第2話「伝統の一戦」
「はぁ……今日も仕事疲れたなぁ……」
4月21日、時刻は19時を過ぎてネオンの灯りがあちらこちらに光照らしている街並みを、雄大が今日1日の仕事の疲労を蓄積させた状態で歩いていた。
そして『BaseBall Bar Maid Stadium』という看板が書かれた行きつけのバーの扉を開き、カランコロンと同時に鳴った鐘の音と共に、雄大は店の中に入っていく。
「よっしゃぁあああああっ!福留最高やぁあああ!」
店に入ってすぐに歓喜の声をあげる園子が目に入った。
テレビには東京ドームで行われている阪神巨人戦の中継が映し出されていた。今ちょうど福留が先制のホームランを放ったところだった。
「ま……まぁ試合はまだ始まってばかりだから……これから逆転するし、へーきへーき」
園子の目の前にあるカウンター席に顔立ちの良い黒髪の男性が座っているのが見えた。この言動からして雄大はこの男性が巨人ファンだろうと察した。
「あら、おかえりなさい。ごめんなぁ、試合に夢中になってて気づかへんかったわ」
男性の隣の席に座った雄大と目が合って、ようやく彼の存在に気づく園子。
「ハハハ、ええよ別に。夢中になってたんならしゃーないわな」
雄大は苦笑いで受け答えする。
「あ、そういえばこの人とは初めましてやんね。この人もここの常連さん。」
園子は先ほどまで話をしていた隣に座っている男性を指差した。
「初めまして。逆瀬川勇人です。」
「こちらこそ初めまして。神山と申します」
「まぁまぁ、そんな丁寧な敬語使わなくてもいいですよ。見たところ俺より年上でしょうから」
「あ、そう? じゃあお言葉に甘えてタメで話させてもらうわ。同じ常連同士よろしくな!」
雄大と勇人はすぐに打ち解け、互いに握手を交わす。
「それはそうとお兄さん、今日は何飲まれます?」
「とりあえずカシス」
「かしこまり! すぐ用意するから待っといてな!」
裏で酒を用意する園子をよそに、雄大と勇人は再び野球中継画面を眺め始めた。
そして試合は終了し、結果は4-1で阪神が勝利した。阪神は福留のスリーランの後、北條の押し出しによりさらに1点を追加。投げては先発メッセンジャーが巨人打線を8回1失点に抑えリードを守りきった。
「よっしゃぁ〜! 勝ったでぇ〜!」
「負けたでぇ……」
ご満悦な表情を見せながらチューハイを呑む阪神ファンの園子と、お通夜に参列しているかのように落ち込んだ表情を見せながら日本酒を呑む巨人ファンの勇人であった。
「今日は投打ともにやられてしまった……まさか阪神相手にマイコラスで落とすとは思わんかったから……」
「いや〜もうホンマにな! マイコラスに黒星つけて勝ったんはめっちゃ気持ちええわ! 今までどれほどかもなされたことか!」
巨人の先発マイコラスは過去2年間阪神に対して6試合に登板し、3勝負けなしで防御率も1点台とカモしている。そして今シーズンも、前回の甲子園での試合で先発し、7回3失点と若干調子を崩すも打線の援護に恵まれ、勝利を挙げている。それ故に阪神ファンから難敵と称されていた投手から、八度目の正直で今回ようやく土を付けけることができた。
「よっしゃ、気分もええことやし2014年のCS最終戦垂れ流ししよっと!」
2014年のCS最終戦とは、同年10月18日に東京ドームで行われた巨人対阪神のクライマックスシリーズファイナルステージ第4戦。この年リーグ2位の阪神は王者の巨人にこの日まで3連勝しており、勝てば悲願の日本シリーズ進出という試合だった。阪神は苦手としていた巨人の先発小山雄輝からマートン、福留、西岡のホームランで2回6得点を奪い早々とマウンドから引きずり降ろした。その後巨人打線もホームランなどで反撃を見せるが、追加点やリリーフの好投でリードを保ち、8-4で阪神が勝利をおさめ、9年ぶりの日本シリーズ進出を決めた。
