片腕改造ブーム
その夏、日本中で猛威をふるった謎の奇病……〈左腕かゆかゆ病〉。
非常に感染力の強いその病気にかかると、とにかく左腕が痒くて痒くて仕方がなくなる。
多くの専門家が研究を進めた結果、本当にただ痒くなるだけで命に別状がないことが分かったのだが、一説によると人間は痛みよりも痒みの方が我慢出来ない生き物であり、感染した者のほとんどが日常生活に大きな支障をきたすことに。
しかも、かゆかゆ病の病原体はその症状のシンプルさに反して非常に複雑な遺伝子構造をしているため、治療法や治療薬の開発には数十年必要との試算が出された。
このままだと日常生活はもちろん、経済活動へも多大なる悪影響が出ることを憂いた政府が画期的な対策を打ち出す。
その名も……〈人体改造規制緩和法案〉である!
古よりタブーとされてきた“人体改造”に関する法案ということで発表当初は大きな物議を醸したが、左腕かゆかゆ病に感染した患者限定であり、なおかつ患部である腕を改造することに限るという内容は大きな支持を得て、特に反対意見が出ることもなく国会であっさり可決。
晴れて、正式に人体改造規制法が施行される運びとなった。
そして、片腕改造ブームの波は瞬く間に広がっていく。
一番人気の改造は〈パワーアーム〉。
その名の通り、機械による強力な力を発揮することが可能な改造パーツで、重い物を運んだり、何者かに襲われた時に撃退できるなど数多くのメリットがある上、通常の腕や手と見た目が遠くないという点も人気の要因だった。
ただ、あまりにも人気が集中しすぎると、
「せっかく改造するのに面白みなくね?」
「無難すぎて格好悪いよ」
「なんで手から手に変えるの?」
「っていうか怖いんですけど。力尽くで何されるか分からないから近づきたくないんですけど」
……などと言った悪い評判が立ち始め、パワーアームを選ぶ人が減るだけでなく、パワーアームから別のパーツに変える者も増えてきた。
次に一大ブームを巻き起こしたのが〈パップルアーム〉である。
スマート携帯のパイフォンやパイパッド、パップルウォッチなどが有名な超大手IT企業が満を持して発売した高機能改造パーツ。
さすがパップル社と言うべきか、改造するのに手や腕の形をしているのはダサいという時代の流れを読み取り、アームと名前が付いているのにも関わらずその見た目は腕とはかけ離れたスタイリッシュな長方形をしていた。
パイフォンの上下をビヨーンと長く伸ばしたような形をしており、その全面がタッチ式のパネルという構造である。
地図やブラウザなど便利アプリはもちろん、特に自分の体を利用したゲームアプリは画期的な遊び方が出来るとして好評を博した……が、如何せんとにかく値段が高い。
一番安いモデルでも数十万円、ハイエンドのパップルアームProに関しては32インチ有機ELパネルを備えていることもあり、その価格は高級外車並にまで跳ね上がっていた。
それでも、ブランド力で買いたくなってしまう、そうパップルアームならね……とは行かなかった。
その答えは簡単。
自分の左腕に32インチの画面がくっついてることを想像して欲しい……そう、うざい。
そして、見づらい。
そんな中、改造パーツにシンプル化の波が訪れる。
例えば〈野球用バット〉。
ピッチャーの投げた球を打ち返すことが出来るのはもちろん、歩き疲れたら杖替わりにもなるし、料理の際にはパンやうどんの生地を延ばすための麺棒としても活用できるとあって、一躍大人気に。
ただ、プロ野球選手が左腕をバットに改造した場合は悲惨の一言。
なぜならルールブックには『試合で使用するバットは人体と分離したものに限る』との一文が記載されていたため、普通の右腕とバットの左腕でバットを握るという荒技を強いられたのである。
かと言って、パワーアームに改造した場合はスポーツ精神に反するということで試合にすら出られなくなるため、プロ野球選手の多くが人間の平均的な力しか出ない〈ノーマルアーム〉もしくは、〈セカンドバッグ〉に改造することになったのは言わずもがなであろう……。
他の専門職で言うと、料理人はこぞって左腕を〈包丁〉に改造するものの、その後すぐに銃刀法違反で逮捕されりゅという事態が未だに後を絶たない。
その点、パティシエの多くが改造した〈泡立て器〉に関しては全くもって違法性が無く、料理関係職の改造格差は広がる一方である。
逮捕関連で言えば、片腕改造ブームの初期、全国のエロオヤジがこぞって〈テクニシャンアーム〉なる卑猥な形のアダルトグッズまがいなパーツに手を出し、外に出る度に指を差されて笑われ続けるだけでなく、わいせちゅ物陳列罪により逮捕者が続出した、というのは今となっては笑い話となっている。
余談だが、筆者である私自身もかゆかゆ病を発症し、左腕を改造済みである。
悩んだ末に選んだのは〈マウス型パーツ〉。
左腕を動かす感覚で画面内のカーソルを移動させることができ、頭の中でシングルクリックやダブルクリックを思い描くだけで即座にその動作が反映され、とても便利である。
ただし、マウスの形でキーボードを打つのがこれほど大変だとは思いも寄らず、もし誤字脱字があった場合は大目に見て貰えるとありがたい……。
〈了〉
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