長すぎる行列

 ふと、歩いている途中で行列を見つけて立ち止まった。

 何か新しいお店でも出来たのか?

 なんて思いつつ、並んでる人たちの特徴から傾向を探ってみるが、性別も年齢もバラバラ。

 こりゃ難しいな。

 でもまぁ、先頭に行ってみたら分かるだろう、と人の波を辿って前へ前へ進んでみるが、どれだけ行っても行列が途切れる気配が無い。

 

 なんだこれは……。

 でも、キリが無いし帰るか。

 と、踵を返す……なんて出来るわけがない。

 謎の行列。その正体が気になって気になって仕方が無い。

 行列に並ぶ人の中で、なるべく人の良さそうな感じのおばさんの姿を見つけ、近づいた。


「すみません。これって何の行列なんですかね?」

「これねぇ……。実は私も分からないのよねぇ。でも、なんだか気になっちゃって、並んじゃってるのよねぇ。ごめんなさい」


 おばさんは、思った通り優しく応えてくれた。

 でも、謎は謎のまま。

 他にも、何人かに同じ質問をしてみたが、その答えを知ってる人は1人も居なかった。

 結局、その答えを知るためには列に並ぶしか無いってことか。

 まっ、特にこれといって用事も無いし、何よりこのまま引き下がって何も分からないままじゃ、気になって夜も眠れなくなりそうなので、行列を逆に進んで最後尾へと向かった。

 



 行列の後ろの切れ目には意外とすぐにたどり着き、最後尾の人の後ろに入ろうとしたその時。


 ドンッ。


「あっ、ごめんなさい」


 ちょうど、同じタイミングで入ってきた人と体がぶつかってしまい、すぐに謝った。


「いえ、こちらこそ」


 そう言って、申し訳なさそうな表情を浮かべた女性。

 正直、もの凄く好きなタイプの顔。


「どうぞ、どうぞ。僕のが少し遅かったし」


 本当は、タイミング的には明らかに自分のが早い感じだったけど、そんなの関係なく、とにかく良い格好をしたかっただけだ。

 何の行列だか知らないけど、1つ後ろだからって、何が変わるって事も無いだろうし。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 と、彼女はニコッと笑いながら行列の最後尾に入る。

 そして、そのすぐ後ろに並ぶ。

 目の前に彼女の後ろ姿。

 いやもう、これだけでも行列に並んだ価値があるってものだ。

 

 さっき確認した限り、結構長い時間並ぶことになりそうだが、それだけに前後に並ぶ人の顔ぶれは相当重要になる。

 この素敵な女性の後ろ姿が、仮に大柄でむさ苦しい汗まみれの男だったりなんかしてたら、もうその時点で並ぶことを諦めていただろう。

 なんて自分勝手な事を考えつつ、何となく後ろを確認して驚いた。

 もう、最後尾が見えないほどに行列が伸びているのだ。

 どうなってんだこれ……。

 まぁ、でもとりあえず並んでおいて正解だった。

 この先には、美味しい何かがきっとあるはずだ。




 ……1時間後。

 行列が動くペースに合わせて、じりじりと歩き続けているが、いっこうにゴールする気配が無い。

 このままじゃ退屈すぎる。

 よし、こうなったら……。


「あのう、すみません」


 僕は、目の前の女性に声をかけた。


「はい?」


 彼女は、すぐに振り向いた。

 やっぱり可愛い。


「全然たどり着く気配ないですよね? って、何の行列か知らないんですけど」


 と言うと彼女は「そうですね。って私も何か知らないんですけど!」と笑いながら答えてくれた。


「ですよね! でも、何も分からないのに並ばせてしまう謎の魅力、行列おそるべし! いやぁ、こんなに人を惹きつけるって羨ましい。生まれ変わったら行列になりたいです。僕。」