園子はこの試合を阪神のベストゲームの一つとしており、試合の中継が無い時は常に店内で垂れ流すほど気に入っている。
「またそれを見せられるのか……ただでさえ負けて辛いのに死体蹴りみたいな事するのやめて……」
「しゃーないやろ!もう野球中継してるチャンネルもないし、ほかもときに面白そうなん無いねんもん!」
彼もこの店で何度も見せられているのか、もう勘弁してくれといわんばかりの大きなため息を行く勇人。
「1985年のバックスクリーン3連発とか2005年の優勝試合垂れ流すならまだええけどさ……何でこの試合ばっかり垂れ流すねん?!」
「だってその時の巨人ってそんなに強なかったやろ? そんな状態にチームに勝ってもなぁ、って感じやし」
1985年の巨人は61勝60敗9分の3位。5月から夏場にかけて調子は良かったものの、終盤に失速してこの成績に終わった。また2005年の巨人は先ほどの戦績を大きく下回って、62勝80敗4分の5位。この年は開幕4連敗を喫し、投手陣や助っ人外国人の不振が相次いでチーム状態も上がらぬままこの順位に終わった。巨人ファンの間では「もう思い出したくもない」と評されるほど、最悪なシーズンだった。どちらも球界の盟主と呼ぶには確かにお世辞にも強いとは言えない成績である。
「やっぱし優勝したチームを叩きのめして日シリに行けたんが最っ高に気持ちええわけやん?!」
なお、その年阪神がソフトバンクと対決した日本シリーズの最終戦において、阪神はとんでもない負け方をして日本一を逃したのだが、それを言うと園子が心の奥底に閉まったトラウマの傷口が抉られる上に、同じく阪神ファンである本作品筆者にとってもあまり思い出したくない負け方なので、ここでの詳しい説明は割愛させていただく。
「うん、気持ちはわかる。気持ちはわかるが、もういい加減やめてくれぇ! 優勝して負けたからこそ悔しいんじゃ! せやから見たくないんじゃ!」
「そっか、やったら阪神の得点シーンだけ再生するわ!」
「もっとやめてぇ~!」
園子が、鬼畜の黒い笑みを浮かべながら言い放つと、勇人は泣くようにしてさらに落ち込んだ。
「それにしても、園子は阪神ファンで勇人くんは巨人ファンやのに結構仲ええな」
巨人と阪神はプロ野球の歴史が幕を開ける83年前からほぼ同時期に創立された深い歴史を持った球団同士ということもあってか、当時から絶対的なライバル関係にあり、マスコミもこの2球団同士の対戦カードを「伝統の一戦」と銘打つほどでもある。ファン同士の仲もそのように思われがちだが、阪神ファンと巨人ファンであるこの二人はその因縁を全く感じさせることが無いほどに仲良く接しあっている。
「せやな。勇人とはウチがまだいたいけな幼女やった頃からの仲で、別の仕事の同僚でもあるからその縁でな」
「え?! ってことは勇人くんも……」
「はい。麻薬と麻獣を取り締まる仕事をやってます。」
園子が兼業でやっている地方というのは、ウラ街にはびこる麻薬や獣を取り締まる公務員的なものである。彼女は公務員という立場なので、こうした兼業は当然許されているわけがなく、向こう側には内緒でここで働いている。何故わざわざ兼業でやっているのかというと、彼女曰く「当然好きだから」とのこと。野球と美少女が大好きな園子のことを考えると実に納得のいく理由である。
「まぁ、コイツとは幼馴染と仕事仲間ってだけで、それ以上は仲良く無いですから。」
「そんな遠慮したこと言うなや〜! ウチは基本美少女専やけど、アンタやったらそういう関係になったってもええんやで?」
「すまんな。試合中勝っても負けてもギャーギャー喚くトラキチはお断りや。」
「なんやと〜?! この〜!」
