パンツの柄バトル選手権

「さあ第82回パンツの柄バトル選手権もついに準決勝となりました! 栄えある82(パンツ)回大会を記念して、今回に限りプロのパンガラーだけでなく一般の方も参加可能となっていたため、総選手数は例年の150倍! 6ヶ月という尋常じゃないほど長い開催期間となり、新品のパンツも度重なる洗濯によりヨレヨレになる始末。しかーし! どれだけ時間が経ってもヨレないもの……そう、選手の闘志です!! さあ、準決勝第1試合が始まります!!」


 ハイテンションなアナウンスに煽られ、観客席からは怒号にも似た歓声が響き渡った。

 準決勝及び決勝の舞台はもちろん〈パンツ道館〉。

 収容数12万人を誇る八角形の客席は当然のように超満員。

 1番安いC席でも1万円を超えるのだが、最高峰のパン柄バトルを生で見られるとあってチケットは飛ぶように売れた。

 1番高いSSS席に至っては100万円を超えるほどだったものの、前回優勝者が履いていたパンツと同じ柄のパンツ、同じ柄のハンカチ、同じ柄の折りたたみ傘が入った同じ柄のトートバッグという特典付きであったため、早々に完売。

 主催者は急遽SSS席の範囲を1万席まで拡大したが、それでも見事完売となった。


「いよいよ選手の入場です! 赤コーナー、前回大会ベスト8……ブリーフ小松!」


 赤く染められた花道の上、スカートを履いた小柄な男がゆっくりとステージ上へと向かって歩いて行く。

 ちなみに、柄バトル黎明期においてズボンを履いていた選手たちが誤ってパンツも一緒に脱いでしまうトラブルが相次いだため、第50回大会よりズボンが禁止され、原則スカート着用となった。

 なお、柄バトルファンの中にはポロリを楽しみにしていた者、通称〈ポロリスタ〉が少なからず居たため、運営側もズボン禁止ルールの制定に踏み切れない日々が続いていたが、第50回大会の直前、ポロリスタの代表者が公共の場で赤の他人のズボンをズリ下げてポロリさせるという事件が発生。

 それを機に潮目が大きく変わり、ズボン禁止ルールが採用される運びとなった。

 一部週刊誌上で、運営側がポロリスタ代表を〈プライベートポロリ50回分チケット〉を使って買収したとの報道もあったが、真偽のほどは闇の中である……。


「続きまして青コーナー……ボクサーパンツボクサー江田島!」


 そのアナウンスが流れるや否や、会場のそこかしこから「BPB! BPB!」のかけ声が沸き上がった。

 江田島は、数ヶ月前にプロボクシング世界王者三階級制覇を成し遂げた現役バリバリのプロボクサーであったが、制覇を決めたそのヒーローインタビューでボクサーの引退、そしてパンツ柄バトルへの挑戦を表明。

 花道を歩くその体は芸術的とも言える筋肉をまとい、ボクシングファンやマッチョ好きたちが熱烈な声援を浴びている。

 そして、2人の選手がステージ上で相対した。


「それではパンツ柄バトル選手権準決勝第1試合……始め」


 レフェリーが右手を振り下ろすなり、BPB江田島が華麗なフットワークで体を反転させた。

 柄バトルでは、最初に背中を向けた者が先攻となり、前かがみになって両手を両膝に付けるポーズを取る。

 それにより対戦相手に向かってお尻を突き出す形となるが、この時もしスカートの中からパンツが見えてしまった場合、フライングルックパンツ違反で重いペナルティが科せられる。

 よって、選手たちが履くスカートは総じて裾が長めとなるが、あまりにも長すぎると今度は逆にフロアタッチスカートヘム違反でフライングルックパンツ違反よりも重いペナルティが科せられるため、スカートの長さが試合を制すると言っても過言では無い。