 思わず調子に乗ってくだらない事を言ってしまったが、彼女は「あはは」と笑ってくれた。


「でも、その気持ちわかるな。謎の魅力、羨ましい。私も、生まれ変わったら行列になりたいな。もしそうなったら、行列同士、仲良くしてくれます?」


 そう言って小首をかしげる仕草の可愛いさよ。

 まだ出会ったばかりなのに、

 こんなくだらない話をしてるのに、

 行列に並んでる最中なのに、

 僕は恋に落ちた。




 それから、僕と彼女は行列の動きが止まるタイミングを見計らいつつ、会話に花を咲かせた。

 好きな食べ物を聞いたり。

 好きな音楽について語り合ったり。

 犬派と猫派に別れて論争したり。

 この行列の正体が何か予想して、もし相手が当たったら何か奢る取り決めを交わしたり。

 話せば話すほど、波長が合う、って思いが強くなった。

 同じ事を彼女も感じてる、って彼女の本当に楽しそうな笑顔を見ればわかった。

 



 結局、あれから何時間経ったのだろうか?

 あまりに彼女との時間が楽しすぎて、いつの間にか行列に並んでることをすっかり忘れていた。

 と、その時。


「ねえねえ。何か前の方、ざわざわしてない?」


 彼女が言った。

 確かに。

 何かわからないけど、明らかに今までと違う気配を感じる。

 そして、思いきり背伸びして前の方を見ると、もの凄く大きな建物が見えた。


 真っ白で窓1つ無い建物。

 その建物……というかもはや果ての無い壁のようなものにポツンと1つ扉があり、そこへ行列が吸い込まれていく。

 その様子を伝えると、彼女は残念そうに「そっか」と小声で言った。

 ついにたどり着いた行列の最前列。

 それはこの楽しい時間の終わりを意味していた。

 僕も同じ気持ち。

 でも、あれが何のお店か知らないけど、中に入っても一緒に居ればいいだけの話。


「ねえ、よかったら……お茶でもしない? 何のお店か知らないけど!」


 と、僕がおどけた口調で言うと、彼女は「うん、いいよ。何のお店か知らないけど!」と明るく答えてくれた。


 そして、ついに彼女と僕が最前列になった。

 目の前には、扉があり、その両サイドに黒ずくめの服を着た関係者風の男が立っていた。


「これって、なんのお店なんですか?」


 僕が質問すると、黒ずくめの男はすぐに答えた。


「ここはお店ではございません。これは〈生まれ変わりの扉〉。この扉をくぐると、赤ちゃんとなり、あらたな人生を歩むことになります」


 え? 何を言ってるのこの人?……とはならなかった。

 最初から、薄々感じていた。

 だって、周りを見渡しても何の建物も無いし。

 上を見ても空も何も無い真っ白だし。

 はっきりわかっていたわけじゃ無いけど、何となくここが〈あの世〉だって感じていた。


 そして、彼女に目を向ける。

 なんとも言えない悲しげな横顔。

 鏡が無いから分からないけど、きっと僕も同じ表情を浮かべているのだろう。


「どうぞお入り下さい。後がつかえていますので」


 黒ずくめの男が、冷静な口調で僕らを促す。


「私が前だよね。ごめん。じゃあ……お先に!」


 そう言って、彼女は扉のノブに手をかけた。


「あっ」


 と、彼女が振り向いて僕を見た。


「ねえ……すごい楽しかったよ! またね!」


 そう言って、彼女は扉を開けて中に入っていった。

 そして、すぐに扉が勝手に閉まってしまい、彼女の姿は見えなくなった。


 行列を進みながら過ごした濃密な時間と比べて、やたらあっさりした別れだった。

 でも、悲しくなんか無い。

 だって、あれだけ波長が合ったんだ。

 たとえ2人が生まれ変わる場所がどんなに遠くても、国さえ違ったとしても、必ずいつか出会える。

 そして、次は本当に美味しいお店の行列に並びながら、くだらない話で盛り上がる。

 扉を開けて中に入りながら、僕は心の中に強く彼女の顔を思い浮かべる。

 この意識がなくなったとしても、

 ちゃんと彼女の事を思い出せるように。



〈了〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る