第16話-琴子[回想]
「おかーさん!お兄ちゃんがわたしのお人形こわしたーーーっ!」
私は泣きじゃくりながら母に抱きつく。、
「琴子が勝手におれにぶつかってきたんじゃん!」
わたしに向かって怒る兄。
「琴子、どうしてぶつかっちゃったの?」
困り顔で私の顔を覗き込む母。
「ぶつかったのわたしじゃないもん!お兄ちゃんがぶつかってきたんだもん!」
「琴子がよそ見してたんだろ!もーいいよ、琴子なんてしらない!」
そのやり取りを聞いてまた困った顔をする母。
こういう喧嘩はよくあったのを覚えている。
それでも次の日には結局お互いいつの間にか一緒に遊んで仲良くなっていたが、この日の喧嘩は少し長引いた。
お互い朝からむすっとして、顔も見ないで。
結局私がよそ見をしていて、遊んでいた兄とぶつかり、その拍子に人形を壊してしまったのだから、本当はわたしに非があったのだが、意地を張って謝らなかった。
喧嘩して2日経って、いつも通り学校に行った。今日も兄と帰るつもりはない。
友達とたくさん遊んでから、その日は家に帰るつもりだった。
雨もたくさん降ってきたし、そろそろ帰ろう、そう思ってランドセルを背負って折りたたみ傘をさして校門を出ると、父がちょうど車から降りたところだった。
「おとーさん!どうしたの?」
駆け寄ると悲しいのか、少し顔を歪めたまま、車に乗ってくれと言ったので、わたしはソワソワしながら助手席に座った。父は無言のまま車を走らせる。
「おとーさん?何があったの??」
声をかけるとハッとして、こっちを見ないままゆっくりと口を開く。
「…蓮が……」
「おにいちゃんがどうしたの?」
「…溺れて、死んだ。」
「え…?」
父はそこで口を閉ざした。
死ぬ?死って、なんなの…?
私はそのとき、誰かの死を見たことがなくて、しかも朝隣でご飯を食べていた兄が、居なくなるはずないと思っていた。受け入れられなかった…。
そして、父の車は病院にたどり着いた。
中へ入り、階段を降りた先に、微かに女の人の泣き声が聞こえた。
白衣の人に案内された部屋に入ると、その泣き声は大きくなった。
母が泣き崩れていた。
小さな、でもわたしよりは少し大きな手を握って。
兄は横たわっていた。
ただ寝ているだけのようだった。
だから、わたしは駆け寄って、ポンポンとお腹を叩く。
「おにーちゃん?なんで寝てるの?おかーさんもなんで泣いてるの?ねぇ、早く起きておにーちゃん!」
揺さぶると、母は私を抱きしめて泣き続けた。
母がさっきまで握っていた兄の手を、今度は私が握る。
氷のよう、いや、氷以上にその手は冷たかった。
わたしは温めようと両手で包み込んだ。
でも何もならない。
兄はこの世を去ったのだ。
仲直りも、できないまま。
………………
「琴子?大丈夫?」
私は、はっとした。
今わたしは圭にフラワーアレンジメントを習って、それが終わってお茶してるところだった。
昔のことを考えて、ぼーっとしていたわたしを、心配そうに見つめる圭。
「大丈夫。ごめんね、なんか急に、お兄ちゃんのこと思い出しちゃって。」
「…蓮のこと?」
「うん…私…お兄ちゃんと喧嘩したまま、仲直りできずにお別れしちゃったから…すごく、ずっと、後悔してるの。…いましたって、仕方ないのにね。」
「……蓮もね、謝りたがっていたんだよ。今日こそ、帰ったら、謝らなきゃ。おれ、イジワルしすぎたなって、そう、あの日に言ってたからね。だから…蓮は怒ってないし、気持ちは2人とも、同じだったんだよ。」
圭はそう言うと優しく微笑みかけた。
「そっか…………お兄ちゃん…ありがとう、圭。」
私も圭に微笑みかける。
ふと、この休憩スペースの壁にあるツタに目をやる。
「いつも、思っていたんだけど、ここにはってるツタ、これ、ハート形に見えて、すごくかわいいね。なんていう植物なの?」
「ん?ああ、それはアイビーって言ってね。ウェディングとか、観葉植物としてよく使われる子で、花言葉は、友情、とか、永遠の愛、とかがあるんだ。素敵な花言葉だよね。」
「そうなのね!この可愛い容姿にピッタリ!ほんとに素敵な花言葉だね。」
「うん、でもね、こういう綺麗なものや、可愛いものって、ちょっと怖い花言葉もあるんだよ。アイビーの場合だとね死んでも離れない。っていう意味を持ってるんだよ。」
圭はそう言って微笑みながら、綺麗な動作でハーブティーを飲んだ。
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