第2話 恵瓊の心情


「なぜだ、恵瓊殿!? そなたは西軍に与することを主張していたではないか!」


 まるで怒鳴るように尋ねる広家殿に対して、儂はいなすように答えた。


「そうせねば、まず我が毛利家が周囲から袋だたきにされますでな。考えてもみなされ、周囲はみな治部殿に同心しておりますぞ。九州の黒田、四国の蜂須賀あたりはともかく、備前の宇喜多中納言殿など、喜んで攻め込んで来ましょうな。ほかにも治部殿や小西摂津殿はもとより島津義弘殿、立花宗茂殿、鍋島勝茂殿、長宗我部盛親殿……」


 儂が並べ立てた諸将の名は、広家殿を冷静に戻す効果があった。


「確かに。だが、それだけの将と軍勢が揃っても内府殿の方が勝つと思われるのか?」


「広家殿と同様に。『船頭多くして船山に登る』とは、よく言ったものでしてな。拙僧は治部殿とは親しいのでござるが、だからこそよくわかり申す。治部殿では、まとめ切れませぬよ。だからこそ、形の上では我が殿を総大将に担ぐことにしたのでござるが」


 それを聞いて沈黙した広家殿は、少しためらってから尋ねてきた。


「……そなたは、それでよいのか?」


 それに対して、儂は笑って答えた。


「まあ、大恩ある毛利家のためには、この皺首しわくびのひとつくらい惜しむものでもございませぬよ。拙僧も禅坊主のはしくれなれば、物だの領地だの、老い先短い命だのに執着するような不覚悟はさらせませんでな」


 仮にこの策が成功して、内府が天下を取り、毛利家の本領安堵が許されるにせよ、一度は敵対したことに責任を取る者が必要である。その責任者として、この儂以上にふさわしい者がいるはずもない。


 その覚悟を見た広家殿は感動して儂の手を取って言った。


「恵瓊殿、拙者は今までそなたのことを誤解していた。そこまで我が毛利家のことを大切に思っていたとは……」


 そこで絶句した広家殿に、儂は答えた。


「まだ若輩の頃に亡き大殿、元就様に見いだされて以来、四十年以上お仕えしてきたのでございます。物事に執着せぬのが御仏の教え、禅の道ではござれども、自然の人情として大切に思う心は捨てられませぬでなあ」


 嘘ではない。これもまた、儂の心情として確かに存在することは事実だ。だからこそ、広家殿は我が言葉を一片も疑いはしなかった。


 甘いのう。

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