本人達は互いにその気はないので、実際に口に出せば怒られるかもしれないが、この馴れ合いを見る限り、まさしくカップルや夫婦のそれとしか見えない。そんな彼らの中を羨ましく見つめる雄大であった。
「けどまぁ、園子姉が阪神ファンやろうと何やろうと、野球っていう共通の話で盛り上がれる友達であることには変わらんよ。」
「せやな。ウチも勇人も野球経験者やから互いのチームの良かったプレーとかあかんプレーとか、結構マニアックな部分に突っ込んで話し合えるんも面白いかな。」
園子は高校時代風紀委員所属で部活は特にしてなかったが、女子ソフトボール部の助っ人を数回経験し、いずれも大活躍したほどである。
「園子が野球やってたのは知ってるけど、勇人くんもか?」
「ええ、高校の頃まで。今は怪我などで色々訳あってやめちゃいましたけど……」
雄大は少し前に逆瀬川という苗字の高校球児がいたことをふと思い出す。まさかとは思ったが、訳ありで野球をやめた本人に色々聞くのはやめた方がいいかもしれないと思い何も聞かないことにした。
「あとは、阪神が巨人に負けてムカついた時の発散口になるのも利点やな」
「せ、せやな……去年は阪神から勝ちまくったからどれだけ言われたことか……」
「それはいくら何でも酷くない?」
「そりゃ言うよ! 巨人がいつも球界の盟主ぶってるのはめっちゃムカつくから勝ちたいに決まってるやん!」
「巨人阪神戦のときの園子姉ときたらいつもこんな感じやし、阪神も巨人戦の時は結構本気出してくるから、ホントに見るのがしんどいわ……」
「ハハハ……お疲れ様やね。」
園子より歳下の勇人のことなので、いつもこうした感じで世話を焼かされているのかと考えると、思わず彼に同情してしまう雄大であった。
「でもまぁ、巨人みたいな憎たらしい敵でもおったほうが面白いけどな。」
園子はしみじみと語り始める。
「野球に限らず何事もライバルがおるのとおらんのとで熱意は大きく違うと思うねん。ウチも別の仕事の方に、めっちゃ憎たらしい同期がおるんやけど、そいつにだけは負けたくない!って思って色々努力して気づいたら一人前になったから、ライバルの存在って大事やねんな……って。だから阪神も巨人にだけは負けたくないって気持ちがあるから、あの暗黒時代から優勝できたんやと思うな。」
雄大は園子の兼業について詳しくは知らないが、ライバルの存在が自分自身を強くすることに関して納得の頷きをした。彼自身も学生時代は野球部に所属していて、自分よりレベルの高い同期や後輩を見て不安になる事が何度もあった。それでもめげる事なく、彼らに負けたくないという気持ちで練習を重ねた。その結果、そんな実力者を押し退け見事レギュラーを勝ち取る事ができた。目標となるライバルがいることは成長即ち新たなる技術を身につけるキッカケとなるので、確かに面白いものである。
「園子姉にしては随分説得力あること言うな」
「ふふん、まぁな。 それにアンタかって野球でも仕事でもウチが上にいるから成長していったんやで? けど、ウチに比べたらまだまだ半人前やけどな!」
「くっ…腹立つなぁ〜……いつか園子姉超えるくらいになったるから絶対覚えとけ!」
「ほーん、やれるんやったらやってみぃや! ふふっ!」
幼馴染で仕事仲間でもあり野球仲間でもあるからこそ遠慮なく煽り合う園子と勇人。こうした仲で二人は互いに成長しあっていったのかもしれない。そう思うと夫婦でもカップルでもないにしろ本当に羨ましい仲である。
そんなこんなで、今日もバーでは客とメイドが野球談義をしながら夜をふかしていくのであった……
BaseBall Bar Maid Stadium 神山遊哉(旧・烏丸れーもん) @karasuma-laymon
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