の粘性を持つ透明な液体が流出していました。

 状況を考慮すると、男性二人の直接の死因は頭部欠損ではありません(一方は刃渡り五十センチメートルほどの刃物で主要な動脈を切り付けられたことによる失血死、一方は肺を貫かれたことによる窒息死と考えられます)。

 男性の遺体の周囲には、少なくとも百年以上前に製造されたガラスの破片と、黒色塗料で錆止め加工された鉄製の電気スタンド用と思しき枠、及びガラスの製造年代とほぼ同時期に製造されたと思われる白い蝋が散乱していました。

 尚、筆跡鑑定をした結果、当テキストの執筆者は-faから-ffのログと同一です。 :マスター〕

 〔最近行燈みたいな頭の人と、四角いランプ頭の人が熱心にこのログを読んでました。お茶を出そうとしたら凄い声で断られたんですけど、僕が悪かったんですかね。 :ヒナタ〕

 〔そっとしておいてください。 :マスター〕


 〔追記:手紙の執筆者の意向を反映し、-faから-ffログについては全文を公開しています。ただし、ログの内容に従って実際に操作を行った場合、直ちに重大なペナルティが課されます。 :マスター〕

 〔どうやってペナルティ付けるんです? :御坂〕

 〔模倣される可能性があるため、お教えできません。 :マスター〕


 〔追記2:世界線保持、及び世界線崩壊に関わる重大な情報を含むことが確認されたため、当事案を以て当該ログは全て永久番扱いへ変更されました。ログの無断複製・持ち出し・損壊を厳に禁じ、これら行為が認められた場合重大なペナルティが課されます。 :マスター〕

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