カスタマイズできるアイドル
タイムマシン整備の仕事を終え、くたくたの体で家に着いた。
もちろん、<瞬間移動バス>を使えばあっという間に帰れるのだが、1円でもお金を浮かしたいと思って<使い捨てインスタント自転車>を選んだせいで足はパンパン。
50年前に初めて製品化した時は<自転車の素>をお湯で温めて3分待つだけで自転車が完成し、お手頃価格で使い捨てもできるなんて画期的だ、と一大ブームを巻き起こしたらしいが、今じゃこんなの使ってるの俺と自転車マニアのおじいさんぐらいなもんだ。
って、そんなことはどうでも良い!
玄関でエアシャワーを浴びて、部屋着に着替えて、急いでベッドに入る。
「確かまだ、何枚か残ってたよな」
と呟きながら、ベッドサイドに置いてる棚の引き出しを開け、手探りで1枚の紙を取りだした。
それはクリーム色のシートで、星型のシールが3枚貼り付けてあった。
俺はその内の1枚を剥がし、こめかみに貼り付けて目をつぶる。
すると、目の前に大きなスクリーンが現れた。
『この夏、人気の火星旅行が今なら12万円から!』
という煽り文句と共に、火星に作られた人工ビーチではしゃぐ水着姿の女の子たち。
俺には全く縁の無い激安宇宙旅行会社のCMだが、すばやく左目を2回瞬き(左ダブルマバタック)して、録画しておく。
なぜなら……水着女子の中に、俺の推しメンである桃ヶ浦ピチノちゃんが居るから!
「ほんと可愛いわ~。モエだわ~」
思わず感情が溢れ出し、200年前に流行ったという古の言葉も漏れちゃうってもんだ。
しかも、急いでテレビを付けた目的はこのCMだったわけじゃなく、単なる偶然で目撃するという不意打ちぶりに余計胸が高鳴った。
その後、惑星販売やら脳内携帯のCMやらが流れたあと、ついに目当ての番組が始まった!
「脳内テレビチャンネル777をご覧の皆さん、お待たせしました! 今夜は大人気アイドルがじゃんじゃん登場! 全宇宙向け音楽番組『ミュージックノヴァ』スタート!」
派手な衣装を着た司会者が声高らかに叫ぶと、脳内スクリーンがグルグルと回転し始めた。
脳内テレビならではの演出だが、そんなのいらないから早く番組を進めてくれ、って心の中で叫びつつ、彼女の登場を待つ。
「あっ、そうだ。今のうちに……」
俺は、右ダブルマバタックしてメニューを表示し、その中の『残高確認』と書かれたタブを注視した。
『現在アナタノ残高ハ324万円デス』
無機質な合成音声が、俺の全財産を告げる。
本当は、もっと自然な音声なんていくらでもリアルタイムで作り出せるみたいだが、それはそれで気持ち悪いという声にお答えしてこうしてるらしい。
「ふう……これだけあれば何とか足りるだろ。死ぬ気で働いて、あらゆるものをケチって貯めた全財産が火を吹く時が……来た!!」
自分の気持ちを高めるべく、ちょっと大きめの声で叫んだりなんかしてると、いよいよ彼女が登場する時間がやってきた。
「お待たせしました。次に歌ってくれるのは、今人気急上昇中の桃ヶ浦ピチノちゃん! 土星の輪っかでのプロモーションを終え、ここ地球のスタジオに直行してくれました!」
そう言って司会者が顔を上に向けると、鮮やかなピンク色した一人乗りの宇宙ポッドが屋根を突き抜けてスタジオに飛び込んできた。
もちろん、これは事故じゃなく演出。
カメラは、穴のあいた屋根があっという間に自動的修復機能によって塞がっていく様子を写し終えると、司会者の隣に墜落した宇宙ポッドのアップに切り替わった。
スーッとポッドの扉が開き、中から出てきたのは……
「ふぅー! ピッチーノ!!!」
俺は1人ベッドの上で両手を振り上げながら、桃ヶ浦ピチノちゃんのニックネームを大声で叫んだ。
デビュー当時はまだあどけない可愛らしさ、って感じだったのに、今はすっかり大人っぽさを漂わせるキリッとした美しさに変わってきていた。
と言っても、まだデビューして半年も経っていないんだけど。
「桃ヶ浦ピチノです! 良かったらピッチーノって呼んで下さい!」
司会者の隣でペコリと頭を下げるピッチーノにキュンとなる俺。
あともう少しで完璧だ……。
心の中でそう呟いた。
「いや、ほんと可愛らしい……というか、美しいといった方が正しいかな?」
「やだぁ、もうピッチーノ恥ずかしいの!」
司会者の言葉に対して顔を真っ赤……いや桃色に染めるピッチーノ最高!
でも、やっぱ目がなぁ……。
ちょっと大きすぎるし、ちょっとタレすぎだし……。
「ハハハッ! さっ、では歌って貰いましょう! ……と、その前に。もちろんありますカスタマイズ……ターイム!!」
司会者が全身で時計を表すポーズを作ると、画面にはピッチーノの全身アップが映された。
そして、画面の右下に『入札』と書かれたボタンが浮かび上がってくる。
俺は迷わず、両目トリプルマバタックして入札フォームを表示させる。
すると、目の前に『カスタマイズ希望箇所』『入札金額』と書かれた2つの音声入力ボックスが表れた。
……そう。
桃ヶ浦ピチノは、カスタマイズできるアイドルなのだ。
その昔、『会いに行けるアイドル』や『会いに来るアイドル』なんてものがあったらしい。
その後も『一緒に探してくれるアイドル』や『苦楽をともにしてくれるアイドル』なんてものが流行った時期があるみたいだが、今は何と言ってもカスタマイズできるアイドルの時代!
