アパートの隣人が勇者くさい

 最近、どうしても気になって仕方が無いことがある。

 それは……1週間前、隣の部屋に引っ越して来たヤツのことだ。

 まず、挨拶も何も無い。

 最低限の常識があれば、少なくとも両隣に挨拶するのが当然だと思うのだが……って、それはまあこの際目をつぶるとして、どうしても気になって仕方が無い点が1つ。


 隣のヤツ、どうも……勇者くさいのだ!


 勇者くさく思う理由その1。

 ベランダに干してあったマント……!

 最初、シーツかカーテンかとも思ったが、よく見たら完全にマント以外あり得ないサイズ感なのだ。

 しかも、洗濯するペースが異常。

 雨の日以外、ほぼ毎日干してあるっていうんだからもう完全にクロでしょ?

 毎日マントを洗濯する職業なんて勇者以外考えられないもんな。


 勇者くさく思う理由その2。

 壁越しに聞こえてくる、とりゃとりゃの声。

 最初は部屋に迷い込んだ蚊と格闘してるのかとも思ったが、耳を澄ますと「とりゃっとりゃっ」の声と同時に、シュッシュと何か鋭利な物を振っている音も聞こえてきたのだ。

 明らかに、それは剣の素振りに違いない。

 しかも、シュッシュ音の重厚さからして伝説の剣系の可能性高し。

 となると、いよいよ勇者以外考えられない。


 勇者くさく思う理由その3。

 頻繁に聞こえてくる「魔王」という言葉。

 あるときは、廊下を歩きながら「いつか魔王を……」的な言葉を発してるのが聞こえてきたり、またあるときはベランダに立って「あの森の先に魔王が……」的な言葉を発してるのが聞こえてきたり。

 これに関しちゃ、あからさますぎて笑けてくるぐらいだし、逆に勇者感が出過ぎていて勇者じゃないんじゃ……と思った時期もあったが、他の理由と合わせて考えるとやはり勇者としか思えない!


 そんな結論に達した俺は、限りなくクロに近いグレーを完全なクロにすべく、アイツの正体を明らかにするための計画を練った。

 それは……勇者ならばスライム見たらついつい反応しちゃうでしょ大作戦!


 と言うわけで、俺は夜な夜な近所の空き地をウロウロして、スライムがくるのを待った。

 実は、最近このあたりでスライムに遭遇したという噂を良く聞くのだが、それもまたアイツが勇者なんじゃないかという裏付けなんじゃないかと思えて仕方が無い。

 だって、勇者という生き物はどうしてもスライムを引き寄せる力を持っているはずだから……なんてことを考えていると、目の前にスライムが現れた!

 しかもしかも、メタリックなタイプのスライムだ!

 倒せば大量のお金が手に入るっていう、勇者にとっちゃよだれもんの魔物。

 俺は慎重かつ大胆に、スライムを捕獲することに成功。

 生きたままカゴに入れ、アパートに持ち帰った。

 

 そして、翌朝。

 いつも隣のアイツが出かける時間を見計らって玄関で待機。


 ガチャッ


 と、隣のドアの鍵が開く音がしたのと同時に、自分の家のドアを少し開けてスライムを廊下に解き放つ!

 そして、すぐにドアを閉めるのと同時に、隣の家のドアが開いた。


「うお! スラだ!」


 ヤツの声!

 よし、タイミングは思い通り!

 その食いつきっぷり、そして「スラ」と略してる感じといい、勇者の可能性はもう80%と言って良いだろう!

 

 バタンッ!


 俺は玄関のドアを勢いよく開けながら外に飛び出した。


「出たな勇者!」


 と、言ってから気付いたが、これって完全に悪者のセリフじゃないか。

 まあ、言っちゃったものは仕方が無い。


「なんだおい」


 隣人は、俺が突然目の前に現れたことにだいぶ動揺しているようだ。

 ただ、気になるのはその格好。

 夏真っ盛りだというのに、ロングコートで体を包み込んでいた。

 きっとその下には、勇者然としたマント姿が隠れているに違いない……!


「さあ、正体を現してもらおうか!!」

「ん? 正体とは?」


 フッフッフ。

 慌ててる、慌ててる!

 冷静さを装ってはいるが、明らかに目が泳いでるぞ!


