力士の正体
「内緒だよ……力士ってね、体が大きな人間じゃなくて、ああいう生命体なの」
学校の帰り道、彼女がポツリと呟いた。
「えっ? どういうこと?? 力士って、相撲の力士?」
「そう。力士は生まれた瞬間から力士なんだよ」
何がなんだか意味不明すぎるが、少なくとも僕は知っている。
彼女はくだらない嘘をつくような人間じゃない、ってことを。
「生まれた瞬間って、あの大きさでお母さんから生まれたってこと?」
「違う違う。力士は〈力士の種〉から生まれるの」
「えっ!? た、タネ??」
さすがに嘘でしょそれは!
……って思ったけど、僕は知っているんだ。
彼女は、嘘をつくぐらいなら喜んで死を選ぶほど嘘をつく人間じゃないってことを。
だからもう、この話で彼女を疑うことは絶対にしないと心に誓った。
「種ってことは、力士っていう生命体は植物ってこと?」
「うーん、それは正直微妙なところ。構造的には極めて人間に近いから哺乳類だって言う人もいれば、いいや種から育つんだから植物だろ、って有識者の間でも意見は真っ二つに分かれてて、未だに結論が出ないっていうのが正直なところ」
「お、おう、そうなんだ……。ちなみに、その種はどうやって発生するわけ?」
早くも誓いを破りそうになるのを何とか堪えつつ、僕はなるべく頭の中を空っぽにすることに神経を集中させながら質問した。
「良い質問! 力士はね、時期が来るとどんどん膨らんでプカプカ浮いて、尖った所に当たるとパンッと弾けて力士の種をまき散らすの……。悲しい生き物よね……」
「だな……って、いやいや! プカプカ浮く?? 風船みたいに?」
「そう。風船ってチョロンとした部分あるでしょ? アレって実は──」
「嘘だろ……まさか……マゲ……ってこと?」
僕の言葉に対して、彼女は黙ってコクリと頷いた。
その瞬間、僕の中に渦巻いていた疑念や彼女に対する不信感の類いは綺麗さっぱり消えて無くなった。
代わりに湧き出てきたのは、力士に対する興味、ただそれだけ。
「それじゃ、風船ってのは全部、時期が来た力士たちってこと?」
「ううん。全部が全部ってわけじゃないよ。ただ、白い風船はまず間違い無く力士なんじゃないかな。だって力士は何よりも──」
「白星が好き……でしょ?」
「うん! 凄い、よく分かったね」
「へへっ、どういたしまして」
「びっくりしちゃった。私、あなたのことがごっつぁんです──」
「えっ、ごっつぁん??」
「ううん、何でも無いの! 何でも……」
いつも冷静な彼女が、珍しく顔を赤くして慌てている。
その理由を知りたい気持ちよりも、今はとにかく力士の事で頭がいっぱいだった。
「時期が来た力士は風船になるってのは分かったけど、それじゃなんで親方は風船にならずに年を取ってるの? 膨らむどころか、現役時代より小さくなってる場合のが多いような気がするけど……」
「親方はね、膨らんで風船になるよりも弟子を育てることを選んだ存在。そして、弟子を大きくするために自分の“太み”を弟子に吸わせた結果、どんどん小さくなって行くんだよ」
「ま、マジか……親方ってすげぇ……。あっ、話は変わるけど、大相撲の力士ってオスばかりだけどメスとかって居ないの?」
「もちろん居るよ。四股名に〈里〉が付く力士がメスだよ」
「おお、そうなんだ! すげえ、力士って不思議!」
「ねっ! 私たち、実は力士のことについて知ってるようで、まだまだ知らない事だらけなんだよね」
「だな……」
確かに彼女の言うとおり。
普段ほとんど気にしてなかった力士のことが、もっともっと知りたくて仕方が無い。
「じゃあさ、『はっけよい』ってどういう意味?」
「それは力士語で『膨らんでも良いか?』ってことだよ」
「それじゃ『のこったのこった』は?」
「それは力士語で『まだだよ、まだだよ』ってことだよ。強い子孫を残すためには、もっと強くならなきゃって。風船になるのはまだ早い。まだだよ、まだだよ、ってことなんだよ」
「おお、そうなんだ! あっ、それじゃ『ごっつぁんです』っていうのは? 力士が良く言ってるあのセリフ」
「それは……『愛してる』ってことだよ」
「へー、そんな意味だったんだ! って、さっきのアレ……!?」
「うん。ごっつぁんです……だよ」
「えっ!? は、はっけよい??」
「のこったのこった」
僕たちにも、時期が来たみたい。
〈了〉
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