 もちろん、準決勝に勝ち上がって来た2人は絶妙なスカート丈によって巧みに違反を回避していた。


「では先攻……オープンパンツカモン」


 レフェリーの冷静なカモニングに合わせて、BPB江田島が両手でスカートを捲り上げた。


「おーっと、江田島選手のパンツ柄はストライプ! 青と白のストライプ柄だぁぁぁ!!」


 ハイテンションなアナウンスと同時に、会場内が「おー!」とどよめいた。

 ストライプはいわゆる〈ベタ柄〉の代表格であり、奇をてらった〈派手柄〉が主流となっている昨今の柄バトルにおいては悪手とされている。

 しかし、それが逆に新鮮味となって観客の心を一気に掴んだのもまた事実である。


「では後攻……オープンパンツカモン」


 熱気に包まれた会場の雰囲気に飲まれることなく、冷静にカモニングするレフェリー。

 そして、ベテランプロパンガラーであるブリーフ小松もまた、江田島の攻撃に惑わされることなく、落ち着き払った手つきでスカートを捲り上げた。


「続いては小松選手、そのパンツ柄は……おー、水玉! 水玉! 赤地に白の水玉柄だぁぁぁ!!」


 またしても会場内に「おー!」というどよめきが起きた。

 賢明な読者はお気づきであろう。

 水玉模様もまた〈ベタ柄〉であり、準決勝が奇跡のベタ柄対決になったことで観客席はもちろん、この中継が配信されている世界中が興奮のるつぼと化していた。

 しかも、ストライプと水玉の対決には独自のルールが適用されることを知らぬ者は居ない。


「サイズゲッターブレードカモン」


 レフェリーのカモニングにより、ステージ袖から助手が姿を現す。

 その手には定規……いやサイズゲッターブレードを持っており、レフェリーに駆け寄ってそれを手渡すとすぐにまたステージ袖に戻って行った。

 レフェリーはまず、小田島のパンツにブレードをあてがった。


「ストライプ幅……3.2センチ」


 レフェリーのサイズジャッジに対し、観客席からは「狭くない?」「いいや広くない?」などの声が漏れ聞こえてきた。

 ……そう。

 ストライプ柄と水玉柄が相対した場合、〈ボールパッセススルーアギャップルール〉が適用されるのだ。

 つまり、水玉がストライプの隙間を通ることが出来れば水玉の勝ち、通れなければストライプの勝ちとなる。


「ネクスト、水玉サイズジャッジング」


 そう囁きながら、レフェリーはブリーフ小松の元に移動し、ブリーフ小松のブリーフにブレードをあてがった。


「水玉サイズ……3.1センチ。ウイナー、後攻ブリーフ小松!」


 レフェリーが小松の腕を握りしめ、高々と掲げた。

 勝者に対し、観客席から惜しみない拍手が送られた。

 がっくりうなだれるボクサーパンツボクサー江田島に対しても、暖かい声援が飛ぶ。

 これこそ、熱い柄バトルを終えた勝者と敗者の間に差など無いという〈ノーパンツ精神〉である。


「さあ続きまして、準決勝第2試合を……な、なんということだ!? ただ今入った情報によりますと、次の試合に出場する予定だったローライズ佐々木選手が〈穴あき違反〉により失格、対するトランクス松田選手が〈透け透け違反〉により失格したとのこと! よって、不戦勝により今大会の優勝はブリーフ小松選手に決定しました!!」


 衝撃のアナウンスにより会場中にどよめきが起き……ない。

 なぜなら、〈穴あき違反〉に関しては柄パンバトルにおいて日常茶飯事。

 少しでも綺麗なパンツを見せたいという選手心が引き起こすありがち違反なのである。

 また〈透け透け違反〉に関しても、中には色気を出そうとする者も居るには居るが、ほとんどの場合は〈穴あき違反〉と同様、少しでも綺麗なパンツを見せたいという過剰洗濯が引き起こすありがち違反であり、観客たちはその心情を十分理解している。

 それなら、穴あきも透け透けも許容すれば良いのでは無いか……という声も少なからずあったりもするが、そこは紳士のスポーツ。

 違反は違反、として厳しく律することこそパンツ柄バトルの発展につながる、というのが運営側の姿勢である。

 それより今は、優勝したブリーフ小松選手の栄誉を称えようではないか。

 思う存分称え終わった後、次回大会へ思いを馳せればいい。

 なお、次の第83回大会の開幕まであと3日である。

 

  

〈了)

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