「ほら、どこ見てるんだい? やましいことが無いなら、真っ直ぐこっちを見られるはず──」

「ん? やましいこと? 何を言ってるんだ君は。それより、私が気になってるのはスラだよスラ。ほら、無駄話してる間に逃げてしまうじゃないか」


 と、横に向けた視線の先には、廊下を駆け抜けるスライムの後ろ姿。

 や、やっぱりね……。

 スライムのことが気になって気になって仕方が無いんだ。

 それこそがもう……


「ズバリ聞くけど、あんた、勇者だろ!!! どーーん!!」


 俺は、これでもかというぐらいズバァァァと指差しながら言ってやった。

 フフ、決まったぜ……!

 ついに、ここ数日俺を悩ませ続けた疑問が晴れる時が来た……いや、まだだ。

 ヤツが勇者だとしたら、そう簡単に口を割るわけが──


「ああ、勇者だ勇者。だから早くそこをどいてくれないか? スライムが逃げてしまうじゃないか」

「あ、はーい……って、えええ!? いまなんて??」


 俺は、伸ばした腕を元に戻すのも忘れて聞き返した。

 そ、そんなあっさり言う!?


「だから私は勇者だと言っている。別の村でこの辺りに魔王が居るらしいとの情報を聞きつけ、先週引っ越して来たのだ。さあ、これで満足だろ。さっさとどいてくれ、スライムが逃げてしまうじゃないか」


 隣人……もとい勇者は、一点の曇りの無い目で言い切った。

 マ、マジなのか……??

 いや、ずっと勇者だと疑い続けてきた身としては、その思いが正しかったことに喜ぶ場面ではあるのだが、ここまであっさり認められると逆に手応えなさすぎて拍子抜けるというかなんというか……。

 あっ、でもそれじゃあ……


「その格好はなんなんだよ? 魔夏にコートって、間違いなく勇者であることを隠すためだと思ってたのに……」

「ああ、これは日焼け防止だ。将来シミだらけになりたくないからな。美しくあり続けることも、勇者の義務の1つ。さあ、いい加減どいてくれ。スライムが逃げてしまうじゃないか」


 そう言いながら、勇者は強引に俺の横を通り過ぎようとした。

 マ、マジだ……。

 いくらシミだらけになりたくないからって、魔夏にコートを着るなんて早々できることじゃない。

 計り知れないほどの覚悟。

 こいつ、本物の勇者に違いねぇ……!


「分かったよ! あんたは間違いなく勇者だ。紛れも無い。紛れもなさすぎて笑えてくるぐらいだよ」


 俺は、横を通り過ぎようとする勇者の肩にポンと手を置いた。


「ああ、それなら良かった。じゃあ、スライムが逃げてしまうから……」

「ちょっと待って!」


 勇者の肩に置いた手にギュッと力を込めた。


「さっきあまりにもサラッと言うから思わず聞き逃しちゃったけど、たしか『魔王がこの辺りに居る』的なこと言って無かった??」

「ああ、その通り。ここ数日の聞き込みで、ある程度場所も絞れてきてるしな。じゃあ、スラが……って、そうだ。キミ、仲間にならないか?」


 突然、ずっとスライムが逃げた方ばかりに目を向けて居た勇者の顔が、クルッとこっちを向いた。


「……はい? 仲間??」

「ああ、仲間だ。古からの言い伝えによると、魔王を倒すために必要なものは18個。勇者の剣、勇者の盾、お小遣い、地図、飲み物(ジュース不可)、ティッシュ、熱い気持ち、諦めない心、あの日の思い出、友達の結婚式に呼ばれなかった悔しさ、なんかのリモコン、薬草、毒消し草、勇者の剣、単三電池、恋心、家の鍵、テント、固形燃料、肉、野菜、トング、ウエットティッシュ……」

「いや、多いよ!! そういうときの必要なものって大体3個ぐらいじゃね? 多くて5個か7個でしょ! 18個て!! つーか、勇者の剣なんて2回出てきてるし! メンタル的なものも多いしそこまでして18個にする必要あった?? っていうか、それなのに余裕で18個超えてるでしょ!? 後半なんて明らかにバーベキュー満喫しようとしてるし!!」


 なんだなんだおい!

 ふざけた勇者だなまったく!

 激しく突っ込みすぎて喉やられるわ!

