晴れのち卍

「……というわけで、高気圧に覆われるため午前から昼頃にかけては気持ちの良い晴天となるでしょう。ただし、午後は西から張り出してくる直角気圧の影響により、全国的に卍の降る確率がぐんと上がりますので、皆様くれぐれも頭上にお気を付け下さい」


 美人お天気キャスターの言葉通り、午後3時を過ぎた頃から急速に雲行きが怪しくなり、ポツポツと卍が降り始めてきた。


「うわっ、マジかよ! 卍降ってんじゃん!」


 駅を出て、絶望的な表情で空を見上げる青年。

 カツンカツンとアスファルトに卍が当たる音がむなしく響き渡る。

 

「へへっ、やっぱ天気予報は見とくもんだな」


 別の青年が、ドヤ顔で傘を広げながら駅の外へと歩き出した。

 その傘めがけて空から落ちてきた卍が、当たる瞬間にフワッと浮き上がり、少し離れた地面に落ちる。

 卍は微弱なS極の磁力を放出しているため、S極の磁力を帯びた〈卍避け傘〉を使うことでぶつからずに済むのだ。


「フッフッフ、甘いな若造」


 ガタイの良い老人が、不敵な笑みを浮かべながら傘を広げるや否や、どこからともなく「おお! あ、あれは……?」と言った声が飛び交い、辺りがざわつき出した。

 そして、老人が駅の外へと歩き出すと、その傘めがけて空から落ちてきた卍が当たる瞬間にフワッ……ではなく、逆に引きつけられてピタッと傘の表面にくっついた。

 ……そう。

 老人が差していたのは〈卍避け傘〉ではなく〈卍寄せ傘〉だったのだ!

 この傘はN極の磁力を帯びた素材を使用しており、傘を差して歩いているだけでどんどん卍が引き寄せられていく。


「フッフッフ、もっとこい……まだじゃまだじゃ、もっと……もっと来い卍!!」


 傘の表面に大量の卍が引っ付き、その重量は相当なものになっている。

 老人の腕はプルプルと震えているが、この日のために鍛え上げた筋力は伊達じゃない。

 ではなぜ、ここまでして老人は卍を集めようとしているのか?

 ……そう。

 卍には無限の可能性が溢れているのだ!


 グズりだした赤ちゃんに向けて卍を振るとピタリと泣き止む。

 幼稚園では、園児たちが卍を投げ合ってキャッキャとはしゃぐ姿をよく見かける。

 小学校の教室では、児童たちが〈卍取り付け用エンピツ〉を取り付けた卍で勉強に勤しみ、中学生になってオシャレに気を使い始めると卍で髪をとかしだす。

 高校生の間では、卍を使った告白が空前のブームとなっている。


「あなたの事が好きです!」


 と言いながら自分の卍を差し出し、告白相手が卍を取りだして自分の卍に卍をからめてくれたらオッケー。

 卍を奪って遠くに投げられたらごめんなさいの合図。

 ただし、遠くに投げた卍を全速力で追いかけて地面に落ちる前にキャッチすることができたら一発逆転で付き合うことが出来る……という敗者復活ルールも人気の要因だ。

 そのルールを逆手に取り、本当は好きなのにわざと卍をからめず、遠くに投げるつもりが間違って真上に投げちゃった、というツンデレ卍もグッとくるとか来ないとか。


 大学生になって車の免許を取ると、少し大きめの卍をハンドル替わりにカスタムするのが粋とされている。

 ただし、ハンドルに使えるほど大きめな卍は極めて稀少なため、苦学生が仕方無く小さな卍をカスタムしてパトカーに捕まり、卍交通法違反により切符を切られている姿はもの悲しいものがある。


 社会人になり、ひとり暮らしを始める者の多くが、なぜかリビングの壁に卍を飾りだす。

 その理由は、インテリアとしてオシャレ感を出すため、幼い頃から慣れ親しんだ卍をそばに置くことによる安心感、なんか魔除けになりそう……など諸説あるが、ハッキリとしたことは分かっていない。

 1つだけ、卍を飾りすぎると壁掛け時計の時間が見づらい……それだけは、間違い無いと断言しよう。

 

 やがて運命の相手と出会い、結婚式を挙げる際、新郎新婦はご祝儀と共に卍を贈られる。

 卍という文字はアルファベットのZが2つ折り重なって出来ている。

 すなわち、この結婚の次はなく、2人は永遠に添い遂げる……そんな意味が込められているのだとか。


 そして子供が産まれ、ぐずる赤ん坊を卍であやし、卍にエンピツを取り付けて小学校に送り出す……そうやって、卍と寄り添う人生はループする。

 年老いて天国に旅立つ時は、巨大な卍をそのまま利用した墓へと入れられる。

 卍の墓はとても大人気だ。

 なぜなら、同時に4人も座ることができるのだから……。

 


〈了〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る