ダジャレイカン

 あるところに、とてもダジャレが好きなオジさんがいました。

 オジさんは、何かと言えばすぐダジャレを口にしてしまいます。


「わたくし、停留所からバスに乗っていりゅう~」

「バスの席混んでいます。そして、誰かが咳き込んでいます!」

「出金してから出勤」 

「メールを書くのを速めーる!」

「クライアントが着てる暗いマント」

「上司が腹上死」

「これは、仕事上の隠し事」

「クレームをもっとくれー」

「帰り際にもらう見返り」

「ビールを飲む時間が伸びーる」


 と、こんな調子でどんな時もどんな場所でも、見境無くダジャレを言いまくっていました。

 もちろん、ダジャレ自体に罪はありません。

 ここぞと言う場面での切れ味鋭いダジャレであれば、みんなを笑顔にする素晴らしいものにもなり得るでしょう。

 しかし、連発されるダジャレほどその場の空気を寒くさせるものはありません。

 会社の同僚、友達、そして家族ですら、オジさんのダジャレにうんざりしていました。


 そして何より残念なのが、オジさん自身はその事実に気付いていない、ということ。

 オジさんは、良かれと思ってダジャレを口にしているのです。

 本来、口下手だったオジさんが自然と身に付けたコミュニケーションの術、それがダジャレでした。

 オジさんにとってダジャレは唯一の武器であり、同時に自分を守るための盾でもあったのです。


 


 とある休日のこと。


「一歩、二歩、そして私は散歩中!」

「砂場は本当に砂ばかりだなぁ」

「ベンチを作るベンチャー企業」


 照りつける太陽の下、オジさんは相変わらずダジャレを連発しながら公園にやってきました。

 ベンチに座り、目に入ったもの全てをダジャレ化し続けるオジさん。

 当初、公園の中には無邪気に遊ぶ子供たちやそれを見守る親御さんの姿があったはずなのに、いつの間にか誰も居なくなってしまい、オジさんはひとりぼっちになってしまいました。


「私ひとりだけ、エノキダケ」


 オジさんが寂しそうに呟いたその時。


 ボワワワワーン。


 オジさんの目の前に白い煙がモクモクと湧き始めました。


「煙は無理、煙は無理!」


 慌てるオジさん。

 そして、白い煙の中から現れたのは……。


「やあ、どうも」


 大きな杖を持ち、白いローブに身を包んだ白髪の老人でした。


「その杖、強ぇ?」

「ふぉっふぉっふぉ。早速ダジャレとは、聞きしに勝る強者じゃのう」


 オジさんはベンチに座ったまま、不思議そうな目で高笑いする老人を見上げています。


「突然じゃが、ワシが誰か分かるかえ?」

「全然分からん。けしからん」

「ふぉっふぉっふぉ。驚かせてすまんのう。ワシは神。神様じゃ」

「おお、神様の髪を噛み倒す!」

「ふぉっふぉっふぉ。パッションが凄いのうパッションが」

「ありがとう、ふきのとう」

「ふぉっふぉっふぉ。それじゃ本題に入るぞい。実は、ちょっと言い辛いんじゃが、今回お主の前に現れたのは他でもない。バチを与えに来たんじゃよ」

「バチを育てる植木鉢」

「ふぉっふぉっふぉ。シュールよのう。ワシは嫌いではないんじゃが、お主のダジャレで迷惑してる者が大勢居るという報告が上がってきたんじゃよ。心苦しいが、バチを与えなければならないんじゃ」


 神様は申しわけ無さそうに首を横に振りました。


「夕刻に報告」

「ふぉっふぉっふぉ。これ以上お主のダジャレを聞き続けたら愛着が沸いちゃいそうじゃから、さっさとバチを与えるぞよ。ダジャレイカン! ええいっ!!!」


 神様が右手に持った杖を大きく振り上げると、その先端から水色の煙がモクモク出てきて、オジさんの体を包み込んでいきました。


「煙い、眠い」


 そう呟きながら、オジさんは目を閉じ、気持ちよさそうに眠ってしまいました。




「……飽きた、起きた」


 そう言ってオジさんが目を覚ますと、神様の姿はありません。

 代わりに、子ども達の楽しそうな声が聞こえてきます。

 いつも通り穏やかで賑やかな公園に戻っていました。


 スッと立ち上がり、公園の出口へと向かって歩き出すオジさん。

 噴水の浅い水に入って水遊びする子ども達の横を通り過ぎながら、


「噴水で潜水」

 

 と、オジさんが呟いた途端。


「うわっ、冷たい!」

「ひゃっ! 冷たい冷たい~! 気持ちいい~!」


 裸足で水に浸かっていた子ども達が、驚きながら嬉しそうにはしゃぎ出しました。

 何が起きたのかと驚くオジさん。


「気持ち良いお餅」


 続けてダジャレを呟くと、


「うわうわっ! 冷たい冷たい!!」

「冷たすぎる~、ひゃ~」


 まるでアツアツに熱した鉄板の上に乗っているかのように、水の上で足をバタバタさせる子ども達。


「もしかして、おどかして」


 ハッとするオジさんの脳裏に浮かんできたのは、神様が叫んだあの言葉。


『ダジャレイカン!』


 そう。

 ダジャレはいかん。

 つまり、神様はダジャレを言いすぎたバチを与えにきたんじゃないか、オジさんはそう思いました。

 少し悲しそうな顔をしながら、オジさんは黙って公園から出て行きました……。




 翌日。

 オジさんが会社に行くと、みんな何故か汗だくで悶え苦しんでいました。


「あちぃ~」

「死ぬぅ~」

「もうだめぇ~」

「仕事にならない~」


 この日の気温は35度の猛暑日。

 にも関わらず、なんとオフィスのエアコンが一斉に故障してしまったのです。

 修理業者に連絡するも、各地で故障が相次いでるせいで来てくれる時間は早くて夕方とのこと。

 それを見たオジさんは、あることを思いつきました。

 しかし、神様のバチを思い出して口に出すのを我慢します。

 言いたい言いたい……でも我慢。

 言いたい言いたい……でも我慢。

 言いたい言いたい……もう我慢できない!


「エアコン、オワコン」

「胡椒で故障」

「壊れたラブレター」

「汗だく、快諾」


 猛暑で地獄と化す社内に響き渡るオジさんのダジャレ。


「ちょっと! こんな時にそんな──」


 と、誰かが言いかけたその時。

 なんと、あれだけ暑かった室内が見る見る内にヒンヤリと涼しくなっていったのです。

 エアコンは、もちろん壊れたまま。

 では、なぜかと言うと……そう。

 神様がオジさんに与えたバチは、


『ダジャレいかん!』


 ではなく、


『ダジャ冷感』


 だったのです!

 ダジャレを口にする度に、周りの気温を下げるという罰。

 もし、今が真冬であれば罰らしい罰になったのかも知れませんが、幸い今は真夏も真夏。

 あれだけ煙たがれていたオジさんのダジャレが、皆の窮地を救う頼れる武器となったのです。

 満面の笑みで、ダジャレを連発するオジさん。

 それを嬉しそうに聞く同僚たち。

 それはそれは、文字通り夏の暑さを吹き飛ばすような清々しい光景でした。


 ただひとつ。

 夏が終われば秋が来て、秋が終われば冬が訪れます。

 その時オジさんは一体どうなってしまうのか……。

 それはまさに神のみそ汁……いや、神のみぞ知ることでしょう。

 あっ、心なしかヒンヤリと……。

 


〈了〉

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