主にこうした音楽番組に出演した際に行われるカスタマイズタイムで、ファンはアイドルを自分好みのルックスや性格にカスタマイズすることができる。
とは言っても、みんなの希望を全て受け入れるなんてことは不可能なので、オークション形式でカスタマイズ内容を入札し、一番高額を支払ったファンの希望が反映されるのである。
俺もとにかくハマりまくってて……なんて言ってる隙に、誰か他のファンが入札してるし!
「カスタマイズ希望箇所は目! 少し小さくして目尻を上げる! 入札金額は……38万円!」
音声入力で必要事項を伝えてから両目トリプルマバタックすると、無事に俺がトップ入札者なった。
……と思いきや、別のヤツが42万円出して来やがった!
「くそっ! じゃあ……50万!」
よし、カスタマイズ権を取り返したぞ……ってまた取られた!
しかも、一気に100万円だって!?
ひょっとすると……相手はカセーレブかもしれない……!
遊びに行くだけでも金のかかる火星に永住し、悠々自適の生活を送っている超絶金持ち連中……それがカセーレブ。
俺にとって、何ヶ月も働き続けて稼いだ上に色んなものを切り詰めなきゃ貯めることのできない100万円も、ヤツらにとっちゃハナクソぐらいの価値。
勝ち目なんてあるわけない!
「くそっくそっ! ここまで順調に来たのに!!」
脳内テレビに映るピッチーノの顔を見つめながら、思いの丈を吐き捨てる。
少し赤みがかった茶色い髪も、特徴的な耳の形も、プックリとした唇もシャープな眉毛も、全部俺がこつこつカスタマイズしてきた結果。
でも、今まで入札価格が3桁まで行く事は無かった。
なぜなら、大手事務所が大々的に売り出すアイドルグループ達の影でひっそりとデビューした地味な女の子を、カスタマイズのターゲットとして選んだから。
だけど、最初はそれこそ脳内ネット配信ぐらいしか露出が無かったピッチーノが、選ばれしアイドルしか出演できないほどの超メジャー音楽番組に出演するまで駆け上ってきた。
それはもう、俺のカスタマイズセンスのたまもの……いや、違う。
俺は一瞬、脳内テレビから視線を外し、現実世界の自分の部屋にある棚の上に置かれた写真立てを見た。
「……そうだ。絶対負けてたまるか!」
視線を脳内テレビに戻し、入札価格100万円を凝視する。
俺の全財産は300万ちょっと。
それだけ見れば、十分勝てる見込みはある……が、それは今回に限っての話。
ピッチーノを“100%完成させる”には、まだまだカスタマイズしなければいけない所は沢山ある。
もし、いま戦ってる相手がカセーレブだとしたら勝ち目はゼロ。
でも、もしかしたら、相手だって俺と同じようにギリギリの生活で頑張ってるようなヤツって可能性は無きにしもあらず。
「入札価格……300万円!」
俺は、一世一代の勝負に出た。
ほぼ全財産に近い大金。
俺が相手のことをカセーレブじゃないかと疑ったってことは、相手もまた俺の事をそう疑ってるかも知れない……ってことは、その疑惑を確信に変えてやる大作戦。
これから先のカスタマイズを考えたら、お金を残しておきたい気持ちは山々だけど、100万円単位の競り合いが普通の状況になったら遅かれ早かれ貯金は尽きる。
だったら、相手に対して「こいつには絶対勝てない」と思わせて、ピッチーノのカスタマイズを諦めさせるしかない……!
もちろん、相手がもし本当にカセーレブだとしたら、300万だろうが500万だろうが簡単に上乗せされてハイ終了だけど──
「落札サレマシタ! アナタノ希望カスタマイズガ反映サレマス!」
よし!
俺は、拳をギュッと握りしめた。
画面の中のピッチーノがこっちに向かってペコリと頭を下げる。
そして、顔がアップになり、キラーンという効果音と共に目元が眩しく輝くと、一瞬にしてカスタマイズが完了した。
ちなみに、これは画面上で加工しているわけではなく、本当に整形している。
ライブを観に行ったとき生で確認したから間違いない。
「カスタマイズありがとうございます! それじゃ、今度発売される新曲『桃から生まれたアイラブユー』聴いて下さい!!」
ピッチーノの掛け声と共に、ジャジャーンとギターが鳴り、爽やかなイントロが流れ始めた。
相変わらずぎこちないけど、宇宙の果てまで届くような笑顔で一生懸命に踊り出すピッチーノ。
300万円は確かにデカい。
それを稼ぐまでの血の滲むような努力を思い出すと、一瞬ゾッとしかけた。
でも、テレビの中で輝くピッチーノの姿を見たら、そんなゾッなんて火星の向こうまで吹き飛んだ。
それに……
「まだまだオマエの夢、いやオレたちの夢は始まったばかりだよな。ルナ」
と、俺は棚の上の写真立てに向かって呟いた。
その写真には、高校の制服を着た俺……と、その隣にはピッチーノに瓜二つの女子。
名前はルナ。俺の幼馴染み。
そして、その写真を撮った直後、タイムマシン事故に巻き込まれて死んでしまった。
ルナは誰よりも明るく、誰よりも優しく、そして……誰よりも大きな夢を持っていた。
「もし私がアイドルになれたら、一番最初のファンになってよね!」
アイツは、俺に会う度にいつもそう言っていた。
その笑顔はもう、この宇宙のどこを探しても見つからない。
でも、アイツの夢は終わってなんかいない!
「そうだよ……な」
スクリーンの中で歌って踊るピッチーノの笑顔は、まるで昔から知っているかのような懐かしさを帯びていた。
〈了〉
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