 なのに、この勇者ったら顔色1つ変えないでじっとこっち見てるし!


「まあ細かい事は良いじゃ無いか。それより仲間にならないか? 本気で誘ってるんだが」

「いや、なんで俺?? ただの隣人だけど??」

「なぜか? それは……暇そうだからな。わざわざスライム捕まえてきて、私が出るのを見計らって目の前に放り出したんだろう? なかなか暇が無い限りできる芸当じゃないぞ」

「……クッ!」


 た、たしかにその通りだけども……。

 言い返す言葉は無いけれども……。


「だ、だとして、俺が魔王を倒すのに役に立つとでも?」


 自分で言いつつ切なくなったが、聞かずにはいられなかった。

 それでも、勇者は相変わらず顔色1つ変える事無くじっと俺の事を見つめたままだった。


「それは少々自分を過小評価しすぎじゃないのかな? あのスラ、キミが自分の手で捕まえたんだろ? アイツの逃げ足はハンパ無く、私でも倒すのに苦戦するほどだ。それを倒すだけでなく、生きたまま捕まえたとなるとその腕は相当なものに違いない。誇れ、もっと誇ればいいぞ」


 そう言い終えると、勇者は口角を少しだけ上げて見せた。

 ま、まあ、あの時は勇者の正体を突き止めたい一心で無我夢中だったからなぁ……。

 でも、いざそう言われると、俺って結構凄いのかも……?

 フフ……フフフフフ……!

 俺が勇者の仲間……勇者が俺の仲間……フフ……フフフフフ……!

 この、持ち上げ上手め!

 気分が良くなってきて、段々その気になって来ちゃったじゃ無いか。


「じゃあ、仲間になっちゃおうかな……? へへっ」

「そうか。助かる」

「ヘヘへ……あ、そうだ。魔王の居場所が絞れてきたって言ってたけど、どの辺りなの? 仲間なら、聞いてもいいよね?」

「ああ、もちろん。ここから大通りに出るまでの道にクリーニング屋があるだろ?」

「あ、うん。あるねあるね」

「その店の横の路地を行った先にコンビニがあるだろ?」

「うん、あるねあるね」

「その裏あたりだ」

「ほう、なるほど……って、そんな近くに? っていうか、コンビニあるし人通り結構あるけど? そんなとこに魔王いるの??」

「ああ。コンビニが近くにある方が便利だからじゃないのか。それより……」


 と、勇者の目がギラッと光った。

 な、なんだ??

 その魔王に何か動きでもあるのか?

 いよいよ、この世界を破滅に追い込もうとしてるとか……


「スライムに逃げ切られるぞ!! いけ、仲間!!」


 アパートの廊下に、勇者の怒号が響き渡った。

 隣の隣に住んでる主婦がドアを開けてこっちを見て、またすぐドアを閉めた。

 まあ、怪しさ満点だからな……って、この勇者、俺が仲間になった途端ちょっとキャラ変わってない?

 もしかして、釣った魚にエサはやらない系だったり……


「ほらほらほら! どうしたスラ捕獲名人! 早くその力見せてもらおうか!!」


 うへぇ!

 完全にそれ系だった!!


「ほらいい加減にしろよぉオラー! 伝説の剣に血を吸われたいのかオラー!」


 いつの間にか右手に剣まで持ってらっしゃる!

 こ、こえ~……でも、仲間になるの承諾したのは紛れも無く俺自身……


「わかったわかった! 急いでスライム捕まえてくるからとりあえずその剣しまってよ! それじゃ、行ってくるから!」


 と、俺は廊下を走ってアパートの階段を駆け下りた。

 道路に出ると、遙か向こうにメタリックなスライムの後ろ姿が見えた。

 もう、完全に追いつける気がしない。

 パッと階段の上を見上げると、勇者が「ほらいけ」と言わんばかりに顎をクイッとさせた。

 ちょっとした好奇心が招いた代償はあまりにも大きい。

 でも……しばらく退屈することは無さそうだ!

 俺は、勇者の仲間として、これから起きるであろう想像を絶する出来事の数々に思いを馳せながら、小さくなったスライムの背中に向かって走り出した。


「待て待て待て~……って、おい! そこ、クリーニング屋横の路地じゃないか? やめろやめろ曲がるな曲がるな! そっちの先には魔王の住処が……」



〈了〉

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